第40話

「お、お邪魔しまーす……」


 俺は御子さんの実家のリビングの中に入っていく。

 リビングの大きさだけで、俺のアパートの部屋よりも大きい。

 それだけでは無い、もうなんか色々大きい。

 テレビもデカイし、ソファーもデカイ。

 リビングを見ただけで、御子さんの家の裕福さがわかってきた。


「あら、いらっしゃい。時間通りね」


「あ、ご無沙汰してます」


 キッチンから御子さんのお母さんが出て来る。

 以前会った時のレディーススーツと違い、今回は私服だった。

 こうして見ると、御子さんの面影をどことなく感じる。

 やっぱり、親子揃って美人だ。


「馬鹿娘もおかえり」


「馬鹿は余計でしょ、疲れたから部屋で休むわね。次郎君、行きましょ」


「待ちなさい、岬君と少し話しがしたいのだが、良いかな?」


 そう言ったのは、御子さんのお父さんだった。

 相変わらず眉間にシワを寄せており、なんだかずっと怒っているような感じだ。


「お、俺は全然大丈夫です」


「そうか、ならソファーに座ってくれ」


「は、はい」


「じゃあ、私は部屋に居るわ。次郎君、終わったら来てね、私の部屋は二階に上がって右に曲がったとこだから」


「わかりました」


 御子さんはそう言って、自分の部屋に向かった。

 残された俺は、相変わらず背筋をピーンと伸ばして、ソファーに座る。


「そう堅くならないでくれ、私はただ……君とコレを飲みながら話しをしたいと思っていただけだ」


「さ、酒ですか?」


「あぁ。君は御子の一個下だったろ? もしかして酒が苦手か?」


「あ、いえ! いただきます!」


 俺は差し出されたコップを受け取り、ビールを注いでもらう。

 まさかいきなりお酒を飲まされるとは思わなかった。

 俺はコップを置き、俺はお父さんにビールを注ぎ返す。


「まぁ、乾杯しようじゃないか。君も今日は仕事の後で電車に乗って、疲れたろう」


「はい、実は少し…」


「遠いところをわざわざすまないね、おかげでうちの娘も久しぶりに家に帰って来たよ」


「それはよかったです」


 ビールを飲みながら、御子さんのお父さんと話しをしていると、その隣に御子さんのお母さんがやってきた。

 どうやらこの人も飲むようだ。


「で、ここからが本題なんだが……君はうちの娘と……その……あれだ……」


「えっと……なんでしょうか?」


「ヤったかヤってないかを聞きたいのよね?」


 言いにくそうにしているお父さんに代わり、御子さんのお母さんがビールを飲み干して、代わりに俺に尋ねる。

 いや、薄々そんな事を聞かれる予感はしたけど、そこまでストレートに聞かなくても……。

「お前……岬君が困るだろ、その聞き方は」


「だって、そう言うことを聞きたかったんでしょ?」


「俺はどこまで行ったのかを聞きたかっただけだ、そんな下品な話しではない」


「変わらないわよ。で、ヤったの?」


「あの……その話は勘弁して下さい……彼女の両親と話す内容では無いかと……」


 お酒を飲んでいるはずなのに、何故か全く酔えない。

 お父さんは未だに眉間にシワを寄せているし、お母さんの方も鋭い視線を俺に向けてくる。 あぁ……気まずい……。


「まぁ、確かに娘の彼氏とする話しでは無いな……すまない、話しを変えよう」


「お願いします」


「そうだなぁ……君は娘の何所が好きなんだ?」


「え!? そ、そう言う話しですか?」


「あぁ。おしえてくれ」


 そんな怖い顔で、そんな事を聞かないでくれよ!

 なんて言ったら良いか、さっぱりわからないじゃないかぁぁぁ!

 なんで、彼女の両親に、彼女の好きなところを言わなくちゃいけないんだ!

 どんな拷問だよ!


「えっと……」


「正直に言ってくれ、君の正直な気持ちが知りたいんだ」


「えぇ……」


 怖いよぉぉぉぉ!!

 メッチャ眉間にしわ寄ってるもん!

 手を組んで顎のせてる辺りが、どこぞの司令官っぽいよぉぉ!!

 怖いよ!

 なんか法廷で証言を求められてる気分だよ!

 法廷に行った事無いけど……。

 俺は嘘をついても仕方が無いと思い、正直に話していく。


「えっと……正直言うと……最初は苦手だったんです……御子さんの事」


「ほう……」


「でも……なんて言うか……一緒に居るうちに、御子さんの人柄や性格を知って……なんか、その……知らぬ間に好きになってて……」


 御子さんのお父さんとお母さんは、俺の話を真面目に聞いていた。

 話しているうちに俺は思った。

 彼女の家で俺は何をしているのだろう?


「……そうか……大学に進学してからというもの……うちの娘はろくに連絡もよこさない………だから、彼氏が出来たと聞いたとき、どんあ人間なのか、一度会って話しをしてみたいと思ったんだ」


「そ、そうだったんですか……」


「まぁ。うちの家内の言う通りだったよ、うちの娘にはもったいないくらい、しっかりしている」


「い、いや、そんな事無いですよ……御子さんの方が……」


 しっかりしていると言いかけて俺は考える。

 同棲する前は、家は散らかり放題、ご飯はコンビニ弁当ばかり、しかも裏表の激しい性格………。

 うん、しっかりはしてない……。


「えっと……」


「言いたい事はわかるよ、娘の事だ、父である私が良く知っているよ」


「ま、まぁ……そうですよね」


「だから馬鹿娘なのよ」


 溜息を吐く御子さんの両親。

 それもそうだ、家族なら御子さんのあの性格を知っているはずだ。


「まぁ、こう言う話しはもうやめよう。折角来てくれたんだ、くつろいで行ってくれ」


「は、はい……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 御子さんのお父さんはそう言うが、何故かまだ怒っているかのように眉間にシワを寄せている。 やっぱり俺が気に入らないのだろうか?

 そう思っていると、御子さんのお母さんが俺に言う。


「ちなみに、うちの人はこの顔で上機嫌なのよ」


「え!?」


「まぁ、誤解されても仕方ないわね。いっつもあんまり表情変えないから」


 意外な真実に、俺は思わず声を上げて驚く。


「今日はわかりやすいだろう?」


 そう言う御子さんのお父さん。

 いやいや、全然分かり難いですって……。

 だって眉間にシワを寄せて、睨んでるんだもん……。

 

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