第41話 恐るべきトカゲ

 バシッ!!


 アレ? 痛くない……

 恐るおそる顔を上げると、アタシの目の前に鈴木くんの黒い背中があった。



「ナオセンパイ、ボクが時間をかせぎますから、早く名前を!」



 バシッ! ズカッゴスッ!

 全部気に入らない?


 バキッ!! ズコッ!! ベシッ!!

 どいつもこいつも?


 バゴッ!! ズシッガスッ!!

 すぐ機嫌が悪くなるし、スゴイ攻撃的……


 ドゴン!!! ズシャン!!!

『蟲』……『蟲』……『蟲』……『蟲』……『蟲』……『蟲』……


 あっ!

「蟲の居所が悪い!」



 アタシの声に合わせて、真紀先生の肩がビクンと跳ねあがった。けど、すぐにまた鈴木くんに向かって平手を振りおろす。

 アルはさくらチャンの手から机の上に飛び降りて、真紀先生をジーッと穴が開くほど見つめていた。



「ナオ、出てこないぞ! 間違ってないか?」



 えぇ~、そんなコト言ったって。他に『蟲』のつく言葉って……

 アルは机の上からかけおりて、真紀先生の足元をクルクル回った。それに気づいた真紀先生が、右足を上げてアルを踏みつけようとする。



 「見つけたぞ! 右足の裏だ、鈴木くん!」



 真紀先生の足がアルを踏みつける前に、鈴木くんの羽がアルの小さな体を跳ね飛ばす。アルは黒板の下のカベにぶつかってポテッと床に転がった。


 ちょっと……鈴木くん、助け方がザツじゃない?

 それなのに恨みごとの一言もなく、すぐに鈴木くんの頭に駆けあがり、黄色いツンツンの操縦かんを握るアル。鈴木くんは操縦者ご帰還を合図に、羽を大きく広げて体を低くする。真紀先生は仁王立ちで腕を組んで、足元の鈴木くんを見おろした。



「何をやらせようってのかしら、このペンギンに。松平さん? これだけ問題を起こしておいて、学級委員長になりたいって? 何様だと思ってるの? ムダよ、ムダ」



 うっ……『問題を』ってトコはいちいちもっともだと思う。けど、やる前からムダなんてコトないよ、きっと。

 アルだったらそんなコト絶対に言わない。



「何様だと~! ナオ様だ、ナオ様!」



 どこに隠れてたのか、トーエイが教壇の前の机にサササッとかけ上る。机の上で何回か小さくグルグル回って、前足をつっぱり首を上げて、真紀先生に向かってクワッと大きく口を開けた。

 真紀先生はトーエイを見て目を点にする。



「…………キャァー!! トカゲ!!」

 ガタガタガタン!!



 トーエイにビックリして後ろに飛んだ真紀先生は、イスに足をひっかけてハデに後ろに転がった。

 ササッと真紀先生の足元までおりて、口を開けたまま首を前後させるトーエイ。



「ヤモリだってぇの! やれやれ、この学校は教師からしてコレか」

 ガタガタガタン!!



 尻もちをついたまま、両手両足をバタバタさせて、イスや机を押しのけながら後ろへ下がる真紀先生。



「鈴木くん、今だ!」



 アルを頭に乗せたまま、腹ばいの格好で床を泳ぐように進む鈴木くん。真紀先生の右足のウラめがけて、体をドリルのように回転させる。そのまま赤茶色のクチバシを真紀先生の右足のウラに突き立てた。



「イモリセンパイ、お願いします!」



 鈴木くんは首を思い切り上にそってクチバシを持ち上げ、勢いあまって窓の下のカベに強くぶつかった。

 アルは目を回したように、千鳥足でフラフラしながらひっくり返る。

 トーエイは素早く机の上にかけ上がって、真紀先生から出てくる蟲に飛びかかろうと、机の隅っこから小さな体を乗り出した。



『腹が立つ腹が立つ腹が立つ……オロロロロロロ……』



 真紀先生の体全体から、オバケのようにスケた蟲が浮かび上がってくる。

 イカのような足が大小ビッシリ。

 クラゲのような体にカニみたいな飛び出した目。それも人の目みたいで気持ち悪い。

 数えきれないほどの小さな羽が、ゆっくりと体の周りを回っている。

 どうなってるの、コレ?



「ちょっ……オイ、大福! ひっくり返ってる場合じゃねぇ、起きろ! コレって食えるのか?」



 トーエイはガラス玉のような黒い目をペロッと舐めて、あんぐり口を開けた。

 生き物かどうかも分からない気持ち悪い蟲は、真紀先生の体から出てきたけど出てこなかった。


 ビカッビカッ! ズガガガーン!! バリバリバリ…………


 稲光に照らされて、ユックリと立ち上がる真紀先生。窓の外の、滝のような雨の音が空気を細かくふるわせていた。

 今までみたいに浮かんでたり、はいずり回ったりしてない。クラゲのオバケの着ぐるみを頭からスッポリかぶってるみたい。真紀先生の腰のあたりで、蟲の沢山の足がウネウネ動いていてスゴく気持ち悪い。



「なっ、半分同化している……」



 頭を振りながらアルは真紀先生を見上げた。アゴが床まで落ちそうなくらい、大きな口を開けて。

 『同化』ってなに? くっついちゃうってコト? 何で? 茂クンやさくらチャン、泉チャンはそんなコトなかったじゃない。



「オイ、トカゲ! その教師からまず蟲を引きはがせ! ウワッ……」

 ガタガタガタン!!



 机の上のトーエイに向かって大きな声を上げたその時、真紀先生は近くの机をアルの方へ突き飛ばした。



「チョロチョロとうっとうしい」



 真紀先生の声と地の底から響くような低い声が、重なって二重に聞こえる。

 ただ立っているだけなのに、真紀先生の周りの空気がスゴく重い。

 蟲につかれたまましゃべれるのは、アルが言うように半分同化してるせい?



「何の力も持たない小動物が!」



 ひっくり返ってイスと重なり合った机が崩れ落ちる瞬間、間一髪で逃げ切ったアルをつかみ上げる真紀先生。



「ハイーッ!」



 鈴木くんがコマのように体を回転させて真紀先生に飛びかかった。それをスゴイ力で払いのける真紀先生。

 ああっ、鈴木くんも……どうしよう……すぐにアルを助けないと……



「何もできないヤツが学級委員? 笑わせないで」



 真紀先生の腰のあたりでウネウネ動くたくさんの蟲の足が、つかまれて身動き取れないアルにゆっくりとのびていく。

 ダメ、ヤメて。

 アルは必死に首を動かして真紀先生の手からはい出ようとする。



「うわぁ~!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る