第26話 未来宣言。

お盆明け直後の水曜日の休日――


最近かなり忙しかったためか、それとも母との再会などで気を張っていたせいか、僕はやや疲れ気味な体と頭を休めるべく、今日一日を家でゆっくりと過ごした。

一方美沙は、ジッとしていられない性格のようで、家でゴロゴロしている僕をすんなりと置き去りにして久々に友人たちと遊んで来たようだ。この9月からの高校通いを考えるとやはり美沙の交友関係を少しは知っておいた方がいいのかな、なんて思いがふとよぎる。

2020年の高校の友人達。僕がこの世界に居続けるとなると、当然彼らとはサヨナラとなる訳であり、勿論寂しくないと言えば嘘になる。

それでも、この1994年の世界にやってきたこと自体を運命と捉える前向きな自分が、自分自身を勇気付けてくれた。



現在、夜の8時半。

静寂を楽しむ穏やかな一人の時間、――のはずであった。和室でくつろぐ僕の背後に、入浴を終えた美沙の顔が――



「いっくん、なに見てるの?」



左肩越しに僕の手元を覗き込む。僕はその不意な登場に狼狽うろたえながらも素早く電源ボタンを押して画面を消した。


いわゆるコソコソと隠さなければいけない悪事は特に働いているわけではないのだが、どうも中を見られることを躊躇してしまうクセは、2020年仕様のままのようだ。

美沙から見ると未来がいっぱい詰まった僕のスマートフォン。基礎テクノロジーや構想自体は既にこの世界の何処かに存在すると想像するが、実機が世の中に出回るのはあと数年先である。


それはさておき、未来を見せることで起こりうる不測の事態を避けること。そのことは、僕の最低限のマナーであるとどこかで感じていた。

そんな僕の気持ちなんて美沙に通じるはずもなく。

結局、右手に納まるそれを興味津々に取り上げられてしまった。しかも詳細を求める脅し付きで。



※※※


「ふーん。これが未来の電話機なのね。薄くて小さいんだねー」


「まぁ電話機っていうよりは、コミュニケーションツールとか情報端末ってとこかな。知りたい情報をネット経由で色々と調べることができるんだ。例えば電車の経路とか時間とか。それと、あとは日頃の記録かな。写真とか動画とか簡単に残せるよ」


「ん?ット?あみ?」


常識だと思っていた用語が通じないのは仕方がないことであろう。以前にウェブという言葉を聞いて不思議そうな表情をしていた彼女を思い出した。

美沙はスマートフォン自体には全く興味がない様子であったが、僕の写真や動画にはかなりの勢いで食いついてきた。



「ねぇ、いっくんの写真とか見せてよ!」



この携帯が僕の手元にきたのが2018年の春。中学を卒業したときだ。周りの友人達よりかなり遅れてのスマホデビューではあった。これを漸く手にできた時は、恥ずかしながら父が神に見えてしまった。思い返せば、部屋で一人、喜びのダンスを踊っていた記憶が蘇る。



「これ――、誰?」



僕の脳裏を当時のどうでもいい記憶が駆け巡っていた時、美沙は僕の写真を過去に向かって勝手に巡らせていた。そして一枚の写真で立ち止まり、僕に声がかかったという訳で。

僕はその写真を美沙の背後からそっと覗き込むと、女の子と二人で仲よさそうに写る写真が見えた。



(――ヤ、ヤバイ、何故この写真が...... 全部消したはずなのに......)



嬉しそうなカメラ目線で僕の腕を取る彼女とのツーショット写真。高校1年生の夏から半年ほど付き合っていた彼女である。

別れた理由は... もう忘れてしまった、ことにしてある。まだキスもしてなかったことから僕の中ではギリギリなのだ。


すっかり僕の記憶から削除済みのはずなのに。この黒歴史の見事な復活劇に、僕は今までにないほどの動揺を隠しながらも、なるべく平常心を装い先ずは美沙の顔を見た。勿論、恐る恐る。


あえて効果音もしくは擬態語で表現するとしたならば。【ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――】と聞こえてきそうな表情が僕に迫っていた。


「し、しんせきの、子だよ」と震えた声と引きった笑顔で言い訳をするも、


――無論、こうなる。



「オテ!」

「はい......」

「よろしい!そろそろ許す!」



この出来事を、あまり思い出したくないモノが集められた心のフォルダーにしまい込み、音声だけを記憶に擦り込んでおいた。足が痺れて辛かった記憶と共に。



結局、高校時代を丸裸にされた僕ではあったが、不意の美沙の暴走も漸く落ち着いたところで、今度は美沙の高校時代を丸裸にしたい衝動にかられた。



(やられたらやり返す!バイガエシじゃー!)



と、勇んで奮い立つも、これといってお手軽な証拠がすぐに出てくる時代でもなく、全てが美沙の言質げんちやアルバムに閉じ込められた写真によるもののみであった。勿論証拠集めは難航し、ほぼ以前に仕入れた情報の焼き直し程度で終わる。

せっかく倍増させた僕の攻撃力は全く役に立たなかった。きっとレベルが違いすぎたのだろう、と無理矢理納得させることにした。

それでも何となくではあるが、美沙の高校生活を更にイメージする事が出来たのは、今後の役に立ちそうな気がした。



※※※※※※※※



僕の過去、いや、この世界から見ると僕の未来をある程度把握してご機嫌を取り戻した美沙と、いつもの家庭教師の時間を過ごしていた。

今日は珍しく、開始から一時間一言も喋らずに集中して課題に取り組んでいる。一生懸命な姿を見ると自然と頬が緩んでしまう。以前ネットで仕入れた「出来の悪い子ほど可愛い」という言葉が脳裏をよぎる。そんな集中しているように見える美沙に、僕の方から話しかけた。



「大学ってもう決めたの?」


シャーペンを鼻と口の間に挟み、「大学かぁ――」

と、遠い目をして美沙が呟く。


「確か、夏休み明けに最終進路の報告しないといけなかったんだよね?」


「うん、そうなんだけど―― ねぇ」



美沙にしてはかなり歯切れが悪い物言いを不思議に思いながら見つめていると、彼女はその場で突然立ち上がり、自分の未来決定図を宣言し始めた。



「ヨシ!今決めた!」

「私、大学行くの、やめた!」


(――――!!!なんて??)


「だーかーらー、大学行かないの!」

と、驚き顔の僕に力強い笑顔を向ける。



「私、珈琲屋さんになる!!」



右手をグーにした決めポーズ。

まるで、昔アニメで見たことがある「ナントカ王にオレはなる!!」的なイメージのあれだ。


突然の宣言に多少驚きはしたものの、僕はその美沙の意見には賛成だった。

好きでもない勉強を無理に続けて、心から希望もしてない第一希望の大学に合格し、その2年後もしくは4年後の苦しい就職活動を勝ち登っていく美沙像が、どうしても思い浮かばなかったのだ。うん、きっと彼女には無理だ。家庭教師の僕が言うんだから、間違いない!それに、全くもって、生き方だと思う。


それよりも、自分自身が大好きな世界で生きる。

得意なことで人の役に立ち、それが仕事として成り立つ。それが美沙っぽいだろう。彼女にはきっと人の心を動かす不思議な力があるはず。


僕は彼女の将来像を勝手に評価しながらも、改めて自分自身のことを考えてみた。



(僕は将来、何がしたいのだろうか――)



半年後にやってくる人生の分岐点。

美沙と同じく、もちろん僕にもやってくるだろう。

先程の美沙の力強い未来宣言を少し羨ましく思う自分がいることに、今更ながら気がついてしまった。






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