第24話 酔っぱらい、からの――。
「ちゅうも――く!」
その声の音源に目を向けると、美沙が右手を真っ直ぐ上に伸ばしてユラユラと揺れている姿が視界に飛び込む。
「
(ん?たけなわとび……?)
「――そろそろお開きにしたいと思いまーす。最後に代表?当主?店長?社長?えっと、お父さんからみんなに一言あるそうでーす!」
「だから、みんな、注目なのだ――ひっく」
(ヒック?おいおい、もしかして美沙……
おぬしは酔っぱらってるのか?――)
よく見ると、美沙の左手にはビール缶が握り締められており足元もおぼつかない感じがする。状況証拠は完璧に出揃っていた。もし今、
「この一年間、お疲れ様。今日はお盆だ。えー、ご先祖様が一生懸命頑張って繋いでくれたからこそ、こうやってみんなで旨い酒が飲めるのだ――!」
「そうだそうだ――!飲めるのだ――!」
と美沙の合いの手。ビール缶を持つ左手が高々と。堂々と。
(あぁぁ、もう知らねーぞ!どうなっても――)
「えー、今日はブレーコーである!今言いたいことがあるやつは、ココで宣言せよ!心の声を御先祖様にしっかりと届けよ!」
隣の母を見ると、『あちゃー』という声が漏れてきそうな表情を体現していた。
だがしかし、だ!
あの美紗の乱れ
「じゃあまずは―― 賢太朗!お前からだ」
(えっ?僕?これって強制執行力アリの全員参加型イベントなのか?きーてねーぞ?)
僕は目を丸く見開きながら右手人差し指で自分の顔を指し、あわよくば逃れられるという奇跡を期待するも。
「そうだ!彼女に言いたいことがあろうが!」
「あろうが――!」と、再び美沙が続き――
――あえなく撃沈した。
祖父の目線が美沙を捉えていることから、彼女とは美沙のことだろう。今の楽しそうな祖父を『現場仕様』に戻してしまうと何かと面倒な予感しかしないので、サッサと諦めてその場に立ち上がり何も思い浮かんでない思考の尻を必死で叩いて言葉を探した。
聞こえずのやり直し刑だけは避けたい僕は、意を決してソコソコの音量で大きく響くように、真上のパイパス高架橋裏めがけて声を発した。
「今度のスイーツコンテスト!絶対に優勝するぞ――!!」
「からの――」
合いの手が何処からともなく飛んでくる。
(げっ!マジか、この世界にもからの刑があったのか!!)
「えーっと…… 美沙と一緒にぃ!!」
「それで――」
今度は隣に座る母からのハイテンションボイス。
オテンバ娘のような笑みを浮かべていた。
(これが岡家の血か――、後で絶対にやり返してやる!負けねーぞ!)
「楽しい未来を作るぞ――!!」
「つまりは――」
意外にも今度は美沙本人から。
両手を口元に当て、まるで声援でも送っているような酔っ払い姿が視界に入った。
(おぬしは敵か!?味方か!?――
今夜の家庭教師はスパルタの刑にしてやる!)
「ずっと一緒に暮らした――い!!」
「もういっちょ!」と祖母も悪ノリ参戦。
(ほんと岡家ってやつは……ばあちゃんまで…)
「お酒は、ハタチになってから――――!!」
僕は真っ赤な顔でゼエゼエと肩で息を切らした。
これ以上続きをさせられようものなら穴に入って隠れてやる!と心に決めた時、「よっ!お見事!!」と祖父の上機嫌な声と拍手が響く。
それでも祖父は「――だって。美沙ちゃん。どうするー?」と呑気に隣に言葉を投げると、美沙は笑顔で「まぁ、一生懸命だったしこれで許してあげましょう!」と返す。
二人は絶妙に気が合うようだ。
これ以上の発言が、さらなる合いの手を招く恐怖を抱き、僕は言葉なく一礼して逃げるようにその場に着席した。
「じゃあ、次は――」
そんな具合に、祖父以外の人たちが軒並み餌食となっていく。
祖母の「お父さん今年も有難う。大好きです!」という年甲斐もない言葉に、祖父自身が
美沙は何故か免除対象であったが、それはそれで僕はホッとしていた。祖父からすると、トップバッターの僕の回は二人同時のイメージだったのかもしれない。
「じゃあ、最後に千恵子!」
と祖父は続けた。
僕の隣に座る母は、残り僅かになった缶ビールを一気に飲み干して立ち上がり、そして少し距離がある祖父と向かい合って真っ直ぐな視線で声高らかに宣言した。
「私――、結婚します!!」
先程の僕との会話の流れからすれば当然こうなるのであろう。が、勿論それを知るはずもない祖父はすっかり石像のように固まってしまっていた。口も半開き状態だ。
娘のその時を迎える父親の心境と行動はこんな感じなんだろうかと、まだ見ぬ自分自身の未来を妄想してみたが、流石に思いつくはずもなく。
祖母は、その姿を見てやや驚いた感を抱きつつ、それでも優しくニコニコと微笑んでいた。こちらはある程度事情を知ってそうな感じがしてなんだか少し安心した。
川上から川下に向けて爽やかな風が流れる。
ここはバイパス高架下。通過する車がジョイントを踏み通る音が『ドドン、ドドン』と響いてくる。
暫くの間、周りの音が僕の意識に入り込むくらいの静寂に包まれた。それでも母の視線は、祖父を捉えたまま微動だにしない。
「今度、連れてきなさい……」
突然訪れた祖父と母の歴史的瞬間に、僕はすっかり傍観者になってしまっていた。
(あ、母さんにやり返すの、忘れてたな……)
この後、今までの流れとは打って変わったように祖父は急に無口になる。という訳で、最後の締めは次期当主の叔父さんが無難に引き継ぎ、今日の
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「今日はありがとうです、楽しかったです!」
「こちらこそ。来てくれてありがとね。また遊びにいらっしゃい。もう酔いは冷めた?あんまり飲みすぎちゃダメよ。まだ未成年なんだし――」と今更ながらの祖母の笑顔。
「はーい、お父さんにもよろしくです!」
「起きたらよろしく言っておくわ。賢太朗君もまた明日から仕事の
実家の玄関先で最後の挨拶を終えておいとましようとしたその時、奥から母が顔を出し駆け寄ってきた。
「今日は楽しかったわ。最後はちょっと湿らせちゃってほんとゴメンね。まぁ、これからもキミたちとは何かとご縁が続きそうね。――あ、いや、賢太朗君と美沙ちゃんとは、だね」と、少し照れた微笑み。
「いつ福岡へ帰るんですか?」
「仕事の都合で、今日の最終の新幹線で帰ろうと思ってるの。あ、それとこれお土産ね」
そう言って母は小さな紙袋を差し出し、僕はお礼を言いつつ受け取る。受け取る際に再び触れる母の指先。もしかすると、もうこれが動く母の最期の姿かもしれない。そう思うと今までにないくらい切なくなってしまい、油断すると涙が溢れそうになった。
結局最後まで運命そのものについては言えなかったが、それでも今の僕には後悔はなかった。言いたい事はしっかりと伝えたという気持ちの方が大きかった。あとは母が20年後のあの事故を自ら乗り越えてくれる事を心から願った。
「チー姉ちゃん、ありがとうね」
すっかり母と仲良くなった美沙の言葉で僕の意識は現実に戻される。母は嬉しそうな笑みをこちらに向けて「こちらこそ」と言葉をくれた。
「あ、それと!」
と、突然美沙は切り出して「福岡帰ったら開けてくださいね」と言いつつ母に小さな紙袋を手渡した。
「ん?何それ?」と何気ない僕の一言に、
「新作よ」とウィンク一つだけ返してくれた。
僕はその新作の種類と効果効能が気になりつつも、また後で聞こうとこの場は引き下がり、岡家のイベントが無事に幕を下ろした。
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