††† 六月二十五日 雨 †††

第22話 栞はどこにいっちゃったの?

「ねぇ、アル。鈴木くん帰ってこなかったけど、ホントに学校に来たのかな?」



 アタシは階段をのぼりながら斜め後ろへ首を傾けた。この頃、毎日学校にアルがついてくるから、パーカーばかり着てる。何かね、フードの中ってフワフワしてて気持ちいいんだって。



「来ているコトに間違いはない。校門に入ってすぐの植え込みの陰に、鈴木くんのスケートボードがあったからな。まさかとは思うが、まだ探しているとか……」



 ピンクのパーカーのフードから飛び出し、アタシの肩の上でヒゲをヒクヒクと動かした。

 えっ? 鈴木くんって、スケボーで移動してるの? 街中を? それってスゴく目立つんじゃない? 逆にあり得ない光景すぎて、みんな夢でも見たと思っちゃうのかな?



「まだ探してるとかはないんじゃないかな? だって、もう先生どころか生徒だってチラホラ……」



 学校に忘れてきたかもしれない栞のコトが気になって、今日はいつもより早く家を出た。

頼みの綱の鈴木くんも行方不明だし。

 いつもより少し早いだけなんだけど、廊下や階段を歩く生徒は少なかった。静かな学校って不思議な感じがした。野球とかサッカーをやっている子たちの声が、遠くで聞こえた。



 ガラッ…



 教室の引き戸を開けると、クラスメイトが一人だけイスに座っていた。窓ぎわの後ろの席。奥野茂くん。アタシと同じ、いつも一人ぼっちの子。



「おはよう」



 口の中でモゴモゴとあいさつする。だって、今まで話したコトもないし、あいさつすらしたコトない子に声をかけるのは緊張するじゃない?

 あれ? 茂クン、アタシの声、聞こえなかったのかな? 一度もアタシを見ないでずっと本読んでるし……



「クラスのトップを目指しているヤツが、何だその蚊のなくような声は? もっと腹の底から声を出せ!」



 アルはフードの中からアタシの髪を引っ張った。もうっ、そんなコトしなくても聞こえてるって。アルってカワイイ姿に似合わず、何げに体育会系よね?

 アタシはランドセルを自分の机の上に置いてから、しぶしぶ茂クンのイスの横に立った。それでも茂クンは、まだこっちを向かない。机の上に本を広げて、スゴイ早さで目玉を上下させて目を走らせていた。



 ドキドキドキドキ……


「しっ、茂クン、おはよう。学校来るの早いんだね?」



 タータンチェックのキュロットを両手でキュッと握りしめて、アタシはふるえる声をしぼり出した。茂クンはビクンと大きく肩をはずませてゆっくりをアタシを見上げた。



「……おはよう。今日、ボク日直だから」



 モゴモゴと口を動かす茂クン。チラッとアタシの顔を見あと、すぐに本に視線を戻す。

 初めての会話のキャッチボールは、見事失敗に終わりました。だって、茂クンのコト何にも知らないから、何を話せばいいのか分かんないんだもん。

 アタシはトボトボと自分の机に戻って、机の中のモノを全部出した。と言っても、机の中なんて道具箱しか入ってないけど。



「ないよぉ~」



 道具箱の中身を全部机の上にひっくり返して、また片付ける。テープとかハサミとかノリとか、一つ一つ。とってもムダな作業。



「机の中は? ……うわっ」



 トーエイがいた。ビックリさせないでよ、もうっ。何でアナタはそんなに神出鬼没なの? アルみたいに、どこかに隠れて学校へついてきてるとは思ってたけど、いつの間に机の中に入ったのよ?



「ナオ様、机の中はホコリだけです」



 机の中からはい出てアタシの手に飛び移るトーエイ。そのままススッと肩へ上り、アクアクと大きく口を開けた。



「家にも学校にもないってコト、ないと思うんだけど……落とすような場所で本読まなかったし……ハァ……」



 途方に暮れてため息しか出てこないよ。イスに座ってガックリと頭を下げた。

 フードの中からアルが出てくる気配がしたけど、肩にトーエイがいたせいかな? すぐにフードの中に戻ってジッと動かなくなった。



「イヤに簡単にあきらめるんだな? ソレはナオにとって、大切なモノじゃないのか? だったら、もっと必死になれ! 手をつくせ! まずは、肩のトカゲをどかすコトから取り組め!」



 もうっ、勝手なんだから。手をつくせって言ったって、もう探す場所がないよ。

 アタシはトーエイを手に乗せて胸のポケットに入れた。トーエイは一度ポケットにもぐりこんだあと、すぐに顔だけ出して大きな黒い目をペロッとなめた。



「皆目見当もつかないのか? 少しは勉強もマシになってきたが、やっぱりナオはアホちんだな」



 フードからはい出し、トーエイのいなくなったアタシの肩にチョコンと乗るアル。アタシはあわててアルをもう一度フードへ押し込んだ。

 アルはトーエイよりも目立つんだから、人がいるトコで出てきちゃダメでしょ!



「アホちんって失礼しちゃう。じゃぁ、どうすればいいのよ? 鈴木くんだって探しに来たんじゃないの? どこか行っちゃったけど…」



 そんなに簡単に見つけられるなら、きっと鈴木くんが探し出してきてくれたと思うの。栞だけじゃなくて鈴木くんまでいなくなっちゃったから、こうやって朝早くに学校に来たのに……



「道にお金が落ちてたら、ナオはどうする? 見て見ぬふりか?」



 急に何? 落ちてるお金は拾うよね?



「あっ!」



 家で落としたなら、栞はアタシのだってみんな知ってるから、落ちてたよってアタシに返してくれる。けど学校だったら?



「誰かが拾ってるかも! みんなに聞いてみればいいんだ。けど……ムシされないかな?」



 アタシは道具箱を片付けて、教室の中をグルッと見回した。教室には、もう何人かのクラスメイトが登校していた。けど、アタシと話してくれそうな子は誰もいない。泉チャンはまだ来ていなかった。茂クンはずっと本を読んだまま。



「『案ずるより食うが美味し』と言うだろう? 世界征服を志すモノが人と話もできませんなど片腹痛いわ」



 何そのコトワザ。言いたいコトは分かるけど、間違ってると思うよ。それに、アタシは世界征服なんて目指してないし。けど、今やらなきゃいけないコトは分かった。



「行ってくるよ」



 右手をギュッて握って、アタシはイスから立ち上がった。そして、茂クンの席へ向かう。最初からみんなにムシされたらヘコむじゃない? 茂クンだったらムシはしないかな……と。



「茂クン、ちょっと聞きたいコトがあるんだけどいい?」



 大丈夫。さっき、ちゃんとあいさつできたし。

 茂クンは本をゆっくりと閉じた。うなずきもしないし返事もないけど、アタシの方へ気持ち体を向ける。

 どどど、どうすればいいの? コレって聞いてもいいってコトだよね?



「アタシ、栞をなくしちゃったの。モミジの葉っぱの形をした和紙でできた栞なんだけど、茂クン見かけなかった? これくらいのヤツ」



 両手の親指と人差し指で丸を作って茂クンの前に出した。茂クンはピクリとも動かないで、アタシの指先をジーッと見ているだけだった。

 やっぱり知らないよね。次は誰に聞いてみよう? アタシはガックリと肩を落として、大きなため息をつく。



「ゴメンね。変なコト聞いて。他に誰か見た人いないかなぁ」

「知ってる」



 えっ!? アタシは勢いよく顔を上げた。

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