第46話

「あ、着替えちゃったんすね」


「残念?」


「まぁ、正直に言えば……」


「また着てあげるわよ」


 笑みを浮かべながら言う御子さん。

 俺からのウケが良かったからか、それとも自分自身が気に入ったからか、着物を気に入った様子の御子さん。


「じゃあ、出かけようか。さて、どの車で行こうか……」


「どれも一緒よ」


 車のキーを眺めがら、車種を選ぶお父さんに、呆れた様子で御子さんが言う。

 車が好きな人は、こうやって選ぶのも楽しいと思うのだが、女性にはそれがあまり理解されないらしい。


「元旦に出かけるなんて、久しぶりね。いつもは家でゴロゴロしているのに」


「お客様が来ているんだ、そう言う訳にも行くまい」


 なんだか、気を遣わせてしまっていて申し訳ない。

 車に乗り、その日は色々な観光名所に連れて行ってもらった。

 なんだか、こう言う観光地巡りみたいな事は久しぶりで、色々見れて楽しかった。

 御子さんもなんだかんだで、久しぶりに家族と会えて嬉しいのか、いつもよりも表情が豊かな気がする。

 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、翌日の朝。

 俺と御子さんが帰る日が来た。


「もう少しゆっくりして行っても良いんだぞ?」


 帰りの間際、御子さんのお父さんが俺に言う。


「すみません、自分の実家にも顔を出そうと思ってまして」


「そうか……いや、すまない。またいつでも来なさい」


「はい」


 このお父さんとも、かなり仲良くなれたと思う。

 昨日の夜も二人で酒を飲み、御子さんの昔話しを沢山聞いた。

 嬉しそうに「御子は……」と何度も話すお父さんを見ていると、どれほど御子さんが大切なのかが伝わってきた。


「忘れ物無い?」


「大丈夫よ、もうお母さんは心配しすぎ」


 大きな荷物を車に乗せながら、御子さんはお母さんにそう答える。


「じゃあ、行きましょうか」


「そうだな」


 車を走らせて約十分ほどで駅に到着する。

 その間の車内では「次はいつ帰って来るのか?」などの事を聞かれた。

 その問いに御子さんは……。


「就活も有るし、春休みにもう一回帰って来るわ、就職の事も相談したいし」


「あら珍しい、貴方がそんな事言うなんて」


「流石にそれくらいは相談するわよ。もちろん次郎君もそのときは一緒よ?」


「はいはい、また日程調整しないとですね」


「また近いうちに会えそうだね、楽しみにしているよ」


「はい、俺もです」


 相変わらず眉間にシワを寄せる御子さんのお父さん。

 この顔にも慣れてしまった。

 最初は怖かったが、人は見かけによらないとはまさにこの事だろう。

 駅に到着し、いよいよお別れが迫る。


「御子、あんまり岬君に迷惑かけるんじゃないわよ」


「元々かけて無いわよ」


 いや、それは嘘。


「また、春を楽しみにしているよ」


「はい、それじゃあ」


 俺と御子さんは、二人にそう告げて二人の元を後にし、駅のホームに向かう。


「良いご両親でしたね」


「そう?」


「そうですよ」


 御子さんの両親の話しをしながら、俺と御子さんは駅のホームで電車を待った。

 年明けとあってか、ホームには結構な人が電車を待っていた。


「なんだかんだ、帰って良かったんじゃないですか?」


「全然」


「そうですか……」


「まぁでも、次郎君は気にいって貰えたみたいで安心したわ」


「それは俺もです」


 駅のホーム、俺は御子さんと話しをしながら周りを見る。

 その中にこれからどこかに遊びに行くのであろう、家族連れの姿があった。

 それを見た瞬間、俺はふと御子さんに尋ねる。


「御子さん……」


「何?」


「俺と結婚して下さいって言ったら……してくれますか?」


「え?!」


「……? あ! いや! これは……その!」


 口に出して数秒して気がつく。

 こんなムードもへったくれも無い場所で、俺は御子さんにプロポーズみたいな事をしてしまった。

 いや、マジで俺は何を聞いてんだ……。


「すいません! 忘れて下さい!!」


 俺は自分の顔をが熱くなるのを感じながら、御子さんにそう言う。

 

「む、無理……」


「え!?」


 なんでそんな回答を御子さんがしたのか、俺はこのときはさっぱりわからなかった。

 しかし、その数秒後、俺はこの言葉の意味を理解する。


「……そ、そういのは……もっとちゃんとしたところで言って欲しい……じゃないと……うんって言わない……」


 そう答える御子さんは、顔を熟したリンゴのように真っ赤に染め、恥ずかしいのか俺とは視線を合わせようとせず、チラチラこちらを見ながら答えた。


「……は、はい…」


 俺はこの御子さんの言葉の意味を知り、俺も顔を更に熱くした。

 そして決めた。

 次は最高の形で、この言葉を伝えようと……。





 俺にはわがままで、自分大好きな彼女が居る。

 その彼女と出会ったのは、大学生の時だった。

 最初は全く恋愛感情なんて無かった。

 なのに、どうしてだろう。

 出会ってから六年経った今も、俺は彼女の隣に居る。

 大学を卒業して二年、俺は役所の公務員になっていた。

 安定した生活と、安定した収入。

 皆からは「お前は普通だな」と言われる事が多い。

 でも、俺は普通で良いのだ、なぜなら俺の彼女が特別なのだから。


「おまたせしました」


「もう、遅い! 私を何分待たせる気よ!」


「まだ約束の時間の十五分前何ですけど……」


 仕事が終わり、俺は彼女である間宮御子さんと駅前で合流した。

 今日は金曜日、互いに明日はお休み。

 こうやって仕事終わりに待ち合わせをして食事に行くことは珍しくない。


「で、今日のお店はどこ? 私お腹減った」


「はいはい、今日はここです」


「え……」


 俺が示したのは、ビルの中にある少しお高めのレストラン。

 いつもは居酒屋や近くの飲食店なのだが、今日は少し違う。

 夜景の見えるレストランの窓際の席を予約したのだ。

 御子さんは、レストランには慣れているので、そこまでレストラン自体には驚かない。

 驚いたのは、俺がここに連れてきたという事実だ。


「ねぇ……その、大丈夫? 無理とかしてない?」


「別に無理なんてしてないですよ。ほら食べましょう」


「う、うん……あ、美味しい」


 流石はネットでおすすめされるだけのことはある。

 料理は絶品だ。

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