第40話 ペットじゃない

 ビクッ!!


 大きな稲光をともなって、ついに降りだした雨。

 気づかなかった。怖くて振り返れない。もう、すぐ後ろにいる気配がする。カミナリの音とほとんど同時だったけど、誰なのかはハッキリとわかる。教室の入口にいたさくらチャンは大丈夫だったのかな?

 少しうつむいて、机の脚のすき間から、教室の後ろの引き戸の方をチラッと見た。鈴木くんは床に腹ばいになって机の影に隠れていた。



「何をしてるの?」

「真紀先生、泉チャ……野々山さんが気分が悪いみたいで、それで……」



 まだ振り返れないアタシの後ろで、真紀先生に一生懸命言い訳をしている茂クン。

 ホントのコトなんて言えないんだけど。



「ホント、最近の子供たちって勉強する気あるの? 学校は遊びにくるトコロじゃないのよ?」



 うわぁ……真紀先生、スゴくイライラしてる。

 アタシは貝のように背中を丸めていた。



『どいつもこいつも……ガキのくせに大人に逆らうんじゃないわよ』

 えっ!?



 目を丸くして勢いよく振り返ったアタシが見たのは、ふつうに腕を組んで茂クンと話す真紀先生だった。

 花柄のカワイイワンピース着てるのに、吊り上がった眉毛のせいで似合ってるように見えない。さくらチャンはみけんにシワをよせて、スゴイ不安そうな顔で、引き戸のカゲからのぞいていた。

 今の声……真紀先生だよね? 先生がそんなコト言う? 茂クン、普通に話してるけど、聞こえなかったのかな? アタシの空耳じゃないよね?



「そう言えば、野々山さん、松平さんの落とした栞、返しておいてくれた?」



 スゴイ冷たい目でアタシと泉チャンを見おろす真紀先生。アタシは勢いよく泉チャンを振り返った。泉チャンは目を大きく開けて、スゴくビックリした顔で弱々しく首を振った。



「えっ、あの栞はナオちゃんのじゃないって……」

「そんなコト言ってません」



 目をゆっくりとつぶって、ハァ~と大きなため息をつく真紀先生。泉チャンは声を震わせて、何度も何度も首を振った。



「ナオちゃんの栞に似てるなって思ったから、『落とし物ですか?』って聞いたのに。真紀先生は、自分の栞だからワタシにくれるって」



 大きな目にいっぱい、涙をためる泉チャン。



「松平さん、野々山さんを責めないでね。きっと忘れてただけだから」



 目を細めてニコッと笑う真紀先生。茂クンは眉毛の間に深いシワをよせた。

 真紀先生の話って何かおかしくない?

 だって、泉チャンに蟲がついたのって、アタシと茂クンが話すようになってからよね? 茂クンと話すようになったのは『弱蟲』をやっつけた後。栞をなくしたのはそれより前。

 泉チャンが蟲につかれる前に、真紀先生から栞をあずかってたとして、自分のモノのようにそれを見せびらかすような子かな? アタシはそんな風に思えない。。

 真紀先生、アタシの栞って知っていて泉チャンにウソついたんじゃ…………何で?



「ナオ……ナオ……その教師、たぶん蟲につかれてるぞ」



 机の脚に隠れて、アルがヒョコッと顔を出した。

 あっ……真紀先生が蟲につかれてるんなら全部説明がつくんじゃない?

 けど、たぶんって何よ、たぶんって?



「上手く隠していてよく見えない。赤いオーラが見えた気が……うわっ」



 アルに気を取られていたアタシの横から近づいて、机の下のアルをムンズとつかみ上げる真紀先生。



「松平さん、学校はペット連れてきてよかった?」



 口の端っこを上げて笑う真紀先生。

 怖い。目が全然笑ってない。



「ナオ……違うって言え……ワタシは大丈夫だ……ウグッ!」



 真紀先生の手の中でジタバタと体を動かすアル。真紀先生は真っ直ぐアタシを見おろしていた。アタシは真紀先生の目を見ないように気持ち下を向く。



「ち、違います……アタシのペットじゃありません」

「そう……じゃぁ……」



 えっ、何!?

 アタシの目の前で、アルを後ろへ放り投げる真紀先生。


 ビカッ! ドーーーーン!! ゴロゴロゴロ……


 窓から教室に飛び込むフラッシュのような強い光が、高く、高く、宙に舞うアルの姿を浮かび上がらせた。アルの目は『それでいい』って言ってるみたいだった。



「アルッ!!」



 アタシはガバッと立ち上がり、柱のように立っている真紀先生を押しのける。その勢いのまま、教壇につまづいて一回転した。

 ダメ、間に合わない。アルが……アルが……

目を固くつぶって両手で顔を覆うアタシ。



 ガタガタン!!



 教室の外から、机を押し倒して自分も転びながら、さくらチャンがアルを両手でしっかりキャッチしてくれた。

 よかったぁ……アレ? 何? ホッとしたら涙が出てきちゃった。



「ほら、やっぱりアナタのじゃない」



 片方の眉毛を上げて、勝ち誇ったようにアタシを見おろす真紀先生。

 ヒドイ。いくら先生だって、やっていいコトと悪いコトがあると思う。



「授業は妨害する、行事でも問題を起こす、ペットは連れてくる、カックンと話したなんてウソをつく、そんなたれ目でカワイイつもり? 何から何まで腹が立つ」



 じわじわとアタシに近づいてくる真紀先生。

 妨害するつもりはないし、問題を起こしたつもりもないし、ペット……アルたちを連れてきたつもりもないよ。結果的にそうなっちゃっただけで。

 それに、何でこんな時にまでカックンの話? たれ目はいいの! お母さんに似てるんだから!

 アタシは教壇に尻もちついたまま、ズッズッとカベまで後ずさりした。真紀先生がスゴく冷たい目つきで右手をいっぱいに振り上げる。

 あぁ……ダメ……逃げられない。アタシは両手で頭を押さえて小さく丸まった。

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