第14話

 俺はエントランスで、先輩の部屋の番号を入力しインターホンを鳴らす。

 オートロックと言うのはこういうときは不便だ。

 他に人が来ないか心配になって、妙にそわそわしてしまう。

 俺は先輩がインターホンに出るのをカメラ越しに待った。

 しかし、いつまで経っても反応が無い。


「あれ? 帰ってないのか……」


 もしくは寝ているのか、兎に角反応が無い。

 仕方なく、俺はその場を後にする。

 もしかしたら、友達の家とかに行っているのかもしれない。

 俺は仕方なく元来た道を帰り始める。


「何処に行ったんだか……」


 そんな事を考えながら、俺は自分のアパートの方に向かって歩き始める。

 別に心配な訳では無い。

 ただ、何かをトラブルに巻き込まれて、俺のところにも二次被害とかが来たら嫌だから、こうして居場所くらいは把握しておきたかったのだ。


「全く……ん?」


 歩いていると、突然スマホが震え出した。

 どうやら電話のようだ。

 画面には、大学のサークルの先輩の名前が表記されていた。

 ちなみに、俺は大学の温泉サークルに入っている。

 しかし、活動はほぼ皆無で、年に三回ほど皆で温泉に行くだけ。

 それなのに異常に入会の希望者が多いのは、そのサークルに先輩が居るからだろう。

 その為、うちのサークルは部長が気に入った人間しか入れないと言う、変わったサークルだ。

 電話してきたのは、そのサークルの先輩だ。


「もしもし?」


『あ、もしもし? 私、伊島(いしま)だけど、君の彼女うちで酔いつぶれてるから、迎えに来てくれない?』


「はぁ?! 酔いつぶれるって、まだ夕方ですよ! てか、なんでそのこと知ってるんですか!」


『御子が酔っ払って全部話したのよ。まぁ、私はいつかこうなると思ってたけど』


「すみません……」


『岬君が謝る事じゃ無いわ、さっさとこの子を引き取りに来て』


「はい、今すぐいきます」


 俺は連絡を受け、伊島先輩の家に急いだ。

 伊島先輩の家は、先輩の家の近所でそこまで時間は掛からなかった。

 なんでも、小学生の頃からの幼馴染みらしく、大学入学時にアパートを借りる時もお互いに近い場所を探したらしい。

 俺は伊島先輩の家に到着し、インターホンを鳴らす。


「あ、やっと来たわね。早く持って帰って、そろそろ彼が来るから」


「すみません、それで先輩は?」


「そこ」


 俺は部屋に入り、クッションにもたれかかりながら、ワインを飲む先輩を見つける。

 顔を真っ赤にし、不機嫌そうな表情でこちらを向く先輩。

 相当酔っているのか、先輩の目はトロンとし、頭がかっくんかっくんと揺れていた。


「ん~……あぁ! 恐いのがダメなじろうくんだぁ!」


「………そうなの?」


「聞かなかった事にして下さい」


「ま、大体の事は御子から聞いてるんだけど……ホラーダメなのね」


「ほっといて下さい!」


 俺は伊島先輩に全力でツッコミ、再び先輩の方を見る。


「先輩、そろそろ帰りますよ」


「ん~……どこにぃ?」


「どこって……それは……」


 そう言えば、帰れって言ったの俺だった……。

 なんだか、俺の家ですとは言いにくいなぁ…。


「ねぇ! どこよ! 次郎君は……私に家に居て欲しくないんでしょ……」


「そ、そういう訳じゃなくてですね……あぁ、もう……面倒くさい…」


「あ! まらいったな! めんどうくさいって! まら! うぅ~……愛生(めい)ちゃーん」


「はいはい、よーしよし。岬君、それはないわ……」


「だって聞いて下さいよ! 元はと言えば今回は先輩が!」


「もう、それは知ってるから、早く持って帰ってよ。それと、同棲してるなら、さっさとやっちゃいなさいよ」


「いきなり何の話しですか!」


「や~らー! 帰らない! 私は愛生ちゃんとここで暮らす!」


「そんなの絶対嫌よ、今から彼が来るんだから」


「うぅ~、愛生ちゃんもわらしをいじめる~」


 ろれつの回っていない先輩を伊島先輩は、慣れた感じであしらい。

 俺の方を向いて、さっさと連れて行けと目で訴えてくる。


「はぁ……先輩、謝りますから帰りましょう」


「や! 帰んない!」


「子供じゃないんですから……」


「次郎君が今日してくれるなら帰る」


「しません! 先輩べろんべろんじゃないですか! その状況じゃ無理です」


「う~……次郎君の浮気者! 年下キラー! 鈍感! 甲斐性無し!」


「はぁ……はいはい、分かりましたから……帰りますよ」


「あぁ~離せ~!」


 俺は先輩を抱き抱えて玄関に連れて行く。

 先輩が酔っ払った時は、いつもこうして迎えに行った。

 先輩は、胸に大きなモノを二つもぶら下げているくせに軽い。

 持ち上げるのは簡単だ。


「じゃあ、お世話になりました」


「うぅ~愛生ちゃんの裏切り者~」


「はいはい、次郎君」


「はい?」


「この子、気は強いし、我が儘だし、自分大好きだけど……普通に不安になったりするのよ」


「え、は、はい?」


「要するに、やることやってもらえなくて不安がってるから、さっさと安心させてあげて。喧嘩の度に私の家に来られても困るし」


「う……は、はい。善処します」


「よろしい、じゃあまたね」


 俺は伊島先輩にそう言われ、俺は先輩に肩を貸して家までの道を帰る。


「いででででっ! 先輩、いたいれす……」


「馬鹿、次郎君なんか嫌い!」


「わかりまひたから、ほほをひっはらないでください」


 先輩は肩を貸す俺の頬を引っ張り暴言を吐いてくる。

 これは相当酔ってるな……。

 俺はそんな事を思いながら、早く家に着くことを願い足を進める。

 そして、ようやく家に到着し、俺は先輩をベッドの上に誘導する。


「先輩、大丈夫ですか?」


「うぅ~次郎君のばか~」


「元気そうで何よりです」


 俺はそのまま先輩をベッドに寝かせる。

 疲れた、本当に疲れた。

 まぁ、でも先輩が無事でよかったか……。

 俺はそんな事を考えんがら、ベッドにもたれて座り込む。

 すると、先輩が俺の方に手を出してきた。


「どうかしました?」


「………握って」


「え?」


「………握って……」


 先輩は恥ずかしそうに顔を隠しながら、俺にそう言ってきた。

 俺はそんな先輩に笑みを浮かべ、先輩の手を握る。

 小さくて柔らかい先輩の手。

 あぁ、俺も少し頑固になりすぎていたかもしれない……。

 手を握りながら、俺はそんな事を考えていた。

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