第6話 不良主婦。
「そういえばアルバイト雑誌買ってたけど、仕事探してるの?」
「うん。せっかくの夏休みでしょー。将来のためにお金貯めないとって思って。そうだ、いっくんも一緒にバイトしない?」
「したいんだけど、身元保証人がいないから多分難しいんじゃないかな?」
「大丈夫よ。いざとなれば
2020年と比べるとまだまだ社会の仕組みが幼稚な気がする。個人情報保護法もまだない世の中だからこんなものかとやけに納得した。
僕は今までアルバイトをしたことがない。
もちろん校則で禁止されていたというのが建前だが、実際にやる必要がなかった。
「美沙ってバイトしたことあるの?」
「んー?ないよ。いっくんは?」
「一緒だね」
こうして少々何気ない会話のやり取りをする。
この近くの公立高校に通っていること。
もう引退したが高校2年生までは演劇部に所属していたこと。
学校の成績は真ん中くらいであること。
国語が得意で数学が苦手なこと。
小室ファミリーの歌が好きなこと。
好きな人は特にいないこと。
趣味は小説を書くこと。
人付き合いが苦手なこと。
いろんな美沙の顔を知ることができた。
最後の人付き合いが苦手というのは、本音が見える特異体質が影響してのことだと先程聞いていた。
美沙もまた、僕のことを興味津々な眼差しで聞いてくるので、問題ない範囲で答えておいた。
その特異体質のためか、同年代の男子と話をするのは怖いとも言っていたが、どうも僕にはそんな壁がないようだ。お互いの秘密を分かち合っていることも理由の一つなのかもしれない。
「ところでさ、いっくんはこっちの世界で何がしたいの?せっかく来たんだし、やらなきゃ損損!ね」
「旅行に来た人みたいだな」と微笑みを返し、続いて質問に答える。
「そうだな。事故で亡くなった母さんに一目会いたいかな。できればその事故を回避させてあげたいけど... 」
「ふーん。ほかは?」
「特にないかな。あ、美沙のことはもっと知りたいな。ここまで影響与えちゃったし、幸せになって欲しいしな 」と笑顔を向ける。
「...... 」
「どうした?」
少し考え込んでいた、いや、一瞬悩んでいるように見えたのは気のせいだろうか。この
「ううん!何でもないの。さあ、作戦会議作戦会議!」
「てか、もう作戦会議中なんですけどー」と笑顔で返す。
「そうだ。いっくん。未来について教えて欲しいんだけど... ダメ... かな?」
「未来?いいけど。僕が知ってる範囲なら」
それを聞いて安心したような顔で尋ねてきた。
「2011年ってどんな年?」
「2011年はね... 」と言って僕は言葉が止まる。もちろん、日本全体を
「教えてあげるのもいいけど、その前に聞いてもいいかな?」
「うん...」
「何で...... 2011年なの?」
「......... 」
僕は嫌な予感と共に、もっと彼女の続きを聞きたくなる。
「笑わない?」と上目遣いの美沙。
「うん。楽しいことなら笑っちゃうかも」
「信じてくれる?」
「ん?この展開、さっきの逆だな。いいよ。信じる」と微笑みで返す。
「あのね... 私が死んじゃう年なの...たぶん 」
一瞬言葉を失った。
信じる信じないなら、『信じたくない』という答えになる。と同時に僕はその理由を尋ねていた。
「どうしてわかるの?」
彼女はしばらく
「嫌だったら言わなくてもいいんだぞ 」とそっとしておく選択肢を
「夢... わかるの... 昔から 」
「それって、
「うん。たぶん... 」
「もしかして、今日僕と出会うことも?」
「
「ん?質問の答えは?」と僕。
「まだ... わからない...の。その人がいっくんかどうか... 」
わからないことだらけなのは僕も一緒だ。
「その人って?」
その質問には彼女は答えなかった。
もしかしたら言ってはいけない
そう言えば、旅印の喫茶店の女の子も『あなたが来ることは、わかってましたよ』と言ってた気がする。美沙と彼女。何か関係があるんだろうか...
そんな疑問は一旦頭の隅に追いやり、先ほどの『2011年ってどんな年?』という彼女の質問に対し答えた。
「2011年の出来事だけどねー、」
「FIFA女子ワールドカップドイツ大会で、サッカー日本女子代表が初優勝する年だよ!」といい話題をまずは笑顔で伝える。
「それと?」とおかわり。
「島田紳助が芸能界引退する!たしか 」
「へぇー。それから?」
「もっと?」
「うん 」
「3月11日に起きた大地震の津波でいっぱい人が死んで悲しいことになる」
「.......3月11日... それから?」
「うーん... 案外ニュースって忘れるもんだな。あまり思い出せないや 」と苦笑いを向けた。
案外何年の出来事とピンポイントで聞かれても、すっと出てこないもんだ。2011年はあまりにもショックなことが日本全体を襲った年だから印象深いが、島田紳助の引退が出てきたのは奇跡としかいいようがない。
もちろんこの世界にはまだインターネットというものが普及していない。あのウィンドウズさえ1995年発売なのだから。記憶の情報に頼る他なかった。
彼女はしばらく黙り込んでいたが、笑顔と共に言葉を発する。
「貴重な情報ありがとう!気をつけておくわ 」
「じゃあ、こうやって拾ってくれたお礼に、美沙が死んでしまわないよう僕が守ってあげるよ」
「守る?」
「うん。あっちの世界に帰れなくて、ずっとこっちの世界にいなきゃいけないかもしれないし、僕のこと理解してくれるのはたぶん美沙だけだし...」
何気なく普通にそう言ったつもりだったが、美沙は顔を赤くして俯いていた。僕は気がついた。もしかして、今ものすごく恥ずかしい告白めいた言葉を向けてしまったのではないかと。
「いや、いや、そうじゃなくて、美沙が嫌じゃなかったらって感じで... 」
口がパクパクする。鼓動も早い。
きっと激しく動揺したせいだろう。
そんな時、お母さんが急に部屋に入ってきた。
「いやぁ、いいねー。お二人さん!」
「起きて大丈夫なんですか?」と僕は心配する。
「寝てだいぶと良くなったわ。二人の会話が甘酸っぱくて、危なっかしくて起きちゃったじゃない!」と
「お母さん、イヤラシイ!」と美沙が軽蔑する。
「なによ!その言い草はー。聞かれたくない声の大きさじゃなかったわよー」
親子というよりも友達のような二人だなと思ってしまい、少し微笑む。
「いっくんなによ!その余裕な笑みは。私を
(えっ?僕がワルモノ?)
「まぁまぁ。美沙も落ち着いて」とお母さんがその場を取り仕切り、続けた。
「お母さん、明日から一週間仕事で福岡に行くの。朝早いから朝ごはんは要らないわ。帰って来るのは次の月曜日ね。だから、いっくん、美沙のことお願いねー。 任せたわよー。ふふっ 」
さらに続く。
「それと、バイトの申し込みするんだったら、ハンコそこの棚にあるから勝手についておいていいわよ。親の承諾書は自分で書きなさいねー。いっくんも。当面あなたは城之内君だからね。心なさい!」
(結構ガッツあるお母さんだ... 初対面の少し弱々しかった声に
とはいえ、言わずとも理解してくれるのはとても有り難かった。『1994年の義理の母』といったところだ。
再び寝室に引き上げるお母さんが一旦ドアの向こうに消えたと思いきや、再びドアを開けて顔だけ出し一言。
「あ、まだ子供作っちゃだめよー。まだおばあちゃんにはなりたくないの!必要ならコンビニで買ってらっしゃいねー」
「もうバカ!早く寝ろ!不良主婦め!」
投げた消しゴムがドアに跳ね返されて床に転がる。
視線を戻すと真っ赤な美沙がそこにいる。
それでも明るい空気感が広がる部屋。
僕は再び『友達のような親子だな』と、今度はとびきりの笑顔を向けた。
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