第39話 鈴木、覚えてろよ!
床に座り込む泉チャンの上で風船のようにフワフワと浮いている蟲を、キッとにらみつけるアル。
羽があるのに羽ばたいていない。足があるのにかけていない。蟲は左右にゆっくりと揺れながら頭から二本のヒモみたいなモノを……あれって触手なのかな? 机の上でピクピクしてるトーエイにのばす。
あれ、何? トーエイどうなっちゃうの? 怖い、怖いけど……
「ヤメて! トーエイ逃げて!」
体当たりくらいしかできない。きっと、また通り抜けちゃうんだろうな。それでもそのすきに逃げれるよね、トーエイなら。
思った通りアタシは蟲の体をすり抜け、教壇につまづいて前のめりに転がった。すぐ手をついたけど、全力で体当たりしたから、黒板の下のカベまでボールのように転がってぶつかる。
イタタタタ。
振り返ると、煙のようにチリヂリになった蟲は、すぐに元の気持ち悪い姿に戻って、真っ直ぐアタシの方を向いていた。ほんの一瞬、ほんの一回まばたきしただけで、アタシの目と鼻の先までその体をよせる蟲。
イヤッ! 怖い! 近い!
「ナオセンパイに近づくのは許しませんから!」
蟲の後ろから鈴木くんが飛びかかる。鈴木くんの頭の上で、アルも鼻息を荒くして身を乗り出している。
ダメだよ、鈴木くん。鈴木くんの拳法も当たらな……
ドゴッ!!
えぇっ? 何で?
鈴木くんの右の羽、一振りで窓ぎわまでスゴイ勢いでふっ飛ぶ蟲。すぐにフラッと体を起こして、触手を鎌のように曲げて、前後にユラユラ揺れる。
まるで操縦席に座るかのように、鈴木くんの黄色い長い髪を両手でつかむアルは、蟲の動きに目を光らせていた。
あれ? トーエイは? 机の上でノビてハズのトーエイがいない。アタシが体当たりしたすきに逃げれたのかな?
アルが鈴木くんの髪をクイックイッと引っ張って、口を小さく動かしていた。すぐに蟲がアタシの目の前から消える。
どこ? あっ、もうあんなトコに……
蟲はあっと言う間に教室の後ろの掃除用具入れの前まで飛んでいた。
これって、移動してるの? アタシには速くて全然見えなかった。
その素早い蟲にしっかりとついて行く鈴木くん。
ビュン……ボカッ! ビュンビュン……ドカッ!
アタシが少しも目で追えないのに、教室中を隅っこから隅っこまで追いかけ追いついた上に、何度も羽を打ちつける。
スゴイ……何で通り抜けないの?
「ナオセンパイ、見てますか? ボクの真の力を! コレが、イモリセンパイをヒントに、打倒蟲を心に誓い、師匠と共に編み出した必殺技。名づけて『イモリセンパイアタック』ですから」
鈴木くん、ドヤ顔でこっちを見ながら蟲に羽を打ち込んでるけど……何その必殺技の名前。
「鈴木くん、よそ見するな! 右後方三メートル」
鈴木くんの黄色い髪の毛を引っ張りながら、斜め後ろに体を倒すアル。
ホントに鈴木くんを操縦してるみたい。アルの視力のよさって青いオーラの力なのかな?
「オス、師匠! セイセイ、セイッ!」
目の前のイスに飛び乗って、教室に並んだ机をピョンピョンと飛び移る鈴木くん。
ん? 右の羽に変な模様が……何かついて……ううん、しばりつけてある?
鈴木くんは蟲に飛びかかって右の羽を振り回した。
ドカッ!「ちょっ…」
バキッ!「待て…」
ズカッ!「いい加減にしろぉ~!」
トーエイの叫び声だけが聞こえてくる。
あっ、鈴木くんの羽の先で模様に見えたのって、まさかトーエイ?
お腹を向けた格好で羽にしばりつけられたトーエイは、鈴木くんの羽と蟲の間に挟まれ、身動きが取れずにジタバタしている。
「師匠とイモリセンパイのおかげですから!」
トーエイのおかげって……トーエイをそのまんま利用しているだけじゃない。誰がトーエイにあんなヒドイコトを。って、絶対アルだ。ドヤ顔でふんぞり返ってるし。
鈴木くんの羽から逃げるようにフッと消えたかと思ったら、次の瞬間には後ろの引き戸の前でユラユラと揺れている蟲。
鈴木くんは体をひねって横に飛んでいる。
「おっと、まだ反撃する元気があるみたいですね。だったらボクの二百パーセントをお見せしましょう。最終奥義……『イモリセンパイミサイル』ですから!」
一度、体を低く沈めて真上にバッと飛び上がる鈴木くん。そして、トーエイをしばりつけた紐をくちばしでほどいた。トーエイは目を丸くして、鈴木くんの羽に抱きついた。
「何!? 何だその奥義……何をするぅぅぅぅぅぅぅ~!」
一番高いトコで羽を左右に広げて、プロペラのように体をグルグル回す。つむじ風のように周りに空気の渦が巻き上がった。必死になって、鈴木くんの羽にしがみつくトーエイ。
「オレっちぃぃぃ~……聞いてなぁぁぁ~……」
「くらえ、イモリセンパイミサイル!!」
鈴木くんの羽から教室の隅っこの蟲に向かって、放たれ…ううん、投げつけられ、一直線に飛ぶんでいくトーエイ。
「うおぉぉ~~~~!!! 鈴木ぃぃぃ~~~~~! 覚えてろよぉぉぉぉ~~~~~~……」
トーエイの声が遠ざかってく。教室の隅っこにいる蟲は見えるんだけど、飛んでったトーエイは小さすぎてよく見えない。
ちゃんと蟲のトコまで届いたのかな?
ズルン……
教室の後ろの引き戸の前、ガラス窓のあたりでゆっくりユラユラ揺れていた蟲が、ここから見るとちょうどガラス窓に吸い込まれるように一気に消えた。
やったぁ! トーエイ、ちゃんと届いてたんだ。
アルを乗せた鈴木くんが教室の隅っこに向かって飛び跳ねる。アタシは教壇の前で倒れる泉チャンに手をのばした。
「泉チャン、大丈夫?」
教室の外からガラス窓ごしにアタシたちを見ていた茂クンが、アタシと倒れている泉チャンにかけよった。さくらチャンは教室の入り口で心配そうにこっちを見ていた。
「うっ、うん……大……丈夫」
体を起こして、床に座ったまま頭に手をそえて軽く振る泉チャン。フッと顔を上げてスゴく悲しそうな目でアタシと茂クンを代わりばんこに見た。起き上がった泉チャンを見てホッと小さく息をもらす茂クン。
「蟲につかれてたの、分かる? ボクもちょっと前まで蟲につかれてたんだ。泉チャンにケガをさせちゃった日からずっと。ボクのは『弱蟲』だって。それを松平さんとアイツらに助けてもらったんだ。今の泉チャンと同じだよ」
教室の後ろでピョンピョンと飛び跳ねる鈴木くんを見てほほ笑む茂クン。
「ワタシ……ワタシ、イヤだったの。ナオちゃんがいなくなればいいのにって思った。ゴメン……本当にゴメンナサイ」
茂クンはポカンと大きな口を開けて大きく首をかたむけた。目を丸くして、『なんで?』って言いたそうに。
ホント、男の子ってこういうトコ、ニブイよね。アタシもさっき分かったんだけどさ。
ビカッ! ドンガラドーン!! バリバリバリバリ…………
「アナタたち、何やってるの!?」
ビクッ!!
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