††† 七月十一日 曇りのち雨 †††

第37話 選挙しよう

「じゃぁ、立候補は二人でいいわね?」



 真紀先生は教壇に手をついて、グルッと教室の中を見回した。教室にギュウギュウになる、クラスのみんなの拍手。

 わっ、アタシ拍手とかもらったコトないから変な感じ。

 やっぱり一騎打ちになっちゃった。絶対にそうなると思ってたもん。


 アタシと、もう一人の立候補者は、もちろん泉チャン。

 今の学級委員長の泉チャンからすれば、アタシが立候補したコトの方が寝耳に水よね。クラスのみんなだって目を丸くしてビックリしてたし。

 今までのアタシだったら泉チャンが相手だったらあきらめてた。

 ううん、最初から立候補なんてしてなかった。

 けど、今日は絶対に負けないよ! アタシ、学級委員長になるんだ!



「二人とも前に出てきて。ハイ、みんなは拍手」



 真紀先生はアタシと泉チャンを代わりばんこに見て、胸の前でパチパチと小さく拍手した。クラスのみんなの元気な拍手が追いかける。

 泉チャンはスッと席を立って黒板の前、教壇の左がわに立った。アタシは頭をかきながら空いてる右がわに立つ。



「一学期に続いて学級委員に立候補した野々山泉です。みんながなかよくなれるクラスを目指してガンバります。よろしくお願いします」



 泉チャンはとびっきりの笑顔でみんなを見て、大きくおじぎした。

 何かスゴく堂々としててカッコイイ。アルの言葉で言うとオーラがあるって感じ? あっ、いや、アタシには見えないんだけどサ。


『みんななかよく』――か。


 泉チャン、一人ぼっちだった茂クンやアタシにいつも話しかけてくれたもんね。

 クラスの中で、泉チャンのコトわるく言う人なんて一人もいなかったし。

 だからかな? 何でアタシの栞持ってるのか全然分からないよ。

 人のモノ、黙って取ったりする子じゃないと思うんだけど。


 次はアタシの番。



「え~っと、四月にこの学校に転校してきた松平ナオです。アタシは勉強も運動も苦手です。分からないコト、できないコトが多いアタシだけど、学級委員ガンバりたいです。みんな、アタシを手伝ってください」



 アタシは泉チャンみたいに何でもできる子じゃない。

 生き物と国語以外の勉強はできないし、運動もダメ。みんなと話せるようになって一か月くらいしかたってない。

 けど、そんな子だって学級委員長とか目指していいんじゃない?

 手の平に乗るくらい小さなハムスターだって、世界征服目指してるんだから。



「ハイ、じゃぁ立候補者どうしの握手」



 先生は窓がわのイスに座って、足を組みかえた。

 先生の向こうがわに見える窓の外は、今にも雨が降り出しそうな真っ黒な雲でうまっていた。

 アタシは教壇の真ん前で泉チャンに手を差し出した。泉チャンはゆっくりとアタシの右手をにぎっ……



『さわらないで!』



 えっ!? 何、今の声?


 アタシはビクッと肩をはずませて目を丸くした。

 サラサラの前髪。大きな目はアタシを見ていない。

 口のはしが上がっていて笑っているようにも見えるけど、目が笑ってない。

 ろう人形のような顔。

 アタシと同じように右手を出しているけど、そこから先、アタシの手を握ろうとはしていない。

 ダランと下げた左手は、ワンピースを軽く握っていた。



「泉チャン、握手……」

『しゃべらないで! 気持ち悪い』



 えぇ~、しゃべってもダメなの?

 握手もできない。話すコトもできない。全部、泉チャンにイヤがられちゃう。


 …………やっぱり何か変。


 アタシは目だけを動かしてクラスのみんなを見た。

 みんなキョトンとして、『まだ握手しないの?』って顔をしているけど、泉チャンのキツイ言葉が聞こえてるような感じはない。

 何かイヤな汗が出てきた。アタシだけに聞こえる泉チャンの声、

 やっぱりこれって、蟲につかれてるよね?

 アタシ、アルよりも早く蟲を見つけちゃった。だから何? アタシ一人で蟲を見つけたって、何もできないよ。


 少し下を向いたまま、ライトグリーンのパーカーのフードをさりげなく左手でポンポンとさわってみる。

 …………アルはいない。


 お腹のポケットに手を入れてみる。

 …………トーエイもいない。


 少し首を動かして、キョロキョロと目だけで教室中を探してみる。

 …………鈴木くんもいるハズがない。


 どうしよう。どうするの? ここはほっといていいモノ? 取りあえず、泉チャンと握手したフリして席に戻ろ……



「どうしたんですか、ナオ様?」



 パーカーのフードがモゾモゾと動く。

 トトトト、トーエイ!?



「何でトーエイがフードの中にいるの? アルは? 学校来てる? 蟲――たぶん、泉チャンが蟲につかれてると思う」



 なるべく口を動かさないように、小さい声で話してるけど、みんなに聞こえてないよね?



「ゴチソウ――じゃない、蟲ですか? 大福は、来てると思いますけど……今すぐ呼びましょうか?」



 トーエイ、喜んでるでしょ? アタシ、困ってるんだけど。

 トーエイの声はみんなに聞こえないから呼んでもら……あっ、ダメだ。

 言葉は分からないって言っても、鳴き声は聞こえちゃうワケだし、真紀先生に見つかっちゃったら、また先生の頭に角が生えてきちゃう。


 この教室からみんながいなくなる方法ないかなぁ……

 チラッと横目で見ると、クラスのみんなはまだかまだかとざわつき始めていた。さくらチャンと茂クンは心配そうな顔でアタシを見ていた。

 あっ、そうだ!

 アタシはフードをポンポンと叩いてトーエイを呼んだ。



「アルを呼ぶ前に、茂クンに蟲のコト伝えて。泉チャンだけ残して、クラスのみんなを教室から出してほしいって」

「ハイハイ! みんな静かに! 野々山さんと松平さんは一度席に戻って」



 パンパンッと大きく手を叩きながら、教壇の前に立つ真紀先生。イライラしてるのがヒシヒシと伝わってくる。

 みんなが一斉に先生を注目するタイミングで、フードからはい出たトーエイは、みんなの足元をぬうようにサササササッと茂クンの席へ向かった。

 アタシは真紀先生にペコッと小さく頭を下げて自分の席に戻った。真紀先生は教壇に立って、腰くらいまでの高さの白い教卓に両手をついた。



「うわっ!?」



 突然上がった声にビックリして、みんな一斉に後ろの席の茂クンを振り返る。

 茂クンはみんなの目に気づいて、バツが悪そうに頭をかいた。

 両手の平で机の上を小さく囲い、少し下を向いたまま、上目づかいで周りをキョロキョロと見回している。


 ホッ……

 トーエイ、どうやら無事に茂クントコ行けたみたい。茂クン、何かいい方法あるかなぁ…



「え~っと、投票は……」

「ハイ、先生!」



 教壇の真紀先生の言葉にかぶせて真っ直ぐ手を上げる茂クン。



「どうせなら本当の選挙みたいにしませんか? すぐに準備できるので」



 手を上げたまま立ち上がって、グルッとみんなの顔を順番に見回した。

 茂クン、ナイスアイデア。本当の選挙みたいにかぁ………ん? 本当の選挙ってどんなの? これで、みんなが教室からいなくなるの?


 それにしても、トーエイは茂クンにどうやって伝えたんだろう。頼んだアタシが言うのも何だけど。

 あっ、トーエイは字が書けるじゃない。

 そうかぁ……茂クン、トーエイのナヨナヨ文字、よく読めたなぁ。



「そうね、社会科の授業の一環ってコトね。悪くないわ。けど、奥野くんは本当の選挙なんて知っているの?」



 真紀先生は腕を組んで小さく首を傾げた。みんなは真紀先生と茂クンの顔を見比べた。茂クンはドンと胸を叩く。



「大丈夫です! この前、テレビで勉強しました!」

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