第19話 ボク、プロですから!
キョトンとした顔をして、アタシの目の前で、丸を描くように首を回す鈴木くん。ガラステーブルの上でお腹を抱えて笑うアル。
「トーエイは食べちゃダメ! アル、アナタ師匠なんでしょ? トーエイをイジメたらもう口きいてあげないし、勉強もやらないからね!」
アルはゴクッとツバを飲み込んだ。そして、両手を後ろに回して片足でテーブルを蹴る。テーブルとアルの爪がこすれる音が、小さくキュッキュッと鳴った。
「別にイジメてなんかいない。鈴木くんのも、ただのジョークだ。ウイットにとんだペンギンジョーク。それにナオ、そんなコト言っていいのか? 栞を探しているんじゃないのか? 鈴木くんなら明日の朝までに、ナオの大切な栞のありかを……」
「…………」
アタシはアルと目を合わせないように立ち上がって、勉強机のイスに座り、ガラステーブルに背中を向けた。
「本当に本当にいいんだな? 鈴木くんに栞のコト頼んでやらないぞ?」
「……………………」
栞をなくしたのはアタシ。だから自分で探すからいいよ。
鈴木くんの言ったコトがホントにジョウダンだったとしても、言っていいコトと悪いコトがあると思うの。アルが言ってたじゃない。『ワタシが頂点に立つコトによって、世界を正しい方向へ導くというのも世界征服』って。これが正しい方向なの? こんなジョウダンで笑えるアルは、絶対に世界征服なんてできっこない!
「……分かった。栞の件は鈴木くんにお願いしておこう。だから……」
背中からのアルの言葉に、アタシは絶対に振り返らなかった。だって、栞を探すコトを手伝ってくれるのはウレシイけど、アタシはアルから大切な一言を聞いていないから。
「栞は探すって言っているんだが……」
「…………」
「ナオ……聞いているのか?」
「……………………」
「ナオッ!!」
「………………………………」
……ペタン……ペタン……ペタン……ペタン……
何この変な音?
アタシはバッと勢いよく振り返った。だって気になって気になって……
そこには、体を前にペタンと倒して黄色い髪を揺らしながら頭をペコペコと上下させ、左右に広げた黒い羽でテーブルのガラスをペタンペタンと叩く鈴木くんがいた。
コレは……何? 何かのギシキ?
「ゴメンナサァ~イ!! 全部、悪いのはボクですから! ホラ、師匠もセンパイたちにあやまってください。スイマセン、スイマセン、スイマセン~~~!」
鈴木くんは何度も何度も頭を上下させて、ガラステーブルをペタンペタンと叩く。
あやまってたんだ、コレ。
アタシはプッて吹き出して小さく首を横に向けた。だって、必死にあやまってる鈴木くんがカワイクて、おかしくて。けど、アタシはこみ上げてくる笑いをガマンして、鈴木くんの隣にいるアルを見た。
アルはアタシの視線に気づいて、バツが悪そうにフイッと下を向いた。アタシは何も言わないで、ジ~ッとアルを見続けた。アルはヒクヒクッと鼻とヒゲを小さく動かす。
「ゴ……」
ペタン……ペタン……
「メン……」
ペタン……ペタン……ペタン……ペタン……
「ナサイ……」
ペタン……ペタン……ペタン……ペタン……ペタン……ペタン……ペタン……
「だぁ~~~~~!! 鈴木くん、少し静かにしててくれ! ワタシがせっかくあやまろうと……あやま……」
アルはアタシと目が合って、プイッとソッポを向いてゴニョゴニョと言葉をにごした。
アタシはイスから立ち上がって、ガラステーブルの前にペタンと座った。そして、アルの言葉を待つ。アルは照れくさそうにホッペをカリカリとかきながら、チラチラッとアタシの顔を見た。
「ゴメ…………」
えっ、何? もっと大きな声で。
「ゴメンナサイ!!」
アルはガラステーブルから飛び降りて、勉強机の隣の床に置かれたカゴに一目散にかけて行った。
アルに出会った次の日に、おばあちゃんに買ってもらったアルのお家。金網のカゴの中に木くずがしきつめてあって、木でできた家の形をした巣箱がある。エサ入れとかトイレとか水飲みボトルの他に、プラスチックのピンクの半透明な回し車。ほとんどカゴの外にいるから、寝る時くらいしかカゴに入るコトはないけど。
いつも開けっ放しのそのカゴに、アルはいきおいよく飛び込んだ。照れてるのかな?
カラカラカラカラカラカラカラカラ……
カゴの中の回し車を全力で回す。やっぱり照れてるんだね。アル、カワイイ。
「ナオ様、ありがとうございます。オレっちなんかのために怒ってくれて」
トーエイが袖口からチラッと顔を出した。けど、ガラステーブルの上の鈴木くんを見て、またパジャマのカゲに隠れちゃった。まぁ、アルがトーエイをイヤがるのもそうだけど、トーエイだって怖いモノは怖いんだよね。
「オイッ、鈴木っ! 最初に言っておくぞ! オレっちは鳥が大キライだ。ついばむからな」
ハッキリと言うなぁ、トーエイ。隠れたまんまだけど。
「けどな、ナオ様の宝モノを見つけたら、オレっちセンパイとして、コウハイの鈴木のコトを少しは好きになってやってもいいぞ!」
アタシ少しジーンッてきちゃった。ホント、トーエイっていい子……いいヤモリだよね。それに、隠れててもセンパイ風吹かすあたりが、トーエイらしくてカワイイ。
「それから、オレっちはトカゲじゃなくてヤモリだ! ヤモリのイモリトーエイだ」
鈴木くんはガラステーブルの上で、真っ直ぐ電灯に向かってビシッと立ち、羽を斜め後ろにパタパタ振った。
「分かりました、イモリセンパイ! ボク、センパイに好かれるようにガンバリますから!」
鈴木くんはガラステーブルから飛び降りて、ピョンピョンテペテペとドアに向かう。お尻をカワイク振りながら。
ホントに今から行くんだ。十一時近いんだけど。
「学校、閉まってるけどどうするの?」
鈴木くんはドアの前で振り返って、片方の羽をパタパタ振った。いっしょに黄色い髪もファサファサ揺れる。
「ボク、プロですから」
ドアの前で大きく飛び跳ね、クチバシでドアノブにぶら下がる鈴木くん。
ガチャッ……
ドアが開いた音と一緒にお尻の羽をピコピコと振る。それにつれてゆっくりと開いていくドア。鈴木くんはクチバシをはなして床に飛びおりた。
「鈴木くん、最後にもう一つだけ聞いていい? アルは何の師匠なの?」
鈴木くんは体半分部屋の外で、グリンと体をひねってアタシの方に顔を向けた。赤い丸い目がキラッと光る。
「将棋くずしですから! じゃあ、行ってきますから!」
パタン……
行っちゃった。将棋くずしのコウハイが……って、アタシ、将棋くずしでアルの弟子になった覚えないんだけど。ウチに来て、一度もやったコトないし。いいかげんなコトを鈴木くんに言っちゃダメじゃない。
アルはまだ回し車の中を走っていた。トーエイはパジャマのそで口からヒョコッと顔を出して、眠そうにクワァッと大きなアクビをした。
そして、鈴木くんは朝になっても帰ってこなかった。
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