第20話 アルの手記 六月二十三日

 梅雨の晴れ間とは今日のような日のコトを言うのだろう。空気が重くて湿気が体中の毛に不愉快なほどまとわりつく。



 ワタシの名はアル・ロマノフ。自他ともに認める世界の指導者の器だ。



 ワタシは今日、ナオの家の近所にある動物園に行った。

 遊びにではない。これもまた、世界を征服するために必要な行動である。

 ここいらでは、最も歴史の古い動物園らしいが、その規模は決して大きくない。

 動物園に隣り合う城跡がここの土地のメインらしい。動物園へ行く前に城跡を散策したが、とても風情と趣のある心が落ち着く場所だった。


 動物園は平日ともあって、さほど混雑していなかった。と言うより、人はほとんどいなかった。人間の子供たちは学校なのだから当たり前である。

 その中で気になる場所……イヤ、気になるヤツが一匹いた。

 金網で囲まれた白いプールの中を泳ぐ何匹ものペンギン……ではなくて、奥の暗がりで尻を床におろし、クチバシで何かをやっているペンギンだ。


 青いオーラのペンギン。


 ワタシは金網のすき間をくぐり抜け、青いオーラを放つペンギンの元へ走った。

 ペンギンの中でも小型で、黄色い眉毛と後ろに流れた黄色い髪が目立つイワトビペンギン。ワタシはこのペンギンを誘い出そうと必死だった。しかし、外へ連れ出す術がない。

 外へ誘いはしたものの、どうにもできずうろたえるしかなかった。



 クケケケケ……



 笑われた。何だコイツ? ワタシのコトをバカにしてるのか? しかし、次の瞬間、ワタシはとんでもないモノを目にするコトになる。

 ペンギンはピョンピョンと飛び跳ねながらプールの縁まで移動して、一度大きく飛び上がった。


 その高さ、一メートルはあったに違いない。


 その勢いで頭からミサイルのようにプールに飛び込み、すさまじいスピードでプールを横切る……と思いきや、プールの中央くらいから浮かび上がり水面を越え、青い空めがけて飛び上がった。いや、発射されたと言った方が正しいだろう。


 黒い羽を広げたペンギンは金網を軽々と飛び越え、金網の前にある長椅子の横、風にはためくのぼり旗に突っ込んだ。のぼり旗はクッションのようにペンギンを優しく包み込み、のぼりポールが大きくしなる。そして、ポールスタンドの横に涼しい顔で着地するペンギン。



 金網の向こう――動物園の動物たちが、誰もが一度は夢見る自由の地。ヤツにとってそこは、プールの中と変わらない日常だった。



 ペンギンは金網の中のワタシを見て大きな口を開け、『アー! アー!』と大きな雄たけびを上げた。近くに動物園の客はいなかったのだが、ためらうコトなく金網の外で雄たけびを上げるなど、何と大胆不敵なペンギンだろう。

 ポカンと口を開けたままその光景を見ているワタシの前で、ペンギンは涼しい顔で金網の前の長椅子に飛び上がり、そこから金網の上に飛び移った。そして、プールを泳ぎ、ワタシの元へ戻ってきた。



「ボクの名は鈴木2号ジュニア。この園内の事件を解決する探偵ですから。脱出や潜入調査なんかお茶の子さいさいですから」



 ワタシに顔を近づけ首をグリグリひねるペンギン。実に挑戦的だ。

 その運動能力は認めよう。しかし、ワタシを見た目で判断するとイタイ目を見るぞ。



「ほほう……では鈴木くんとやら。アレでワタシが勝ったら、キミはワタシの弟子になるってコトでどうかな? 仲間たちとたわむれるコトもなく、奥の暗がりでアレをやっているというコトは、腕に相当の自信があると見たが……」



 ワタシは奥の暗がりにある将棋盤を指さした。

 この、ワタシの紳士的態度が、かえって鈴木くんの闘争心に火をつけるコトになる。



「ボク……園内一、強いですから。泣きを見ますよ」



 鈴木くんはワタシを気にしながら、ピョンピョンテペテペと奥の暗がりへ向かう。そして、ポテッと腰をおろした。

 あの自信に満ち溢れた顔。いままで以上に黄色い髪が逆立っているようにも見えた。

 いいだろう。ワタシが教えてやるとしよう。『園の中のペンギン、大海を知らず』という言葉を。



 これが、鈴木くんとの出会いだった。

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