先輩はわがまま

Joker

第1話

「う~さ、寒い……」


 大学から帰る途中のこと俺、岬次郎(さきじろう)は、冷たい雪の降る街中をコンビニの袋をぶら下げて帰宅途中だった。

 11月になり、寒さも本格化してきたこの時期、大学2年生の俺はそれなりに学校を楽しみ、それなりに友人と遊び、それなりのキャンパスライフを送っていた。

 まぁ、彼女は居ないけど……。


「はぁ……悲しいな……」


 一人暮らしの我が家に帰っても、出迎えてくれる人が居る訳でもなく、俺はコンビニで買ったカップラーメンとおでん、そしておにぎりを食べて寝るだけ。

 悲しくない方がおかしい。

 しかも来月はもうクリスマスだ。

 今年こそは彼女を! そう願った今年の春が懐かしい。

 マフラーで顔の半分を隠し、俺は寒さに耐えながら、我が家へ帰宅する。


「ん? 誰か居るな……」


 アパートの近くまで来た俺は、ふと自分の部屋の方を見る。

 誰かが俺の部屋の前でインターホンを鳴らしており、俺は急いで部屋に向かっていった。


「す、すいません、うちに何か用で……」


 息を切らせながら、アパート二階の自室に向かった俺。

 部屋のドアの前に居たのは、長い茶髪のロングヘアーの綺麗な女性だった。普通の男なら、ここで顔を赤くし、若干挙動不審になりながら女性に話かけるのだろうが、俺はそうではない。

 俺の場合は、その女性から距離を取り、直ぐに逃られるように構えた後で要件を尋ねる。

 そう、俺とこの女性は初対面ではない。

 面識がある上に正直すごく苦手な人だ。


「あ、やっと帰ってきましたね、岬君」


「ど、どうも…間宮先輩……」


 この茶髪美人のお姉さんの名前は間宮御子(まみやみこ)先輩。

 俺の通う大学の一個上の三年生だ。

 最初は美人で優しくて、こんな人と付き合えたらな~、なんて妄想をしていたが、今は関わりたくない。


「えっと……自分に何か御用でしょうか?」


「まぁ、こんなところで話もなんだから、中に入らない?」


「先輩……それは俺のセリフです……」


 この間宮先輩は、なぜか俺に対してやたら絡んでくるし、厄介事を押し付けてくる。

 こうやって家の前に居る時は、大抵お腹が空いたから何か作ってくれと言いに来たのだろう。


「またいつものですか?」


「そ、流石次郎君はわかってるわね!」


「貴方にそんなん言われても、全く嬉しくないです……」


 兎に角いつまでも外にいるのは、確かに寒いので、部屋の中に入る。

 俺の後ろに続いて、先輩も当たり前のように入って来る。


「先輩、今日は大した物作れませんよ?」


「大丈夫よ、私は次郎君の手料理なら、なんでも食べるから」


「そうっすか……食ったら帰ってくださいよ……」


「え~、折角ミス涼清(りょうせい)がこうして尋ねて来たのにぃ~、すぐに追い返したら、絶対後悔するぞ~」


 涼清とは、俺と先輩が通っている大学の名前だ。

 涼清館大学(りょうせいかんだいがく)と言って、それなりのレベルの、それなりの大学だ。

 そのミスコンで、この間宮先輩は入学してから、ずっと一位。

 俺も一年の頃は、そんな先輩とお近づきになりたいなんて思っていたが、今はそんな過去の自分に目を覚ませと言ってやりたい。


「大丈夫です。むしろ追い出さない方が後悔します」


「ひど~い、御子ちゃん泣いちゃうから。うえーん、うえーん」


「はいはい、そう言うのいいですから、これ食ったら帰って下さい」


 そう言って、俺は先輩の前にシーフードパスタを出す。


「わーい、愛してるよ、次郎君!」


「俺は愛してないんで、さっさと食って帰って下さい」


 俺は皮肉っぽく、笑顔でそういうと、コンビニで買ってきた自分の弁当を食べ始める。

 今日は面倒だから、コンビニの弁当で済まそうとしていたのに、先輩のせいで結局料理をする事になってしまった。


「次郎君、美味しいわ~、ありがと」


「はいはい」


 俺はコンビニで買った唐揚げ弁当を食べながら、短くそう答える。

 ここまでだと、ただの飯をたかりにくる迷惑な先輩で済むのだが、俺が先輩を嫌いな理由は、このほかにもまだまだあった。

 それは食事の後に、必ず言うこの台詞から始まる。


「ねぇ~つまらないから、遊ぼうよ~」


「帰って下さい……もう遅いし」


「そんなこと言わないの~、先輩の言うことは聞きなさい」


「じゃあ、いつものやったら帰ってくださいよ……」


「うん、帰る」


 そう言って俺は、ゲームのコントローラーを先輩に差し出す。

 意外にもこの間宮先輩は、結構なゲーマーだったりする。

 なので、飯を食べ終わった後は、こうして二人で格闘ゲームをする。


「おりゃ! この!」


「次郎君! 成長した! わね!」


「そりゃあ! ほぼ毎日! 先輩に! 付き合って! ますから!!」


 俺と先輩は、いつものようにゲームに白熱しながら、会話をする。

 先輩はゲームが強い。

 しかも格闘ゲームに関しては、そこら辺のゲーマーよりも確実に強い。


「はい! 今日も私の勝ち!!」


「あ……はぁ~今日も負けた……」


 こんな感じで毎回負ける。

 始めてこのゲームをしたとき、先輩は自分に勝てたらなんでも言うことを聞くと言い、若かった俺は、いかがわしい妄想を脳内で繰り広げながら、張り切って挑み、今日みたいな感じで負けた。

 それから一度も勝てず、毎回家に来たら食事のあとにこのゲームをやるようになっていた。


「ウフフ~、私に勝てるのはいつだろうね~」


「はぁ……じゃあ、そろそろ帰って下さいよ……もう夜の九時ですし……」


「え~、外は寒いし、こんな時間に女の子一人で帰るのはちょっと~」


「じゃあ、送っていきますから」


「いいじゃないの、今日も泊・め・て?」


「い・や・だ!」


「さっき勝ったのは私よ? ゲームをする時の約束、忘れちゃった?」


「くっ……あんな約束するんじゃなかった……」


 ゲームに勝ったら、何でも言うことを聞かなければいけないのは、俺も例外ではない。

 つまり、俺はゲームに負けたので、先輩を今日も家に泊めなければならないのだが……。


「あの、先輩……今日はもう一戦いいですか?」


「あら? 急にどうしたの? いつもは一戦なのに……」


 俺はもうこの先輩のわがままには正直耐えられなかった。

 こんな感じで、俺は毎回ゲームに負け、先輩を家に泊めた。

 それだけを言えば、羨ましいと思う男も多いと思うが、実際はそうでは無い。

 寝ている先輩に手なんか出そうものなら、即学校中を敵に回してしまう。

 容姿端麗で文武両道であり、おまけに性格も表向きは良い。

 そんな彼女が、俺みたいな冴えない後輩に汚されたなんて事が、本人の口から誰かに伝われば、たちまち俺は学校中の敵になる。

 そんな訳で、俺は先輩が泊まる日は、毎日風呂場にお客様用の布団を敷いて寝る。

 正直この時期、風呂場は寒い。

 しかも、学校では俺をこき使って、面倒な事を押しつけ、挙げ句には良い感じになった女の子の前で、毎日家に通っている事をバラした。

 もちろんその子は俺から離れていった。

 だから、俺は今日こそ勝って、先輩に言うつもりだった。

 もう俺に関わらないで欲しいと……。


「ルールはいつもと同じです。ただし、さっきの勝負は無効って事でお願いします」


「ふ~ん、まぁいいわよ? どうせ私が勝つから」


 まるで自分が勝つ事が決定しているかのような口調。

 毎日勝っている相手だから、そこまで自信があるのも無理は無いだろう。

 しかし、俺には秘策があった。

 それは昨日のアップデートで追加された新キャラだ。

 先輩は昨日のアップデートを知らないし、新キャラの攻撃方法などを知らない。

 勝てるとすれば、動きを読むことの出来ない、その新キャラをぶつけるしかない。

 俺は、この方法なら勝てるのではないかと、昨日思い、それから約半日、このキャラで特訓した。

 これなら勝てるかもしれない。

 そう思った俺は、まず第一戦で、先輩がアップデートされたことに気がついているかを確認した。

 しかし、気がついてる様子は一切なかった。


「じゃあ、始めようか……って、何このキャラ?」


「昨日のアップデートで追加されたんです」


「ふーん……まぁ良いわ、始めましょう」


 それほど脅威に感じていない様子の先輩。

 そんな先輩に、俺はニヤリと笑みを浮かべる。

 俺は半日で、先輩に勝つためにこの新キャラの動きや技を練習した。

 このキャラなら勝てる。

 そう俺は思っていた。


【ラウンド1 FIGHT】


 画面にそう表示され、戦いが始まる。


「え! 何この動き! メチャクチャトリッキーじゃない!!」


「今回は! 俺が! いただきます!!」


 案の定、先輩は新キャラの動きが読めず、苦戦していた。

 俺は絶対に勝てると思った。

 第一ラウンドを取り、次の第二ラウンドで、勝負が決まる。


「こ、こんなの…聞いてない!」


「フハハハ! そんなの言ってももう遅いですよ!!」


 焦る先輩を他所に、俺は次々と技を決める。

 結果はもちろん俺の勝ち。

 ついに勝てた。

 俺は感動やら嬉しいやらで、天にも昇る気持ちだった。

 これでこの迷惑な先輩から解放される。

 そう思っただけで、俺の目には素晴らしい明日が写っていた。


「俺の勝ちです! 言うことを聞いてもらいますよ~」


「うぅ……ずるい!!」


「でも、勝ちは勝ち。ですよね」


「うぅ……わかったわよ!!」


 この言葉は、昔先輩が言った言葉だ。

 実は前も俺が勝てそうな時があったのだが、ギリギリのところで宅配便が来て、指が止まり負けてしまった事があった。

 宅配便が来たから、今の勝負は無効だと俺は先輩に言ったのだが、先輩は勝ちは勝ちと言って、その日俺の家に泊まっていった。

 今回はそれが逆に役に立った。


「じゃあ、先輩……」


「な、なによ……」


 俺は先輩に、今日まで思っていた事を話し、今後は関わらないで欲しいと告げようとする。 色々あった。

 新歓コンパでは、自分だけお酒を飲まずに先輩を送り。

 文化祭では、雑用をすべて任され。

 女の子と仲良くなろうとすると、すぐに邪魔される。

 そんあ生活が明日から、一転する。

 そう考えただけど、俺は明日が来るのが楽しみになった。


「先輩、もう俺に関わらないで下さい」


「………え……」


「先輩も俺にはもう関わらない方がいいっすよ。俺と付き合ってるなんて噂も出てるし、それに先輩言ってたじゃないですか? 彼氏欲しいって、それならこれを機に真剣に探して………み……たら……って、ど…どうしたんですか?」


 先輩は、何故か俺の話を聞きながら泣いていた。

 目からは大粒の涙を流し、そのまま固まっている。

 俺は焦った。

 いままで、泣いた顔など見たことが無かったからだ。

 いつもニコニコしていて、我が儘で、自意識過剰なのが間宮御子と言う女性だと、俺は思っていた。

 別に、俺程度の学生が、彼女に関わらないで欲しいと言っても、彼女はいつものようにニコニコして「はいはい。分かりました~」とそういうのを想像していた。

 なのになんでか、彼女は泣いていた。


「……なんで………なんでそんな……事……」


「え……いや、あの……だって先輩は……」


「なんでそんな事言うの……私の事が嫌いだったの? だったら謝るから……そんな事言わないで……」


「い、いや……嫌いってわけでは……苦手っていうか……」


 こんな先輩を見たのは始めてだった。

 いつもは自信たっぷりで、毎日が楽しいみたいな顔をしてて。

 しかし、今はどうだろう。

 大粒の涙で綺麗な顔を濡らし、絶望に満ちたような表情で俺に謝っている。

 こんな先輩を俺は見たかった訳じゃ無い。

 俺はただ先輩に、あまり俺にちょっかいを出してほしくなかっただけなのに……。


「ごめん……謝るから……そんな事言わないで…」


「わ、わかりましたから………俺もその……言い過ぎました……」


 俺は慌てて先輩にそう言い、謝る。

 

「本当?」


「本当です……あの、言い方悪かったです……俺はただ、先輩にあまりちょっかいを出されたく無かったと言いますか……別に先輩が嫌いってわけじゃ……」


「………ばか…」


「え?」


「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 本当に馬鹿!! なんで気づいてくれないの……」


 泣いた後は急に怒り出してしまった先輩。

 俺はもう訳がわからなかった。


「ど、どうしたんですか! ってうわ!!」


 先輩は俺を罵倒した後、俺に抱きついてきた。

 もういよいよ何が何だかわからなくなってきた。

 誰かこの状況を説明してくれ……。


「なんで私が、毎日のようにここに来てたと思う!?」


「えっと……飯をたかりに?」


「なんで私が、次郎君に色々頼むと思う?!」


「使いやすい後輩だから?」


「なんで……なんで私が、毎日次郎君の家に泊まりたがると思う!?」


「えっと……帰るのが面倒だからでは?」


「全部違うわよ!!」


 先輩は俺の顔を至近距離で見つめながら、そう叫ぶ。

 そんな怒った先輩の顔も、悔しいが美しかった。

 俺には、そんな可愛い先輩の考えている事なんて全くわからない。

 だから、聞いた。


「えっと……じゃあ、なんでですか?」


 そして、先輩は俺を見つめがら目を細め、うっとりした表情で静かに言う。


「……次郎が…好きだから」


 その言葉に、俺は耳を疑い驚き、目を見開いた。

 どういう事かと、先輩に尋ねようとした瞬間、俺の唇は先輩に唇で塞がれる。

 そう、俺の人生始めてのキスは、こうして先輩に奪われた。

 数秒間のキスの後、先輩はゆっくり唇を離し、俺を見つめる。


「あ……あの……せ、せんぱい?」


「これで……信じた?」


「えっと……は、はい……」


 先輩の気持ちが嘘では無い事を知った俺。

 しかし、先輩は更に過激な行動に移り始める。

 先輩は俺からマウントポジションを取ると、服のボタンに手を掛け始めた。


「ちょ! 先輩! 何やってんですか!!」


「次郎君に好かれる為なら……私はなんでもする!」


「だからって、それはまずいです!!」


「離して! こうでもしないと……好きになってくれないんでしょ?」


 そう言われて俺は、先輩の手を掴みながら考える。

 前は確かに、先輩を恋愛対象として見ていた。

 しかし、いつからか俺は先輩の事を一人の女性として見なくなっていた。

 前は確かに好きだった。

 今はどうだろう? 

 俺は先輩の事をどう思っているのだろう……。

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