番外編01

 あのプロポーズから数年。

 俺と御子さんは結婚し、マンションに二人で暮らしていた。

 まだまだ新婚の俺達夫婦だが、俺には悩みがあった。

 それは……。


「御子さん」


「どうしたの? あなた」


「そろそろ、行ってきますのチューとお帰りなさいのチューはやめませんか」


「え……」


 リビングのソファーで二人でお茶を飲んでいる最中、俺は御子さんにそんな事を言う。

 いや、まだ一年目とかならわかるけど、そろそろ恥ずかしい……。

 驚く御子さんを他所に俺はそんな事を考える。


「な、なんでよ! 別に良いじゃない! それとも何! 浮気!?」


「なんでそうなるんですか! いい加減恥ずかしいんですよ! お互いもう大人なんすから! それに……」


 これから言うのが、俺の本当の理由だったりする。


「帰ってきて、お帰りなさいのチューしたら、そのままベッドに連れて行かれるのが一番困るんです! 俺だって疲れてるんです! せめてお約束のあの選択肢を下さい!!」


 御子さんの場合、俺が帰ってきたら、問答無用でキスをして寝室に俺を拉致する。

 噂に聞く「ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」の選択肢すら無い。


「な、なによ! 私の体には飽きたってこと!? やっぱり浮気ね!」


「だから違います! 体力がもたないんです! 学生の頃とは違うんですから……」


「何よ……人を変態みたいに」


 正直半分くらいは合ってると思う。


「百歩譲っても、おかえりのチューは廃止です! 体がしんどいんですから……」


「むー、なんか次郎君、結婚してから冷たくなった……」


「別にそんなつもりはないんですが……今だってこうして夫婦の時間を……」


「なら、早くベッドに行くわよ」


「アンタの思考回路はどうなってんだよ……」


 夫婦の時間を子作りの時間と思わないで欲しい……。


「たまには出かけますか? 二人で遊びにでも」


「嫌よ、それなら家でゲームしてた方が良いわ」


「最近デートもしてないじゃないですか」


「毎日おうちデートしてるから良いでしょ?」


 いや、もう夫婦なのだから、それはデートでは無いだろう……。

 などとツッコミを入れながら、俺はコーヒーを飲む。


「ねぇ……」


「なんですか?」


「………なんで赤ちゃん出来ないんだろ……」


「え?」


「結婚してから、結構してきたけど………全然出来ないから……」


「………」


 御子さんは結婚した時から、子供を欲しがっていた。

 もちろん俺も御子さんとの子供が欲しい、だがなかなか出来ない。

 もう結婚して数年。

 まだまだ焦る段階ではないが、御子さんは少し焦っていたようだ。

 そんな事も知らずに俺はあんな事を言ってしまった。

 少し無神経だったかもしれない……。


「御子さん」


「何?」


「………ベッド行きますか?」


「………うん、行く」


 これがきっかけで、俺と先輩の間に新しい命が誕生する事をこのときの俺はまだ知らない。 そして、その娘が御子さんによく似た美人になることも、このときの俺は知るよしも無かった。


「ねぇ……」


「なんですか?」


「………やっぱり……チューはしたい」


「………分かりましたよ」


 この人はやっぱりわがままだ。

 ちなみに、行ってきますとおかえりのチューは子供が生まれた後も継続していたりする。

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