第6話
「じゃあ、お休み……」
「待て待て」
「?」
「いや、何か問題でも? 見たいな顔しないで下さい」
俺は普通に寝ようと、ベッドの壁側に詰めて寝転がった。
続いて先輩が布団に入って来たのだが、その格好に問題があった。
「なんで今日に限って、そんなスケスケのネグリジェなんすか……いつもと全然違うし」
先輩のいつもの寝るときの格好は、基本的にはルームウェアのはずなのだが、今日の服装は黒のいろんな部分がスケスケなネグリジェ姿だった。
「気のせいだって。さ、早く寝ないと、明日も早いんでしょ?」
「ま、まぁ……そうですけど……」
壁の方を向いていれば、とりあえず視界には入らないし、電気も消すから気にはならないだろう。
俺は壁の方を向き目を瞑る。
「電気消すよ?」
「あ、お願いします」
電気が消え、部屋の中が真っ暗になる。
俺は久しぶりのベッドの感触に感激しながら少しづつ夢の中に落ちていこうとしていた。 しかし、そんな安らぎの瞬間は一瞬にして終わりを告げた。
先輩が俺の背中に抱きついて来たのだ。
「……先輩」
「なに~? もう寝るんじゃないの?」
「もう少し離れてもらえませんか?」
確かに抱きつく事は許可したが、ここまで強く後ろから抱きつかれられると、流石に苦しい。
「ぎゅうは良いって言ったじゃん」
「いや、良いですけど、限度があります。それに若干苦しい……」
「興奮する?」
「しません」
「えい」
「いだだだ!! お腹をつねらないで下さい! 眠れません!!」
「こっち向いてよ~」
「絶対嫌です。俺は眠いんです!」
「ねぇ……」
先輩は耳元に吐息を吐きながら、色っぽい声で話し掛けてくる。
背筋がゾクゾクするのを感じながら、先輩の話を無視して眠ろうとする。
「もう、寝ちゃうの?」
「………」
「今なら、次郎君に何でもやり放題だねぇ~」
「………」
惑わされるな俺!
そのうちこの人は飽きて眠る、それまでの辛抱だ!
先輩は俺の背中にぎゅっと抱きつきながら、耳元でささやき続ける。
「ねぇ……本当は起きてるよね?」
「………」
「答えないと、キスしちゃうよ~?」
「………」
俺は眠い、俺は眠い、俺は眠い、俺は眠い!!
そう自分に言い聞かせながら、俺は先輩のささやきを無視し続ける。
そんな事をしていると、先輩の手が俺の太ももをなで始める。
「寝てるなら……良いよね」
「………」
先輩はそう言いながら、俺の太ももを手で撫でる。
そして先輩は、どんどんその手を俺の大事な部分に近づけて行く。
そこで俺は流石に我慢の限界が来た。
「あぁ! やめて下さいって言ってでしょ!」
「やっぱり起きてた! 次郎君が無視するのがいけないんだよ!」
俺は布団をはね除け、先輩のほうに振り向く。
もうこの人に邪魔されずに眠るには、この方法しかない。
俺は先輩を正面から抱きしめ、身動きを取れないようにする。
これで、もう俺にちょっかい出そうとしても身動きが取れないはず!
……あれ? なんか……ちがくね。
俺は今の状況を冷静に整理する。
正面から先輩を抱きしめる俺、先輩は俺の胸の中で大人しくしている。
正面から抱きついたせいで、先輩の大きな胸が俺の腹に思いっきり当たっている。
うん………色々間違えた……。
「じ、次郎君……きょ、今日は積極的だね……まぁ、私は平気だけど……」
「あ、いや…違います、これは先輩の動きを封じる為であって、決して邪な考えがある訳では……」
「まぁ、私は良く眠れそうだからこのままでも良いけど」
「いえ、離れます、すいません」
このままでは俺の方が先輩に何かやりかねない、俺はすぐに先輩から離れ、再び壁の方を向いて目を瞑る。
イライラして少しやり過ぎてしまった……てか俺はアホか!
その後、俺は先輩と同じようなやりとりを繰り返し、先輩が疲れて眠った頃、俺もようやく寝ることが出来た。
きっと小さな子供の居るお母さんは、毎晩こんな気持ちで眠るのだろう。
そして翌朝、俺はバイトがあるので、朝の六時に目を覚ました。
眠たい目をこすりながら、俺はふと隣で気持ちよさそうに寝息を立てる先輩を見る。
「はぁ……黙ってればなぁ……」
黙ってさえいれば、可愛いのだがと思いながら、俺は布団から起きて朝食を作り始める。
三年生の先輩は、既に二年生の内に単位を取り、学校には週に三回くらいしか行って居ない。
その代わりに、インターンシップなどの就職活動をしている。
わがままで、自意識過剰な先輩だが、将来の事をちゃんと考えているらしく、企業研究もしている様子だ。
「なんでこの人は、俺と居る時だけわがままなんだか……」
目玉焼きを焼きながら、俺はベッドで眠る先輩を見る。
まぁ、でも見習うべきところは見習はなければとも思う。
先輩は、授業もちゃんと出るし、テストもしっかり対策をして受けるので、成績は良い。
それに比べて俺は……。
「はぁ……やめよう悲しくなってくる……」
俺は考えるのをやめ、一人で朝飯を食べる。
バイトは八時からなので、七時半には家を出なくてはならない。
先輩には置き手紙をしていこう。
そう言えば、今日は久しぶりに愛実ちゃんと一緒のシフトだった。
先輩の事をなんて説明しよう……。
別に彼女と言えば済む話しなのだが、困った先輩と愛実ちゃんには説明しているので、なんで付き合う事になったのか、恐らく聴かれるだろうし、それを説明するのもまた面倒だった。
「とりあえず、あんまり触れないで欲しいって言っておこ……」
俺は食事を終えて、身支度を整え家を出ようとする。
すると、先輩が眠そうな目をして起きてきた。
「ん……おはよ……」
「あぁ、お……おはよう……ございます」
昨日は暗くて気がつかなかったが、結構際どいネグリジェだな……。
俺が目のやり場に困っていると、先輩は目をこすりながら尋ねてくる。
「ばいと?」
「はい、飯は冷蔵庫にある物を適当に食べて下さい。じゃあ、俺行かなきゃなんで」
「まって」
「え、どうかし……」
そう言って先輩の方を振り返った瞬間、先輩は俺の唇に自分の唇を重ねてきた。
一瞬の出来事だったが、俺は驚きで固まってしまった。
「行ってらっしゃい」
「い、いってきます……」
先輩は俺の唇を奪い、柔らかな笑みを浮かべるとそう言い、俺はそれに答えて家を出た。
こういうところが先輩は本当に卑怯だと思う。
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