第20話
「ただいま~」
俺はそう言って、家のドアを開けて部屋の中に入る。
そこで俺は二つの違和感に気がついた。
一つは、先輩の靴以外に見慣れない靴がもう一足、綺麗にそろえて置かれている事。
そしてもう一つは、部屋が異様に静かだと言う事。
いつもは、テレビの音かゲームの音が漏れているハズなのに、今日はそれが無い。
俺は不思議に思いながら、部屋のドアを開ける。
「先輩、帰ってきま………し……た?」
「どうも、こんにちは」
「あ、はい……どうも」
部屋の中には先輩以外にもう一人、お客さんが居た。
俺や先輩よりもずっと年上の女性。
しかも、とびきりの美人だ。
服装はレディーススーツを着ていて、出来る女って感じがした。
「初めまして、私は間宮冷華(まみやれいか)。この馬鹿娘の母親です」
「え!? は、母親!?」
そう言えばどことなく似ている。
俺は先輩のお母さんを見ながら、驚き開いた口が塞がらない。
先輩はと言うと、何やら不機嫌そうに頬を膨らませて俺を見ている。
「えっと……は、初めまして、俺はその……娘さんと交際させていただいている岬と……」
「存じて下ります。今日は貴方にお願いがあって参りました」
「え? 俺に……ですか?」
「はい」
淡々と話す先輩のお母さん。
一体なんの用だろうか?
もしかして、同棲に反対とか?
それは俺も賛成なので、先輩を家に帰らせる口実が出来るので、俺にとっては朗報だ。
まぁ、一緒に住むのも楽しいけど、流石に毎日求められるのもねぇ……。
考えている俺に、先輩のお母さんは座って俺の方を向く。
俺も慌てて先輩のお母さんの前に正座する。
「単刀直入に言います、うちの娘と結婚する気はありますか?」
「は、はいぃぃぃ??」
先輩のお母さんからのまさかの言葉に、俺は驚き声を上げる。
「な、なに言ってるのよお母さん!!」
「貴方は黙ってなさい! 連絡も全くよこさず、愛生ちゃんに聞いてビックリしたのよ! 同棲だなんて!」
驚く俺を放って、親子喧嘩を始める先輩と先輩のお母さん。
俺はそんな二人を見ながら、ただ呆然としていた。
だって、結婚だよ?!
就活だってまだ本格的に動いて無いのに、その先の事を言われても……。
「いい、アンタみたいな、見てくれだけ良くて、猫かぶりで、わがままな娘を貰ってくれる人なんて中々居ないのよ? それなら、今のうちに既成事実をつくっておいた方が良いのよ! じゃないと、彼に愛想を尽かされて、すぐに破局よ?」
「うるさいわね! お母さんだって、お父さんに頼ってばっかりじゃない!」
「私は良いのよ、お父さんは私の事を生涯愛してくれるから。問題は貴方よ! コレを逃したら、お見合いか婚活するしか、貴方に結婚のチャンスは無いわ!」
「自分の娘になんて事を言うのよ!」
白熱する親子喧嘩。
俺はその様子をただただぼーっと眺めていた。
だって結婚だよ?
考えた事も無い。
それに、先輩と付き合い始めたのは、つい一ヶ月前の事だ。
簡単に「結婚します」なんて言えるはずが無い。
「失礼ながら、一週間ほど探偵を雇って、岬さんの事を調べて貰いました」
「え?! ま、まじですか…」
「娘の婿です。それくらいしなければ」
「お母さん!」
憤慨する先輩。
ここのところなんか視線を感じると思ったら、そのせいか……。
「正直、娘にはもったいない好青年だと感じました」
「え? お、俺が……ですか?」
「はい。バイト先での信頼も厚く、大学の成績も決して悪くありません。それに、友好関係は広く浅く、色々な人との友好関係を持っているようですね」
「ま、まぁ……そうですけね」
「そして、毎日家に帰る時には必ず、コンビニに寄って抹茶プリンを購入していますね?」
「えっと……そうですが?」
「コレは娘の小さい頃からの好物です。貴方は娘への気遣いもしっかりしていて、母親としては、是非娘を貰って欲しいのです」
「お母さん!」
深々と頭を下げられる俺。
そう言われて悪い気はしない。
しかし、簡単に「はい」とは言えない。
それこそ先輩に失礼だ。
結婚は簡単にして良いものでは無い。
俺はそう思っている。
だから、俺は先輩のお母さんに言う。
「あの……すいません、今すぐに結婚と言う訳には行きません……」
「それは……娘とは結婚を考えてはいないと言うことですか?」
「じ、次郎……君?」
厳しい目つきの先輩のお母さんと、逆に不安そうな先輩。
俺はそんな二人に、俺の気持ちを伝える。
「そうじゃありません、僕と先輩……いえ、御子さんは、まだ付き合って一ヶ月です。なのに、簡単に結婚なんて言えません」
「愛に期間なんて関係ないのでは?」
「いえ、俺はあると思います」
俺は先輩のお母さんに反論する。
その様子を先輩は黙って見ていた。
「俺……最初先輩の事、嫌いだったんです」
「なるほど……無理も無いでしょう、この子は知っての通り、わがままですから」
「はい、でも……いろいろ知って行くうちに……付き合うようになって……俺多分……先輩の事、どんどん好きになってきてます」
「なら、問題ないじゃない?」
「それでも、簡単に結婚なんて言えません、それに……俺が良くても、先輩が俺に飽きるかもしれません……だから、今すぐに結婚すると約束は出来ません」
俺は真面目に先輩のお母さんにそう答える。
俺はいつも不安だ、先輩が俺に飽きて、他の男のところに行ってしまうのでは無いかと……。
いくら先輩から好きだと言われても、その思いは消えない。
だって、先輩は人気があるから……。
「ば、バッカじゃないの!!」
「先輩?」
俺の言葉の後にそう言ったのは、先輩だった。
怒っている、でも何故か泣きそうな表情で俺の事を睨みながら口を開く。
「わ、私が次郎君に飽きるなんて無いわよ!」
「せ、先輩……」
「初めてなのよ……本当に誰かを好きになったのなんて……」
怒ったかと思えば、先輩は顔を赤らめ、俺から目を反らす。
その様子を見て、先輩のお母さんは柔らかい笑みを浮かべる。
「この分なら……問題はなさそうね……」
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