第13話 世界を征服するために

 はい? 人の体の中に蟲? 寄生虫のコト? サナダムシ……とか?

 アタシとトーエイは顔を見合わせた。トーエイは首を左右にクイッ、クイッと曲げる。



 「あぁ、あぁ、アレって美味いよな。昔、ジッチャンが食べたって言ってたわ」

 「知らないなら、適当に話を合わせるな!」



 口の端を上げ前足をつっぱり、胸を張って話すトーエイに、アルはカワイイ前歯をむき出して怒った。

 トーエイはアタシの顔を見上げて何度も首をかしげた。そりゃぁ、トーエイだってそんな話、信じられないよねぇ?



 「その蟲は、時に人間を病に落とし、時に人間の性格をゆがめる。人間の心を食べるその蟲の力が強いと、周りの人間も巻き込んで爆発的に増えてゆく」



 はぁ……そんなコト言われても、聞いたコトないんだけど。



 「悪意の集合体であるその蟲が、世界にどれほどの影響を与えているのかは分からない。しかし事実、その蟲が増えたせいで、ワタシたちの食料の虫が減っているというワケだ」



 どこまで信じていいの、この話? それに何で蟲がいるって分かるのよ?

 アタシは目を細めてアルをジーッと見つめた。



 「ナオ……何だその目は? 疑っているな? ワタシには見えるんだよ。禍々しく輝く赤いオーラが。その赤いオーラの正体が蟲だと知ったのは……そう、天啓だ」



 アルは小さな両手を合わせて、短いシッポをピコピコと左右に振った。



 「赤いオーラが大きかったり、薄かったり、たまにチラチラと点滅するように見えたり。その人間の中に蟲がいるってコトしか分からないがな」



 スゴく得意気に話すアル。天井を見上げるくらいふんぞり返って、鼻をヒクヒクと動かした。

 アタシはアルの話がチンプンカンプンで、下くちびるをニュッと出して、眉毛を八の字にした。

 お父さんやお母さん、先生だって、そんなコト教えてくれなかったよ?


 気づいたらトーエイは、ガラステーブルの上からいなくなっていた。キョロキョロと部屋中を見回したけど、どこにもいない。ホントにどこに行ったんだろう?

 あっ……

 勉強机の向こう側の窓に、トーエイの白いお腹が見える。いつの間に外に出たの?

 トーエイは窓の真ん中くらいで、斜め右下を向いてジーッと固まっている。その先に、部屋の灯りで飛んできたカナブンが網戸にとまっていた。



 「三尸九蟲さんしきゅうちゅうとも言われるその蟲は、六十日に一度の特別な日に、人間が眠るとその体から抜け出し、天にその人間の罪悪を告げて寿命を縮めると、昔から言い伝えられている」



 何かアルがチンプンカンプンなコトしゃべってる。右から左に声だけが抜けてくよ。

 トーエイは外で何をやってるんだろう? あっ、トーエイがカナブンに飛びかかった。もしかして、食べるつもりだったの? トーエイの頭より大きいのに……そんなのムリだよ。



 「しかし、罪悪を告げるコトもなく、体から抜け出すコトもしなくなったその蟲は、人間の中で大きく膨らみ、世界中の人間を巻き込み、地球上の生態系までをも破壊する」



 窓のすき間から、トーエイがフラフラしながら部屋に戻ってきた。

 アルは周りを気にしないで、身ぶり手ぶり、声に力を込めて話し続ける。

 誰も聞いていないのに。



 「血のような赤色のオーラを発した蟲をどうにかして退治するために、ワタシが世界征服する必要があるってワケだ」



 窓からカベを上り、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと天井を歩き、アタシの前の抱き枕にポテッと落っこちてくるトーエイ。



 「あおああぁ~……あおああうえあいあ~……」



 えぇ~、どうしたの? トーエイは口をずっと開けたまま、小さな頭をアタシの方へ向けて、首をペコペコと振る。アタシは慌てて、トーエイのアゴを人差し指と親指で軽くなでてあげた。



 「ういあ~……おおいうえ……虫が……あっ、なおった。ナオ様、アリガトウゴザイマス、アリガトウゴザイマス。虫を食べようと思ってかみついたら、アゴがはずれました」



 ほら、やっぱりムリだったんだ。ヤモリのアゴって弱いのね。

 トーエイは嬉しそうに、抱き枕の上で両前足をすり合わせた。



 「何も力で相手をねじ伏せて、支配しようってワケではない。それでは本当にただの悪の組織だからな。ワタシが頂点に立つコトによって、世界を正しい方向へ導くというのも、世界征服と言うのではないか? って、オマエたちはワタシの話を聞く気がないのか?」



 アルは怒って両手で頭を抱え、じだんだを踏む。

 ああ……あれからずっと話してたのね。ゴメン、全然聞いてなかった。

 トーエイはたいくつそうに大きなあくびをして、抱き枕の上からアルを見おろした。



 「長い! 三行で説明しろよ」



 ペロッ、ペロッと長い舌で黒い目玉をなめるトーエイ。アルは小さくため息をついて、ガラステーブルの上にポテッとお尻をおろした。



 「三行……三行か……よしっ、行くぞ? 人間の中に蟲がいるから、ワタシたちの食べ物が減る」

 「その蟲を何とかするために世界を征服する」

 「食べ物も戻り、人間も元気になり、世界中がハッピー!」



 フンとソッポ向きながらだけど、素直に答えるアルってカワイイ。けど、三行じゃぁ何がなんだか。特に世界征服のトコが……何て言うのかな? 大ざっぱすぎない?



 「フワッとしすぎだ、大福!」



 茶々を入れたトーエイに、キュッと手を握りしめて、ワナワナと肩をふるわせるアル。



 「だぁ~! キサマが三行にしろと言ったんだ、このヤモリイモリトカゲ! キサマの名前の方がよっぽどフワッとしてるわ! 何ぃ~? アゴがはずれただとぉ~? 食べられるモノと食べられないモノの区別もできないのか? 意地汚い!」



 うわっ、アルがキレた。

 ホッペを両手で抑え、右へ左へと、テーブルの上をゴロンゴロン転がる。まるで駄々っ子。トーエイもちょっとイジワルしすぎ。アルがかわいそうだよ。

 アタシはアルを手の平に乗せて、背中をよしよしとなでた。アルは気持ちよさそうにグッと背中をそらして、鼻先をヒクヒクと細かく動かした。



 「でもさ、どうやって世界征服するつもりなの? その蟲だって『何とかする』と言われても……」



 ねぇ? そこが一番大切なんじゃないのかな?

 トーエイは抱き枕の上で頭を上げて、ウンウンと何度もうなずいた。



 「オレっちにお任せください! 学校へお供させてもらって、考えに考えた結果、ついにナオ様の世界征服へのヒントを得ました!」



 はぁ……どうしてもアタシに世界征服させたいわけね、トーエイは。



 「何? ワタシの世界征服のジャマをする気か?」



 アタシの手の平の上から、抱き枕のトーエイを見おろすアル。短いシッポがピコピコと小刻みに上下してる。トーエイも負けじとアルをにらみ返す。

 もう、何なの、この二匹。どっちもカワイイんだから仲良くすればいいのに。



 「このワタシが世界を征服するために……」

 「ナオ様が世界を征服するために……」



 二匹の目がキランと光る。マンガだとバチバチと火花が散ってるシーン?



 ゴクッ……



 アタシはドキドキしてツバを飲み込んだ。



 ドキドキ……ドキドキ……ドキドキ……



 早くしてよ……ドキドキ……



 そして、二匹同時に体を前に乗り出し、大きな声を上げた。



 「ナオ、学級委員長になれ!」「ナオ様、学級委員長やりましょう!」





 …………………………………………………

 はぁぁぁぁぁぁ~~!?

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