第4話

「なんで居るんですか……」


「なんでって、迎えに来たのよ、嬉しいでしょ?」


 俺はバイト先まで俺を訪ねて来たという相手と、店のテーブルで顔を合わせた。

 案の定、その相手は俺の予想通り先輩だった。

 俺はその人の顔を見た瞬間、溜息を吐き回りを見る。

 バイトの同僚、店にいた客、すべての人間が先輩に視線を向けていた。

 まぁ、性格をしらなければ、見てくれだけはこの人はピカイチだからな……。


「こう言うのは、今度からやめて下さいよ」


「なんで? もう恋人同士なんだから別に良いでしょ?」


「先輩が来ると目立つんですよ! 俺はそれが嫌なんです!」


「仕方ないでしょ? 私が可愛いんだから」


「はぁ……ホントにこの人は……」


 どんだけ自分が大好きなんだよ……。

 俺は溜息を吐きながら、席を立つ。


「とりあえず、ここで待ってて下さい。着替えて来るんで」


「早くしてね、待つのとか私苦手だから」


「はいはい」


 俺は先輩にそう言って、スタッフルームに戻った。

 早く着替えて、先輩をこの店から遠ざけよう。

 そう考えながら、スタッフルームのドアを開けると、そこにはまだ愛実ちゃんが居た。


「あれ? まだ居たの?」


「はい、それより先輩、知り合いって誰だったんですか?」


「あぁ……大学の先輩……」


「あ! もしかしてあの苦手な先輩ですか! なんなら、私が一言言ってやりましょうか?」


「いや、大丈夫……多分、ややこしい事になるから……」


 俺は更衣室に入り、素早く着替えを済ませ、コートを着る。


「じゃあ、俺は今日は帰るから、愛実ちゃんも気を付けてね」


 いつもは一緒に上がる時は、愛実ちゃんと一緒に帰るのだが、今日は先輩が来ているため、一緒には帰れない。

 

「あ、はい……あの、どんな人か見ても良いですか?」


「え? 見ても面白くなんか無いよ?」


「いえ、なんだかバックヤードの人たちがすっごい美人が先輩を尋ねて来たって、盛り上がっているので……」


 あいつら……。

 正直先輩とこの可愛い後輩である愛実ちゃんは合わせたく無い。

 先輩は、俺と他の女の子が仲良くなるのを良く思って居ない。

 前に仲良くなった女の子達も、先輩にバレた瞬間に邪魔をされ、俺から距離を置いて疎遠になって行った。

 愛実ちゃんは本当に良い子だし、先輩に誤解されて、疎遠になるのは少し嫌だ。

 下心とかでは無く、純粋にこの子は良い子なので、友人として関係を長く続けて行きたいと思っていた。

 なので俺は、愛実ちゃんの為に言う。


「い、いや、大した人じゃないし、愛実ちゃん早く帰らないと、お母さんも心配するから……って居ねーし!」


 話しをしている間に、愛実ちゃんはスタッフルームからバックヤードを通って、店内のフロアに先輩を見に行ってしまった。


「すいません、愛実ちゃんは?」


「あぁ、岬か。お前やるなぁ~あんな美人な彼女が居たなんてよ~」


「そんな事より、愛実ちゃんは?」


「あぁフロアに出て行ったぞ? お前、二股はやめておけよ、痛い目見るぞ?」


 バイト先の先輩である大道寺(だいどうじ)さんに愛実ちゃんが向かった場所を聞き、俺は荷物を持って先輩の元に向かう。

 すると、そこには先輩と向かい合う愛実ちゃんが居た。

 それを見た瞬間、俺の本能が愛実ちゃんを守らなくてはと思い、急いで先輩の座る席に向かう。


「せ、先輩! お、お待たせしました! ささ、帰りましょ! あ、愛実ちゃんお疲れ~」


 俺は先輩の背中を押し、無理矢理帰ろうとするが、先輩が笑顔のまま全く動こうとしない。 そんな時、先輩が恐ろしい笑顔で、俺に尋ねてきた。


「次郎君、この子は誰? 急に私に貴方は先輩のなんなんですか? って言ってきたんだけど? それはこっちの台詞なんだけど」


「私は先輩のバイト先の後輩で、石川愛実って言います。貴方と先輩はどう言う関係なんですか? 良く先輩から、大学で困った先輩が居るって話しを聞くんですけど……」


「へぇ……そうなんだぁ……」


「い、いや……先輩の事じゃ無いですよ……はい」


 恐い、本当に恐い。

 愛実ちゃんが遠回しに、俺に迷惑を掛けてるのは貴方じゃないんですか?

 的な事を言うから、先輩は黒い笑顔で俺を見てくる。

 俺はこの状況をなんとかしようと二人の間に入る。


「ま、愛実ちゃんごめんね! ちょっと急いでるから! 先輩! 行きますよ!」


 俺はそう言って先輩の手を取り、店を後にした。

 先輩は何故か顔を頬を赤らめ、俺に引っ張られて店を出る。


「はぁ……よかった……」


「何が?」


「こっちの話しですよ……言っておきますけど、あの子はバイトの後輩で、凄く良い子なんですから、ちょっかい出さないで下さいよ」


「ふぅ~ん、でも仲良いのね、大学の困った先輩って誰かしらねぇ~?」


「は、早く帰りますよ!」


 俺はこれ以上ここに居るのはまずいと思ったのと、これ以上詮索されるのも面倒なので、先輩の手を離して歩き始める。


「あ、待ちなさいよ!」


「早く行きますよ……寒くなって来ましたし」


「そうじゃ無くて……手」


「手? 手が何か?」


 先輩はそう言って、俺に手を差し出して来る。


「恋人同士は繋ぐでしょ……もう馬鹿…」


「な……いや、それは恥ずかしいと言うか……」


「何よ、私とは繋げないって言うの?」


「いや、そうじゃなくて……付き合ってまだ二日目ですよ?」


「関係無いわよ! 兎に角、私が繋ぎたいから繋ぐの!」


 そう言って先輩は俺の手を取り、歩き始める。

 先ほどは急いでいて気がつかなかったが、先輩の手は柔らかくて小さかった。

 手を繋ぎ、前を歩く先輩の横顔を見ると、先輩の頬は赤くなっていた。

 なんだよ……自分も恥ずかしいんじゃん……。

 俺はそんな先輩の横に並び、家に帰宅する。


「で、困った先輩って、誰の事かしら?」


「あ、はい……すいません」


 やっぱり愛実の言葉を忘れたわけでは無かったらしい。

 先輩は家に帰ってきた瞬間、俺を壁際に追い詰めて、黒い笑顔で尋ねる。

 今日もなかなか眠れそうにはなかった。

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