第2話 ウソをついてるとでも?
「ねぇ、日記ってウソ書いてもいいの?」
背中からの急なアタシの声に、アルはビクッと肩を弾ませた。
アルは慌てて、勉強机の上のノートにおおいかぶさって、手足をバタバタさせている。でも、全然隠せてないし……
「名前は知らないって……言ってなかったっけ? アタシ、ナオ。
プクッとホッペをふくらませてみせる。
アタシはこの目が気に入っているからいいんだけどね。大好きなお母さんに似てるって言われるから。
アルは手足をスゴイ速さで振りながら、日記を一生懸命隠して、アタシを振り返ろうと首だけを横に向けた。
「ウソなんてこれっぽっちも書いていないぞ! たれ目をたれ目と言って何が悪い?」
アルは横を向いたまま細かい髭をヒクヒクと動かした。その姿に合わない低い声が、気持ち悪いんだけど笑える。
アタシはアルの首の後ろを、人差し指と親指でチョイッとつまんで持ち上げた。
「や……ウソは目の話じゃなくて。アタシ、ハムスターなんて食べないけど……」
首の皮をつままれたまま、犬かきのように手足をパタパタと動かすアル。小さな小さな手足で空中を泳ぐように。スゴくカワイイ。
その格好にガマンできなかったのか、アルは頭と同じくらいの小さな体をグリグリとねじると、アタシの指から逃げ出して机の上に飛びおりた。そして、机の上に広げたノートの周りをクルクルと走り回る。
「モノの例えだ、モノの例え! 『食べられた』なんて書いていないぞ?」
アルはノートの上のエンピツを両手で抱えて、日記のその場所をエンピツの先で指した。
アタシは勉強机の前のイスに座ってほおづえをつき、ノートとアルを見おろした。アルの足元に四角い消しゴムと、千切れた消しゴムの小さなカケラが転がっていた。
「そりゃぁ、書いてないけどさ……この日記、どこまでがホントのコト? 青いオーラってアタシから出てるの?」
読めなくはないけど、ミミズがはい回ったようなアルの日記に目を通して、アタシは自分の体をマジマジと見回した。
薄いピンクのハート柄のパジャマから出る手も足もいつもと同じ。勉強机の上に置いてある鏡をのぞき込んで見ても、毎日見なれている顔が映るだけ。どこにも青い色なんて見えないけど……
アタシは首をかたむけてアルを見た。アルはノートの上を左右にゴロゴロと転がり、機嫌悪そうにハダ色の鼻をヒクヒクと動かした。
「ワタシがウソをついてるとでも?」
ドキッ!
「え……そっ、そんなコトないよっ! 疑ってるんじゃないの。アルはスゴイ! しゃべるし、字も書けるし……え~っと、白くて小さくてカワイイし……」
両手の平を胸の前でブンブン振る。何かこの言い方って、言いワケしてるっぽくない?
アルはハァと大きなため息をついて、あるかどうか分からない肩をキュッとすくめて、プルプルと小さく首を振った。
ホントなのに……そりゃぁ、見た目はカワイイのに声は低くて笑えるし、字はヘタクソ……いや、上手じゃないとは思ったけど。
「まっ、ワタシがスゴイのは認めるけどな」
えっ、自分でも認めちゃうんだ。
アルは両手を組んで……手が短くて組めてないけど、ふんぞり返ってフンっと鼻をならした。
「だが、ワタシが人間の言葉をしゃべれるワケではないぞ。ナオがワタシの声を聞くコトができるんだ。青いオーラの力でな。他の人間の前では『よく鳴くハムスターだな』と思われるのが関の山だ」
そうなの? アタシはビックリして目を丸くした。
幼稚園に入る前から生き物は虫以外何でも好きだったけど、動物の声が聞こえたコトなんかないよ? 小学校五年生になった今まで一回も。
これが青いオーラの力だって言われても……
「事実は事実だ。実際にワタシの声が聞こえているだろ? いつも肩を落としてうつむき、しょぼくれたように通学していても、これがナオの力だ」
うっ……『しょぼくれた』は余計だよ。
「大方アレだ……勉強ができないとか、運動ができないとか、友人とケンカしたとか……」
「友だちなんていらないもん!」
アルの体がピョコンと小さく跳ねる。そして、つぶれたまんじゅうのような格好で、ポリポリと頭をかいた。
カワイイけど、ちょっとにくらしい、このハムスター。アタシは人間なのに、ハムスターに何もかも見すかされているような気がして、ちょっとヘコむ。
東京から長野の
東京の小学校は一学年五クラスあったんだけど、野並小学校は全学年が一クラスずつしかない。
一年生……ううん、それより前からずっと、ほとんどの子たちが顔見知り。そこに転校してきたアタシとみんなの間には、見えないカベがあるような気がした。
優しくしてくれる子もいた。けど、放課後に遊びに行ったりしなかった。アタシから誘う勇気もなかったし。
『東京に帰りたい』なんて考えちゃいけないんだよね。
お母さんが病気で、静かなトコで暮らした方がいいからって、お父さんの実家に家族で引っ越して来たんだから。そんなワガママ言うと、お父さんもお母さんも困っちゃうし、アタシたちが引っ越してきてスゴく喜んでいるおじいちゃんとおばあちゃんが悲しむから。
「何だ? 図星か? 面倒くさいヤツだな。ケンカしたのならあやまればいいだけのコトだろう? ん? あれか? ツンデレってヤツか?」
いないんだよ、友達が。ケンカもできないんだよ。
イスに座ってうつむいているアタシの顔を、机の端っこで見上げているアル。真っ黒なクリクリの目が、宝石のようにキラキラ光っていた。
「まさか、こんな器の小さいヤツが青いオーラの持ち主とはな。そんなコトでワタシの右腕が務まるのか?」
アルの口の端っこが上がる。アル、何か悪い顔してるよ。
「アルの右腕って……何か手伝えってコト? アタシ何もできないよ? 勉強もできないし、運動も苦手だし、友達も……いないし……」
自分で言っててスゴく落ち込んじゃった。やっぱり友達ほしい。
アルは小さい両手でノートの端っこを持ち上げて、それをパタッと閉じる。そして、転がったエンピツを両手で抱えて、ノートの表紙の上に立った。
「何だ、友人がいないのか? なおさら何とかしないとな。我が野望、世界を……ん?」
えっ、何?
アルはスゴイ速さでエンピツを放り出して、消しゴムの小さなカケラを手に取った。そして、机の上をコロコロと右端まで転がって、アクションヒーローのように消しゴムの小さなカケラをアタシの顔へ投げつける。
「くせ者!」
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