第14話 未来予想図。

「あら賢太朗、おかえりー」


「あ、ただいまです。無事戻られてたんですね」


「うん。ところで美沙は?どっかお出かけ?」


「今日は嵐山でバイトの日なので、たぶん帰宅は18時半頃になると思いますよ」



僕がバイトを終えて帰宅すると、福岡出張から一日遅れで帰宅した涼子さんが夕飯の準備をしていた。

そして挨拶もそこそこに、僕は日課であるお風呂掃除をサッと済ませ、キッチンのテーブルに腰を下ろした。

現在時刻は18時を少し回ったあたりである。

当然、ここ一週間の僕らの活動を詳しく知りたがっているであろうとおもんぱかり、美沙が帰ってくるまでの30分程度をその報告にあてることにした。


僕と美沙のアルバイト先のこと。

もう既にそこで働き始めていること。

美沙は宇治と嵐山の喫茶店の掛け持ち状態であり、今日が嵐山の初出勤日であること。

来月の8月21日に行われるスイーツコンテストに美沙と二人でエントリーすること。

明日の水曜日は朝から一日フリーであること。

あとは、昨夜の台風の影響であるとか、美沙の家庭教師の進捗状況など、それでも夕飯の支度の手を休めることがない彼女の背中に、わかりやすく丁寧に伝えていく。

ちなみに、昨夜の美沙とのについては、もちろん伏せておく事にした。



「なるほど。おおむねわかったわ」


「ところでさ、賢太朗......」


「はい、なんでしょう?」


の?」


「ーーーー!!?」



その不意打ちな一言に、今まさに喉を通過しようとしていた冷たい麦茶が逆流しそうになってしまう。柄にもなく、身も心もワチャワチャしてしまった。


もしここで本当のことをカミングアウトすると後々面倒なことになる予感が半端なかったのである。なので「!」と、嘘ではない範囲の表現で返しておいた。

尚且つ、これ以上この話題が続くことを防ぐべく、即座に話題を変える。



「それはそうと、一週間も福岡で何してたんですか?仕事だけ......ですか?」


「ん?それ、聞きたいの?」


「はい。一応...... 色々と」


「もしかしてー。私に興味が湧いちゃったのかなー?」と茶化ちゃかすような笑顔。



(絶対にそれはない!......はず )



と思いつつも、失礼に当たらないような見頃なスルーで切り抜ける。もしここでそのトラップに引っ掛かりでもすれば、きっとさらに深みにはまっていくことは間違いないだろう。悪巧わるだくみな笑顔を得意とする美沙母の性格からすると。


その後僕は、この際知っておきたかった涼子さん情報を会話の中から拾い集めていくことに専念した。


涼子さんの仕事は雑誌社の編集であること。

今回福岡へは九州のスイーツ特集の取材として行っていたこと。

明後日からお盆前まで、今度は東京出張に出かけること。さらに言えば、月の半分くらいは出張で留守にしていることなどなど。


雑談を交えながらも、お互いの一週間の出来事をメインに共有したところで、玄関の扉が勢いよくガチャリと開いた。



「ただいま無事、生還しましたーー」


「おかえり美沙、疲れたでしょ?」


「あ、帰ってたんだ。お帰りなさい」と軽く微笑む。



一週間ぶりの再会を微塵も感じさせない親子のやり取り。だからなのか、それとも何か違う理由があるのかは不明だが、僕はほんのわずかに感じた他人行儀さが気になった。


涼子さんに続き「おかえり、美沙」と微笑むと、いつもの人懐ひとなつっこい笑顔を返してくれた。

お母さんの手前、美沙特有の「飛びつく感」を控えたのだろうか。それでも、二人だけの特別な空気感が僕はたまららなく心地よかった。



「んー?おやおや?」

「そういうこと...なのかな?お二人さんは」



彼女の鋭い察しが僕の胸にグサリと突き刺さる。



(うっ、スルドイ......これが世に言う『女の直感』ってやつなのか......)



ワチャワチャする僕とは対照的に、美沙はその攻撃をもろともせず、というか完全に無視して嵐山初出勤の報告をしてくれた。


美沙の報告によれば、喫茶北風の常連さんに女性ファッション誌の会社の人がいるらしく、今日はその人にたいそう珈琲を褒められたそうだ。

そして美沙は、一枚の名刺をテーブルの上に差し出し話を続ける。



「この人にね、ぜひぜひ取材させて欲しいって誘われちゃったの!ふふっ。すごいでしょー」



嬉しそうに話す美沙とは裏腹に、この時僕は全くもってこの展開を疑っていた。

芸能界とかこの手の話は、騙されて如何いかがわしいビデオに出演させられるとか、しくは、その会社のお偉いさんに食われてしまうというのがオチの定石じょうせきのはずだ!と。もちろん僕の個人的偏見ではあるが。

とは言え、一応は名刺に目を落とす。



「小英館 月刊CamCam 編集長 三井智子...なぁ...」



僕の何気ない呟きに、涼子さんが即座に反応し、相当な勢いで身を乗り出してくる。



「賢太朗、ちょっと名刺見せて!」



僕は、全く興味がないヒトゴトくらいの感覚で素直にそれを手渡すと、先程よりも興奮度を増し気味な声が耳に届いた。



「やっぱりねー。どっかで聞いたことあるって思ったのよー。その名前。実はお母さん、この人と一度仕事したことがあるわよ。すんごいやり手の人で、手掛けた人をことごとく出世させる人よ」



美沙曰くではあるが、『京都嵐山にシアワセを運ぶ超カワイイ女子高校生バリスタ現る!』という感じで、先ずは紙面に取り上げたいと言われたそうだ。


僕が言うのもなんだが、確かに美沙は背が少し小さくて線が細く華奢きゃしゃな女の子だけど、顔はそこそこカワイイ方だと思う。「超」かどうかは別にして。しかもバリスタの知識はともかく、腕前については北野さんと井上さんという2人のプロからのお墨付き状態だ。

さらに、この物怖ものおじしない天才的なは、きっといいキャラクターとして武器になるだろう。

素人の僕でさえ、その女性編集長が考える企画はヒットしそうな予感がした。



「で、美沙は受けるの?その仕事」と僕が尋ねると、「うん。一回やってみようかなって思ってるの。北野さんにもお願いされたし」との回答だった。


(うーん、確かに北野さんの知り合いという時点で、怪しい仕事という線は消えるのだろうが......なんだかなぁ......)


(そんなにうまくいくもんなのかなぁ......)



「さ、準備できたし、机の上片付けてー」と涼子さんの声が一旦この話題を止める。

そして、「はーい」と美沙のご機嫌な声。



今日は昨晩と異なって穏やかな月夜である。

しばし、忙しく流れる世界のことを忘れ、久しぶりの一家団欒の夕飯を堪能した。

涼子さんが作ってくれた手ごねハンバーグは、美沙に負けず劣らず、抜群の味わいだった。



(まあ、美沙もなんだ嬉しそうだし、できるだけ応援してあげることにすっか......)



今日の美味しい手料理に心が落ち着いたのか、この時、僕の中から不安は消え去っていた。


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