第3話



 翌朝のことである。

 結局先輩は俺の家に泊まっていった。

 それはいい、いつもの事だから、どうせそうなると思った。

 しかし、俺は一睡も出来なかった。

 それは何故か……。


「先輩……夜中の間、ずっと俺の貞操狙うのやめてもらっていいですか…」


 そう、先輩は隙あらば俺を襲おうとして、俺の布団に入ってきた。

 俺はそのたびに抵抗し、先輩から逃げていたため、一睡も出来なかった。

 寝たらやられる。

 そういう思いで、俺は朝日が出るまで耐えた。


「だって~もう彼氏と彼女なんだよ? やるでしょ?」


「女の子がやるとか言わないで下さい……」


 俺と先輩は朝食を食べながら、そんな話しをする。

 今は朝の九時、先輩はトーストをかじりながら、俺の正面に座っている。

 昨晩、恋人同士になった訳だが、一日もしないうちに、俺は本当にこれで良かったのかと疑問に思う。


「付いてるよ」


「あ……す、すいません」


 先輩は俺の口元のソースをティッシュで拭き取ってくれる。

 そんなふとした仕草に、俺は思わずドキッとしてしまう。

 やっぱりこの人はなんだかんだ言っても可愛い。

 こんな人が、今日から俺の彼女で本当に良いのだろうか?


「ごちそうさま、食器台所に置いておくわね」


「あ、あぁはい……」


 見慣れたはずなのに、昨日の先輩の言動を思い出すと、先輩の顔がなんだか違う人の顔のように見えてくる。

 正直、いつも以上になぜだか可愛く見えた。

 俺も食事を終え、食器を片付ける。

 先輩は一向に帰る気配もなく、俺のベッドで寝ながらスマホを弄っている。


「あの……帰らないんですか?」


「なに? 彼女に居て欲しくないの?」


「そういう意味じゃなくてですね! いつもは朝飯食ったら帰るじゃないっすか……俺昼からバイトなんです」


「そう……ならもう少ししたら帰るわ」


「まさかと思いますが……今晩は来ませんよね?」


「何を言ってるの次郎君……」


 先輩は笑いながら俺を見てそういう。

 あ、流石に先輩でもあんなことがあった後だし、流石に今日はもう来ないんだ。

 俺はそう思っていた……次の先輩の言葉を聞くまでは……。


「着替えとか要る物とって来たらすぐに帰ってくるわ」


 先輩は笑顔でそう言うと、ベッドから起き上がり、髪をくしで解かし始める。


「えっと……なんでそんな事を?」


 俺は恐る恐る先輩に尋ねる。

 すると、先輩は恐ろしい一言を俺に言い放った。


「決まってるでしょ? しばらくここに住むからよ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は固まった。







「いらっしゃいませ~」


 俺はバイトの時間になり、バイト先のハンバーガーショップで、お客さんの対応をしていた。

 表面上はニコニコして、接客をしているが、心の中では先輩との今朝の会話を思い出して、気が重い。


「はぁ~……なんでこうなったんだ……」


 ハンバーグを鉄板で焼きながら、俺は溜息を漏らす。

 注文の商品を作りながら、これからの事を考えると気が重たくなる。

 寝る時はどうすれば良い?

 風呂だってどうする?

 洗濯だって、一人の時とは違う。


「はぁ……」


「どうかしたんですか、先輩?」


「ん? あぁ、愛実(まなみ)ちゃんか……」


 尋ねて来たのは、バイト先の後輩で高校三年生の石川愛実(いしかわまなみ)ちゃん。

 仕事覚えが早く、愛想も良く、真面目で頑張り屋な良い子だ。

 バイト先で、一番仲の良い子で、バイト以外でも偶に遊びに行ったり、相談に乗ったりする。

 見た目は今時の女子高生と言う感じで、軽そうなのだが、見た目に反してしっかりしている子だ。

 初めて会った時は正直ギャルかと思ってしまったが、話ししてみたら、普通に良い子で見た目で判断してしまった自分が情けなくなった。

 ふわっとウエーブの掛かったショートボブの茶髪に、細い手足と丁度良いサイズの胸。

 普通に可愛いし、お客さんから声を掛けられる事も多い。

 

「いや、ちょっとね……昨日色々あって……」


「色々ですか? あ! もしかしてついにあの嫌な先輩に物申した感じですか!?」


「……まぁ、言うには言ったんだけど……ちょっと予想外の結果になってね……はは」


「予想外? 何かあったんですか?」


「えっと……まぁ……ちょっとね……」


 昨日の事を全部説明しようとしても、正直信じてもらえないだろうと俺は思い、それ以上は言わなかった。

 俺は愛実ちゃんには、大学で面倒な事を押しつけてくる先輩がいて、その先輩との付き合い方で悩んでいると、何度か話しをしていた。


「何かあったら、また相談にのりますよ?」


「ありがとう、俺は昨日そのせいで満足に寝れなくてねぇ……」


「大変ですね……今日は家に帰ってゆっくり寝てくださいね!」


「……いや、寝たらヤバイ……」


「どう言う状況なんですか……」


 愛実ちゃんとそんな話しをしている間に、バイトの時間は終わった。

 最近のシフトは、愛実ちゃんと同じ時間に終わることが多いので、今日も愛実ちゃんと一緒にバイトから上がる。


「はぁ……疲れた」


「今日は混みましたね~、流石休日」


「そうだね、最近店長が売り上げが上がったって喜んでたし。この調子じゃ、去年以上にクリスマスは忙しくなりそうだなぁ……」


「先輩は今年もクリスマスはバイトに出るんですか?」


「まぁ、今のところ予定は無いし……それにクリスマスに一人で家に居るより、バイトでもしてたほうが気が紛れるからね」


「そ、そうなんですか……で、でも誰かと遊びに行きたいとか思いません?」


「まぁ、そうは思うけど……生憎友達は皆彼女とデートだし……誘う相手もなぁ……」


 別に友達が少ない訳では無い。

 ただ端に、友達に彼女持ちが多いのと、クリスマスに野郎だけで集まるのが空しいと思っているだけで、誘うおうと思えば、誘える相手はいくらでもいる。

 全員男だけど……。


「じゃ、じゃあ……その……私と………」


 愛実ちゃんがもごもごしながら何かを言おうとしたそんな時、スタッフルームのドアがコンコンと二回ノックされた。

 

「はい?」


 一旦話しを中断し、俺はノックに答える。


「あ、岬君? なんか君を尋ねて来た人がいるんだけど」


 ノックの主は店長だった。

 二十代後半の優しい顔つきの人でいつも優しい。


「え? 俺ですか?」


 一体誰だろうか?

 バイト先に尋ねてくる人など、いままで居なかった。

 俺はとりあえず、バイトの制服のままスタッフルームを後にする。


「なんか、凄く綺麗な子だけど……」


「え……き、綺麗な……」


「うん、モデルみたいでビックリしたよ。岬君、そういう知り合い居る?」


「……すいません、もう帰ったって言ってもらえませんか?」


 俺はバックヤードで、店長にお願いする。

 その理由は、その尋ねてきた綺麗な女性の正体が、なんとなくわかってしまったからだった。

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