ナオちゃんの世界征服

えーきち

††† 六月十四日 晴れ †††

第1話 アルの手記 六月十四日

 ワタシの名はアル・ロマノフ。

 とある野望を胸に、遠路はるばるこの日本にやってきた。



 どこから来たのかって?



 北…………そう、ロシアの方とだけ言っておこう。

 何? ハードルが上がるって? 別にもったいぶっているワケではない。



「アナタはどこの生まれですか?」

「ワタシの故郷は、ロシア連邦トゥヴァ共和国。広大な草原、切り立つ山、空を美しく映す大きな湖。自然豊かな、とてもすばらしい場所……」

「ふ~ん…………知らないなぁ」



 とまぁ、こんな会話が何度あったコトか。



「ああ、トゥヴァから来たの? トゥヴァのどこ? へぇ、ムンギュン・タイガ山の北側? あの湖が多い所? 遠かったんじゃない? まぁ、ゆっくりしていきなよ」



 などと、ノリノリで話を広げてくれたヤツなんてどこにもいなかった。

 要するに、詳しく話すだけムダだと学習したまでのコトだ。

 故郷の話の一つもできないなんて、まったく寂しい世の中だ。



 話せば長くなるが、始まりはそう、昼寝の最中だった。

 もう、だいぶ昔のコトのように思える。

 それはとても不思議な体験だった。



 自慢のヒゲにピリピリと電気が走ったような気がした。鼻の先がひくひくとむずがゆかった。まわりに誰もいなかったのに、声だけが頭の中に広がった。



「赤いオーラが世界に災いをもたらします。青く輝くオーラを求め、日本を目指しなさい。世界はあなたにかかっています」



 ワタシはそれを天啓と受け取った。世界の意志がワタシを求めている。旅立ちの時は今。


 野を越え山を越え、生まれて初めて見る海をも越え、辿り着いたぞ島国日本。

 人や車、自転車、バイクが行きかう道路をひたすらさまよい、身も心もクタクタになったワタシがこの町にたどり着いて早十日。


 排気ガスにまみれた大通りからわき道に入り、大きな電信柱のカゲに身を隠す。

 この先で、この十日間、毎日見かける青いオーラの持ち主。

 初めて出会った時、ワタシはその目を疑った。二度見どころか三度見もした。



 来たっ!!



 赤いランドセルを背負った、ショートカットのたれ目の女子。名前は知らない。

 やっとの思いで見つけた、青いオーラの女子だ。

 やっとの思いで見つけたのに、年端もいかない女子なのだ。


 電信柱のカゲから顔を出すワタシの目の前を、女子が今日も横切…………らなかった。

 いつもは何気なく通り過ぎる女子が、ピタッとその足を止める。反動で柔らかそうな前髪がフワッと前に揺れた。


 バクンッ!


 ワタシの心臓が一センチは跳ね上がり、足が棒のように固まる。

 動けない。今動いたら見つかる。もしかしたらもう、女子の視界の端に入ってしまったかもしれない。


 ワタシは置物だ……置物だ……置物……


 グリン!


 ホラー映画のワンシーンのように、女子の首だけが何の予告もなくこっちへ向く。


 バックンッ!!


 ワタシの心臓は三センチは跳ね上がり、口から飛び出るトコロだった。

 思わず両手で口をおさえて、ゴクッと生ツバを飲み込む。


 女子は大きなたれ目をさらに大きくさせ、ワタシをジーッと見つめていた。

 マネキンのようにピクリとも動かない女子の、サラサラの髪と葉っぱ柄のワンピースだけを静かに揺らすそよ風が、静かに時を刻んでいた。



 ワタシは思った。目を背けたら最後だ……と。



 ワタシは女子のたれ目をキッと強くにらみつけたまま、ゆっくりと、そして自然に、電信柱のカゲに後ずさりし……


 ズン!


 女子が体ごと向きを変えて、ワタシに向かって一歩、大きく足を踏み出す。


 ズン、ズン!!


 すさまじく大きい一歩。その度にピョコンピョコンと小さく跳ねるワタシの体。


 ズン、ズン、ズン!!!


 まさにヘビににらまれたカエルだった。ワタシは恐怖で体を小さく丸めた。

 女子のたれ目がギラギラとあやしく輝いた。




 ダメだ……食われる……

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