第7話 ユビキタス
ガラッ……
「おはよう……」
朝の教室。誰もアタシのコトを振り返りもしない。
教室が静かってコトはないんだけど。もうずっとこんな感じ。アタシ、ちゃんと声出てたよね?
赤いランドセルを机に置いて、中の教科書やノートを机に入れる。そして、ランドセルは教室の後ろの棚へ。もう、一人ぼっちにもちょっと慣れてきた。
転校してきたばかりの頃は、みんな良くしてくれた。あいさつだって返してくれたし、いっしょに帰ったりするコトもあった。なんでこんな風になっちゃたんだろ?
転校してきてすぐ、女の子のグループが話しかけてくれた。
教室奥の先生の机の前、窓側の席で固まっている子たち。いつもグループの真ん中にいる子……
アイドルグループ、ユビキタスのカックン大好き少女。
そのカックンが、みんなから話しかけてもらえなくなった原因なの。
あれは確か、転校してきてすぐ、四月の終わり頃だったと思う。
――――
「ねぇ、ねぇ、ナオちゃんはどんな歌が好き?ユビキタスとか聞く?」
授業が終わって帰りの用意をしていたアタシの机に両手をついて、目をキラキラさせるさくらチャン。アタシは目をパチクリさせて、ゴニョゴニョと小さな声で答えた。
「ユビキタスは知ってるよ。歌も有名な歌なら……テレビとかで流れるし。けどアタシ、ポップスとかよく知らないから」
ちゃんと言葉は選んだよ。冷たい言い方にならないように。
さくらチャンは元々大きな目を、こぼれ落ちるくらい大きくさせて、『信じられない』って言いたそうにフルフルと首を振った。
「えぇ~、ナオちゃん歌番組とか見ないの? トリプルシックスとかラバーダッキーとか、
もう、体全部で『大好き』ってさけんでる。さくらチャンの周りの子たちも何度も首をたてに振って『そう、そう』と黄色い声を上げていた。
う~ん……歌手の名前は知っているんだけど、歌と人が頭に浮かばないよ。
「じゃぁ今度、聞いてみようかな? ユビキタスのカックンってどんな人? ゴメンね、アタシ何も知らなくて」
うん。いい感じ。
自分が知らないからって『好きじゃない』とか『興味ない』って言えないしね。アタシがさくらチャンだったとして、そんなコト言われたらスゴくショックだと思うもん。
「ナオちゃん、カックンも知らないんだぁ…あっ、ちょっと待ってて」
さくらチャンは自分の机に走って行った。キレイなサラサラの黒髪が上下に小さく揺れていた。
「コレ、コレ!」
机の上のピンクのランドセルの中から一枚の下敷きを出してくる。さくらチャンはアタシの机の上に下敷きを置いて、一人の男の子を指さした。下敷きの右下に『ユビキタス』って書いてある。
ふ~ん、ユビキタスって七人グループだったんだ。初めて知った。ホント、アタシってゲーノーカイにうとい。
「ナオちゃん見てる? この子。この子がカックン。カッコいいでしょ?」
ああ、ゴメンナサイ。見てなかった。え~っと、どれどれ?
さくらチャンの指先の男の子は、下敷きの中で顔いっぱいの笑顔だった。うすい茶色の、少しクルクルとした髪。さわやか系男子って言うのかな?
ん? ……アレ?
「ナオちゃんどうしたの? 首かしげて。眉毛の間、シワよってるよ?」
さくらチャンがアタシの顔を不思議そうにのぞき込む。
う~ん……下敷きの男の子たち、どこかで見たコトあるんだよね……
どこだっけ? あっ……
「アタシ、東京でユビキタスに会ったコトある。テレビ局のイベントに家族で遊びに行った時、疲れちゃったから会場のウラで一人で休んでたらユビキタスが来たの」
ピクッ……
さくらチャンの片方の眉毛が少し上がった。
「休んでいたアタシを見て『だいじょうぶ?』って声かけてくれたのカックンだったよ。アタシそんなに有名だって知らなかったから……」
「ふ~ん……」
少しうつむいて口の両端をニィッと上げるさくらチャン。けど、目は笑っていなかった。
「あっ、あの……さくらチャ……」
「ステキなジマン話をアリガトウ。東京に住んでたから芸能人にはよく会えたの? 自分のコト知らない子に、話しかけちゃったカックンかわいそう……」
おでこにかかる前髪のすき間からアタシを見るさくらチャン。スゴイ怖い顔で。さっきまでのかわいらしい声も、少し低く重苦しく、地の底からひびいているように聞こえた。
あ~、やっちゃった……アタシ、踏んじゃいけないモノ、踏んじゃったみたい。
さくらチャンはきっと、アタシが『ユビキタス』の『カックン』がいる、『東京』に住んでたってコトがもう、気に入らなかったんじゃないかな?
東京から来たってジマンして、長野には何もないってバカにしている、スゴく『タカビシャ』な子なんだって、アタシ。
『そんなコトないよ、ちがうよ』って言いたかったよ。けど、クラスのみんながほとんど、幼稚園からの友だちだったりするから、知り合ったばかりのアタシが何を言ってもムダなんじゃないかって。だから、何も言えなかった。
その日から、アタシはクラスの中で浮いちゃった。
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