第18話

 いつもなら、お風呂上がりだろうとなんだろうと、先輩にドキドキする事なんて無いのに、今日の俺は、先輩が風呂に入っていると言うだけでドキドキしてしまう。

 いやいや、別に今まで先輩と寝たり、下着見たりしてきたし……今更別に……。

 なぜだろう、こういう時ばかり、先輩の綺麗な姿しか想像出来なくなる。


「こういうときって……俺どんな顔で待ってれば良いんだ……」


 とりあえず俺は正座で待ってみる。

 ダメだ、余計に緊張してしまう!!


「あぁ!! もうなんなんだ……」


 正座をしているのもなんだか落ち着かず、俺は部屋の中を歩き始める。

 落ち着かない……何をしていても落ち着かない。

 そうだ、ティッシュはあっただろうか?

 あぁ、そうだ、この前買ってきてあったんだ……他に何か必要な物とかあるっけか……。

 そんな事を俺が考えていると、先輩が風呂から上がって来た。


「何してるの?」


「え……あ、いや何も……」


 いつもなら、先輩は風呂上がりは下着かネグリジェ姿で出て来るのだが、今日は珍しくルームウエアを着ていた。

 お風呂でのぼせたのか、それとも照れているのか、先輩は頬を赤くし俺の方を見ていた。


「つ、次……入ってきたら……」


「あ、はい……」


 俺は先輩に言われるがまま、風呂に入る。

 落ち着かない、いつもは風呂は俺の落ち着ける場所の一つなのだが、今日ばかりは落ち着かない。

 浴槽に浸かり、俺はふと先輩が家から持ってきたシャンプーと、俺が前からここに置いていたシャンプーを見る。

 女物と男物でパッケージがちがく、家に自分以外の人間が住んでいる事を感じる。


「いかんいかん! また先輩の事を……」


 この気持ちはなんなのだろう?

 不安のような、興奮のような、どちらとも似ていてどちらとも違うような気持ちに、俺は頭を悩ませる。


「上手く出来なかったらどうしよう……」


 童貞には辛い時間である。





 私は彼がお風呂に入っている間、私はドキドキしながら、ベッドの布団に入って彼を待っていた。

 ヤバイ……凄く緊張してきた。

 いつもは彼をからかう名目で、体をくっつけたり、ちょっとエッチな姿を見せたりして来たが、本番は全く違う。

 考えて見れば、私自身、彼以外の男性には下着姿も見せた事は無い。

 始めては痛いと言うけど、どれくらい痛いのかしら?

 血が出るって言うけど、どれくらい出るのかしら?

 不安な事ばかりを私は考えてしまう。


「あぁ~こんな事なら、友達の夜の体験談をちゃんと聞いておけばよかたぁぁ……」


 女子会と称しては居るが、女子大生が話す内容は恋バナとそんな話しだけだ。

 私はそう言う話しになると、適当に周りに合わせて居たのだが、ちゃんと聞いておけば良かったと後悔していた。

 そんな時、ふと手に取った彼の枕から彼の匂いが香ってきた。

 私はふと、枕を手に取り抱きしめる。

 あの日から、私は彼に夢中だった。

 最初の数ヶ月は、そんな事実から目を背けようとしていた事もあった。

 イケメンって言う訳でも無いし、何かに秀でているわけでも無い。

 でも、私は一年前のあの日、彼に始めての真剣な恋をしてしまった。

 

「懐かしいなぁ……」


 そんな彼と今、私は念願叶って付き合っている。

 私の場合、叶わない恋など無いと思って生きてきた。

 しかし、彼は手強かった。

 誘惑してもダメ、弱さを見せてもダメ、着飾ってもダメ。

 本当に苦労した。

 でも、本当に好きだった。

 だから、今は凄く幸せだった。

 私がそんな事を考えている丁度そのとき、お風呂場のドアが開いた。





 俺は風呂から上がり、いつものスウェットを着て、部屋に戻った。

 部屋は真っ暗だった。

 かろうじて、豆電球の光でベッドに先輩が寝ている事が確認出来た。

 あぁ、本当に来てしまった。

 俺はそんな事を考えながら、ベッドにゆっくり近づき、先輩に尋ねる。


「先輩……あの……」


「い、痛くしたら……怒るから!」


「まだ、何も言ってないんですけど……」


「う、うっさいわよ! どうせメチャクチャにするんでしょ!」


「あの、人聞き悪いこと言わないでもらえますか……」


「ゆ、ゆっくり脱がして行くんでしょ! し、しし知ってるんだからね!」


「何情報ですか……」


 さっきまで何をドキドキしていたのだろう、いつも通りの先輩の態度に、俺は一気に緊張がほぐれてしまった。

 とりあえず俺は、ベッドに腰を下ろす。


「な、何座ってるのよ!」


「いや、別に良いでしょ……」


 なんだか過剰に反応しすぎな気がする先輩。

 いつものあの調子は何所にいったのだろう?

 暗くて良くわからないが、恐らく先輩の顔は真っ赤だろう。

 俺はそんな先輩を見て、笑顔を浮かべる。


「先輩……」


「な、ななな何よ!」


「驚きすぎですよ……それで良くやるなんて言えましたね……」


「う、うるさいわね!」


 興奮する先輩。

 俺はそんな先輩の手を取り、握りしめる。

 その瞬間、先輩の顔は恐らく更に赤くなっただろう。

 固まってしまった。


「先輩」


「ひゃ、ひゃい……」


「あの……キスとか……しても良いですか?」


「ば、バッチコーイ!!」


「……野球じゃないんですから」


 俺は先輩にそう言い、先輩の唇に自分の唇を重ねる。


「ん……」


 先輩は恥ずかしそうに、声を漏らす。

 先輩の顔の熱気が、俺にまで伝わって来る。

 恐らく今の先輩は今相当、顔を真っ赤にしているのだろう。

 俺は唇を先輩の唇から離し、先輩を抱きしめる。


「は、ひゃっ! な、何よ!!」


「すいません、なんか……抱きしめたくなって……」


 こう言うのは、男がリードするものだと俺は思っている。

 俺は先輩に恥を欠かせないように、優しくゆっくり事を進め始める。

 すると……。


「ね、ねぇ……次郎君……」


「はい?」


「私の事……可愛いって言って……」


「え?」


「い、良いから! 言いなさい!! 先輩命令よ!」


「そんな強引な……」


 先輩は俺を強く抱きしめながらそう言ってくる。

 一体どうしたのだろうか?

 先輩の言葉の意味はわからなかったが、俺はとりあえず先輩の言うとおりにする。


「可愛いです、先輩」


「は、はぁ? な、ななな何を言ってるのよ馬鹿ぁ!」


「どうしろと……」


 先輩はいつも通り、わがままで面倒くさい。

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