第47話

「今日はどうしたの? いつもはムードも何も無い居酒屋なのに」


「まぁ、偶には良いじゃ無いですか」


 俺は御子さんに笑顔でそう答えながら、食事を口に運ぶ。

 俺がなんで、今日ここに御子さんを連れてきたのか、それには重大な意味があった。


「すいません、少しお手洗いに……」


「うん、行ってらっしゃい」


 俺は御子さんにそう言って席を立ち、トイレ……では無く、店の裏のスタッフさんの元に向かう。


「すみません、そろそろお願いします」


 俺が御子さんをこの店に連れてきた意味、それは今日この店で御子さんにプロポーズをするからだ。

 一ヶ月ほど前から、予約を取りサプライズを店側にお願いし、今日ようやくそれが実現する。


「花束はどのタイミングでお渡ししますか?」


「えっと、答えを聞いた後でお願いします」


「ケーキも同じタイミングでよろしいですか?」


「はい、お願いします」


 着々と準備が進んでいく中、俺は今更ながらに緊張していた。

 断られたらどうしよう、そんな事も考えてしまったが、俺は大学二年の頃の正月に御子さんに言われた事を思い出し、自信を持つ。

 あの時はムードも何も無かったが、今回は違う。

 夜景、レストラン、サプライズ!

 女性が夢見るような素敵なシチュエーションを揃えた。

 あの日、御子さんに「もっとちゃんとしたところで言って欲しい」そう言われてから、俺は考えた。

 そして今日、俺は御子さんにプロポーズする。

 正直、指輪もレストランのお金も決して安くは無かった。

 しかし、お金が惜しいとも感じなかった。

 御子さんの為なら、躊躇無く貯金を崩せた。


「それでは、そろそろ照明を落とします。他のお客様には事前にお伝えしていますので、ご安心下さい」


「ありがとうございます」


「それと……頑張って下さい!」


「はい!」


 店のスタッフさんに応援され、俺は指輪の入った箱を持ってスタンバイする。

 正直こう言う事をするのは、あまり俺のキャラでは無い。

 緊張しながら、俺は照明が消えるのを待った。

 御子さんは、夜景を見ながらワインを飲んでいた。

 そして、御子さんがワインのグラスを机に置いた瞬間、照明が消えた。


「え? 停電?? でも、外は電気ついてるし……」


 流れはこうだ。

 辺りが暗くなっている間に、俺が御子さんの元に近づく。

 電気がついたところで御子さんにプロポーズをし、成功だったらスタッフの皆さんとお客さんにクラッカーを鳴らして貰う。

 そして、用意した花束とケーキを持ってきて貰う。

 そう言う流れなのだが、やはりどうしても断られた時を考えてしまう。

 いや、大丈夫!

 そう自分に言い聞かせ、俺は御子さんの側に行く。

 照明が付き、御子さんと目が合う。


「え? ど、どうしたの?」


 店の様子の変化に、御子さんは困惑していた。

 俺はそんな御子さんにすかさず、言葉をかける。


「御子さん、昔駅のホームで俺に言った事、覚えてますか?」


「え? えっと……何年前?」


「もう、五年ですかね……御子さんの実家に初めて行った時です」


「あ、う…うん……覚えてるよ……」


 俺の言葉で、何となく察しがついたのか、御子さんは顔を赤くして俺とあまり視線を合わせようとしない。


「あの時、御子さんがもっとちゃんとしたところで言って欲しいっていうので、このレストランで言う事にして、今日ここに呼んだんです」


「そ、そう……」


 俺は御子さんの顔を真っ直ぐ見て、真剣に話す。

 話している途中、色々な事が走馬燈のように頭に流れてきた。

 御子さんと出会って、御子さんに振り回されて、そのおかげで付き合って……。

 本当に色々な事があった。


「御子さん……俺は貴方が……」


 そう言い始めた瞬間、御子さんは泣き出してしまった。

 顔を真っ赤にし、涙で濡れた顔を隠しながら御子さんはそれでも俺の話を聞こうと、首を立てに振って相づちを打つ。


「世界で一番大好きです、結婚して下さい」


 俺はそう言って、指輪を差し出す。

 言った。

 言い切った。

 後は御子さんの返事を待つだけなのだが、泣いているのかなかなか返事が帰ってこない。

 

「……わ、わたし……すっごいわがままだよ?」


「知ってます」


「家事とか……未だに……あんまり出来ないよ?」


「知ってます」


「独占欲も……最近強いし……」


「知ってます」


「………私も……次郎君が……好きだよ」


「……知ってます」


 俺はそう言って御子さんを抱きしめる。

 その瞬間、店の中に大きなクラッカーの音が鳴り響く。

 その後に続いた拍手の嵐の中、俺は御子さんの指に指輪を付け、持ってきて貰った花束を手渡す。


「岬御子、なんてロゴが悪いですかね?」


「そんな事気にしないわよ……ありがと、次郎」


 御子さんの俺を呼ぶ呼び方が変わった。

 それはきっと、関係の変化を受け入れると言う御子さんの現れなのだろう。


「約束します、貴方を……御子を幸せにします」


 この日の出来事を俺は忘れる事は無い。

 あの日、御子さんに出会い、交際を始めて、そして今日プロポーズをした。

 わがままで自分大好きなお嬢様。

 そんな言葉が似合う俺の彼女は、今日も綺麗で美人だ。





 五年後__。


「パパー」


「ん? どうした、御幸(みゆき)?」


「パパは、ママとあたしのどっちが好き?」


「どっちも好きだよ」


「ちゃんとえらんで! どっちなの!」


「御幸……お前ママに似てきたなぁ……」


 肩をがっくりと落としながら、俺は愛娘の御幸にそう呟く。

 ママに似てこの子は美人になりそうだ、なんて思っていた俺だが、性格もママに似てしまったようだ。


「何言ってるの御幸、パパはママが一番好きなのよ」


「う~! そんなことないもん!」


「御子……頼むから娘と本気で争うな……」


「甘いわね、恋に娘も親も関係ないのよ!」


「そこは子供に譲ってくれよ……」


「パパ抱っこ~!」


 娘にせがまれ、俺は御幸を膝の上に乗せる。

 この子が生まれてもう四年。

 俺も御子も大切に育ててきた。

 やはり親に影響されるのか、すこしわがままなところがある。


「じゃあママはここね」


「はいはい」


 そう言って御子は、俺の肩に頭を乗せて来る。

 家族でこうしている時間が、何よりも幸せであると、俺は最近実感する事が多い。


「で、そろそろ結婚記念日だけど、今年は何してくれるの?」


「ちゃんと考えてますよ。御子はわがままだから、毎年考えるのが大変だよ」


「ウフフ、毎年ありがと」


 俺は笑顔でそう言う御子に尋ねる。


「御子」


「なに?」


「幸せ?」


「うん。幸せよ」



END

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