第7話

 今日は土曜日、俺は朝からバイトに励み、パートのおばさま方と仕事に励んでいた。

 俺を訪ねて、もの凄い美人がやってきたと店中では噂になっていた。

 噂好きのパートのおばちゃん達はもちろん、俺にその話題を尋ねてくる。


「次郎君次郎君!」


「え、なんですか?」


「この前お店に彼女来たんでしょ?」


「あぁ……えっと、まぁ……はい」


「すっごい美人だったって皆言ってたわよ~やるわね~」


「あははは……そうですかね?」


 ニコニコ楽しそうに俺に言ってくるパートのおばちゃん。

 あんまり話しを広めないで欲しいのだが、遅かった様子だ。

 その後も、入れ替わりでシフトに入ってくる人全員に、先輩の事を言われ、俺は毎回愛想笑いを浮かべる。

 忙しくなるお昼時、ついに愛実ちゃんがやってきた。


「おはようございます」


「あ、あぁ……おはよう」


 彼女はバイトに入るなり、何故か俺をジーッと見てくる。

 何も言わずに見つめられ続けるので、なんだか気まずい。


「えっと……どうかしたの?」


 思わず俺は彼女に尋ねる。

 すると愛実ちゃんは、若干目を細めて口を開く。


「彼女さんだったんですね、この前来た人」


 噂はもちろん愛実ちゃんの耳にも届いている様子だった。

 なんだか機嫌が悪そうだ、一体どうしたんだろう?

 付き合っている事を隠していたからだろうか?

 しかし、なんでそんな事で愛実ちゃんが怒るんだ?

 そんな事を考えていると、愛実ちゃんは口を開いた。


「先輩、騙されてたりしません?」


「へ? 急にどうしたの?」


「あの女にですよ!!」


 騙されたりはしていないと思うが、先輩からは良いおもちゃぐらいに思われているのかもしれないと思うことが多々ある。

 まぁでも、俺以外の人の前では猫を被っている訳だし、俺以外の人が騙されているという見方も出来るのかもしれない。


「えっと……なんでそう思うの?」


「なんか、猫被ってる感じがして……女の勘ですけど」


 女の勘すげーな……。


「い、いや……でもあの人はそう言う人じゃない……よ?」


「じゃあ、なんで後半疑問系なんですか……」


 そんな事を話している間に、店は混み出してしまった。


「ほら、仕事仕事!」


「う……また後で聞きますからね!」


 そう言って愛実ちゃんはレジに向かって行った。

 あれ? なんで俺、愛実ちゃんに怒られてるんだろ?

 俺はそんな事を考えながら、いつものようにハンバーガーを作る。

 





「あぁ……疲れた~」


 バイトが終わり、今は夕方の16時。

 俺はスタッフルームのパイプ椅子に座って、机に突っ伏していた。

 早く帰りたいのだが、愛実ちゃんに呼び止められてしまい、俺は帰れず、着替えを済ませて待っていた。


「はぁ……なんで愛実ちゃんが色々言ってくるんだ?」


 まぁ、確かに先輩と付き合う前は何回も先輩の事で相談したりはしたが、何がそこまで気にくわないのだろう?

 そんな事を考えていると、スタッフルームのドアが静かに開いた。


「すいません、待たせてしまって」


「あ……いや、大丈夫だよ。早く着替えてきなよ」


「はい、もう少し待っててください」


 入って来たのは愛実ちゃんだった。

 愛実ちゃんもお疲れのようで、表情が疲れていた。

 愛実ちゃんはスタッフルームの奥にある、更衣室に入って行った。

 もう少し待つ事になり、俺はスマホを取り出して、通知が来ていないかを確認する。


「先輩からのメッセージばっかりかよ……」


 スマホを開いた途端、先輩からの山のようなメッセージの通知が、俺のスマホの画面を隠す。

 メッセージの内容はほとんど「いつ帰ってくる?」「帰りにアイス買ってきて」みたいな物ばかりだった。


「はぁ……仕方ない……なにが、良いですか? っと……」


 俺は先輩にアイスの種類を確認するメッセージを送る。

 返事は数秒で返ってきた。


「いつも早いなぁ……」


 俺はその返事に「了解」と返信を打つ。

 すると、それと同時に愛実ちゃんが更衣室から出てきた。


「すいません、お待たせしました」


「あぁ、大丈夫大丈夫、それで……えっと……なんで怒ってるの?」


「怒ってません!」


「怒ってるじゃん……」


 あまり怒るような子では無いと思っていたのだが、今日の愛実ちゃんは凄く恐い。

 俺、何か愛実ちゃんにしたっけ? 

 先輩の事で何か愛実ちゃんが怒るようなことは……あ、先輩の態度か?!

 いや、でも愛実ちゃんはそんな事で怒るような子じゃ……。


「先輩……」


「はい!」


 考え事をしていると、愛実ちゃんは正面に座って俺に話しかけてくる。


「……彼女って……いつからですか?」


「えっと……一週間前かな?」


「………そうですか……」


 あれ? 怒ったと思ったら、今度はなんでこんなに落ち込んでいるのだろう?


「えっと……愛実ちゃんどうしたの? 変だよ?」


「……先輩」


「何かな?」


「私の事どう思ってます?」


 いきなりどうしたんだろうこの子は、もしかして学校で何かあったのだろうか?

 俺はとりあえず、今愛実ちゃんに対してどう思っているかを素直に言う。


「えっと、可愛いし仕事も出来るし、俺は凄く良い子だと思ってるよ」


「そうじゃなくて!」


 突然の愛実ちゃんの大声に、俺は思わず目を見開く。

 何かまずい事を言っただろうか?

 本当に何かあったのだろうか?

 俺はどんどん、目の前の様子がおかしい後輩の事が心配になっていった。


「そうじゃないって……どういう?」


「……すいません、突然大きな声を出して……」


「あ、いや全然! それより、本当にどうしたの? 俺で良かったら相談に乗るよ?」


「………じゃあ、聞いてもらえますか?」


「うん、俺も前は悩みを聞いてもらってたし、どんどん話してよ」


「そうですか……なら……」


 そう言って彼女は顔を上げ、ゆっくりと話し始めた。


「私……失恋したんです」


「え! そ、それは……なんて言うか……」


「良いんです、ぐずぐずして行動を起こさなかった私が悪いんですから……」


 そうか、だから愛実ちゃんは、俺に彼女が出来た噂を良く思っていなかったのか。

 確かに、自分が不幸な時にそんな惚気話は聞きたくないよな……。


「そっか……でも、相手の人ももったいないね、愛実ちゃんみたいな良い子を…」


「……そう思いますか?」


「うん、だって愛実ちゃん可愛いし」


 愛実ちゃんはきっと、自分に自信が無いハズだ。

 ここはなるべく愛実ちゃんの良いところを言ってあげるのが一番だ。

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