第30話 親子の旅。

作戦会議を終えて屋上から集合場所のロビーに再び降りてくると、先程よりも明らかに人が多くなっていた。今回のコンテストが記念すべき第一回ということもあり、きっと注目度もそれなりに高いのだろう。専用の腕章を着けた報道機関や雑誌社の人の姿も多くみられる。


今日のスイーツコンテストの出場は全部で5組。

美沙が喫茶北野でこっそり仕入れた情報によると、一次書類審査には100組近い応募があったとのことだ。その中から選ばれし精鋭5組の高校生ペア。そこらのちょっとした難関大学の倍率をはるかに凌ぐ狭き門ではあるが、水曜日の休日以外この世界にどっぷりとひたりきっていた僕たちにとっては、この書類審査突破という結果はむしろ当前なのかもしれない。単なる趣味の世界を楽しむ程度の高校生たちに負けるわけにはいかないのだ。

真剣に取り組んできたことで芽生えた僕のプライドがそう主張していた。


集合時間まであと10分を切った頃、突然美沙が手を振りながらこの場から離れていった。その行き先に目をやると、楽しそうに談笑する喫茶北野の北野さんと井上藤二郎堂本店の井上さんの姿が視界に入った。彼らも美沙に気がつくや否や、軽く手を上げながら微笑みを返している。



「けーん、たろっ!」


一方その光景を眺めていた僕は、聞き覚えのある声と肩をトントンと叩かれた感覚に振り返ると、「よっ!」と右手を軽くあげて微笑む見知った顔が視界に入る。涼子さんだった。



「きてくれたんですね」


彼女は自分の左腕に付けられた赤い腕章を指差しながら「今日はこれよ!」と言葉を向ける。



「あ、取材だったんですね」


「うん。11月号のうちのスイーツ専門誌にこのコンテストの最優秀賞ペアを載せるの。京都スイーツ特集中の1ページだけどねー。わたし的にはあなた達を載せてあげたいんだけど、こればっかりはタテマエが必要なのよね――」


「――まぁ、あなた達ならなんとかなるでしょ!」

と挑発するような笑顔をかぶせた。



暫く何気ない立ち話を繰り広げているところに、美沙が手提げ袋を持って戻ってきた。



「ん?何?その袋?」と言う僕の質問に、

「ふふっ、ナイショー。あとでお楽しみねっ」と悪巧みな表情を浮かべて先送りし、お母さんに顔を向けた。


「来てくれてたんだね」


「もちろん!カワイイ私の子供達の初挑戦だもの。何があってもくるに決まってんじゃん。まぁタテマエは仕事だけどね――」と軽く微笑む。


「ありがとう。頑張るね」


「どうせやるなら、テッペン、もぎとって来なさい。そしたらお母さんがあなた達をド派手に全国デビューさせてあげるから。以前のどっかの雑誌編集長サンじゃなくて、お母さんの手でね!」


「お母さん……」



いま目の前で向き合う親子の姿。

こうやって二人が心を通わせる姿を見たのは、初めてかもしれない。

涼子さんが静かに胸元のネックレスを指でまみ上げて美沙に笑顔を向けると、美沙もそれにならって同じポーズで自信溢れる微笑みを返す。そして二人同時に僕を見る。それは少女のような二つの笑顔。ほんとそっくりだった。

まるで「やるじゃん!」とでも言われた気分になって気恥ずかしさがこみ上げるも、やはり嬉しさの方が大きかった。


大切な人との絆をさらに強くするといわれるサードオニキスの力。本当の親子になったらと願った昨日のことが、早くも現実になろうとしていた。



「ん?いっくん、何ニヤケてるの?」


「イヤイヤ――」と苦笑う。


「あー、その顔は!また私のイヤラシイ姿でも妄想してたんでしょ?」


「違う違う。しかも『また』って……」


(そんなの一回も考えた事……ない、事もないか――)


否定しきれない、いや、完全に嘘をつこうとしていた自分に更に苦笑い。


「え?まさかの私の姿を!?」

と涼子さんがノッてくる。


(イヤ…、否定しにくいからそれだけはやめてください……)


「いっくん!それはお母さんに失礼よ!」

と娘に思考を読まれて、三度目の苦笑い。



周りの雰囲気とは全くもって真逆の、緊張感の欠片かけらすら感じない戯れ中の三人の耳に、受付スタッフの低い声が届く。



『コンテストに出場するペアーは、こちらに集合してくださーい』



「さぁ!伝説を作ってきなさい!あなた達の歴史が今ここから始まるのよ」


その涼子さんの力強い鼓舞に、僕と美沙は親指を立てたサインで返して前を向いた。


「さ、行こっか!美沙」


「いっくん、今日はみんなを幸せにしちゃうわよ」


「モチのロン!今までお世話になった人たちのためにもな!」


「うん。お母さんのためにも――」



僕はこの世界に来てすぐの時を思い出していた。

まさかこんな事になるとは想像すらしてなかった景色が、僕の目の前に広がっている。出会いと経験を繰り返した結果がこの状況を作っている。きっとこれは偶然ではなく必然。僕はそう思えて仕方がなかった。



『一生懸命生きてると何とかなるし、そのうちいいことがあるわよ!』



母が残してくれた言葉と目の前のを胸に抱きながら、美沙と肩を並べて一歩一歩、集合場所に歩みを進めた。



※※※※※※※※



京都文化ホール1階にある大きな調理実習室が今日の会場である。全部で7つあるキッチン台にはそれぞれに必要な器具が既に要望通り用意されていた。部屋の壁際には大型の業務用冷蔵庫が1台設置されており、冷蔵や冷凍が必要な場合は共用で使うことになっている。

書類審査を通過した5組の高校生ペアーにそれぞれ1台ずつのキッチン台が割り当てられており、皆黙々と競技開始に向けての準備に勤しんでいた。


僕は、先日見たテレビ番組に出てくるキッチンスタジアムのような豪華な会場を勝手に想像していたのだが、今日のこの雰囲気はどちらかといえば家庭科の調理実習に近い。

それでも、大会スタッフやメディア関係者、胸に白い薔薇をつけた審査員、そして出場者を応援する人たちの姿を見ると、やはり独特の緊張感に飲み込まれそうになってしまう。

一方、既に準備を終えて、呑気にヘンテコな創作鼻歌を一人で楽しんでいた美沙は、僕に言葉を向ける。



「作戦会議通り、スイーツはよろしくね」


「おう!ジイちゃん仕込みの抹茶羊羹でみんなをとろけさせちゃる」



そう返して美沙に目を向けると、先程の紙袋から何かを取り出して広げ始めた。



「ん?何?それ」


「見て見て、私の新作戦闘服よ。これ着ないと気分が盛り上がらないの!かわいいでしょー?」



それは美沙お手製の新作エプロンと、見たことがない芋虫みたいにモコモコした長くて白い靴下だった。

モコモコはさておき、エプロンはどこにでもある濃緑の普通のモノに思えたが、よく見ると正面中央あたりには何やら珈琲カップをかたどった丸っこい絵とまるで楽しく踊っているような一文字の漢字が描かれていた。



――旅



美沙はそのエプロンとモコモコを慣れた手つきで身につけた後、エプロンに書かれたの旅という文字を指差しながら(今日だけ特別に開店ねー)とやけに嬉しそうな表情を見せる。



「ん?旅?」


「うん。幸せな旅をさせてあげるの」


「どこへ旅するの?」


「それは飲む人次第ね!今日のために作った新作なんだからっ」



(旅…かぁ…… そう言えば、あの嵐山の喫茶店も「旅」って書いてあったよな。真面目にやってりゃ、こんな偶然もあるんもんなんだな)



『それでは時間になりましたので、開会式を始めます』



そのスタッフの声に僕の思考を巡っていた雑念は一旦リセットされる。今の今まで騒がしかった会場は水を打ったように静まり返った――

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