第41話

「良く入院中の子供にも泣かれてしまうんだが……そんなに怖いだろうか?」


「い、いや……その……正直…少し……」


 俺は恐る恐るそう答える。

 すると、御子さんのお父さんは大きな溜息を吐き下を向いてしまう。


「そうか……私の表情が問題か……」


「いっつも眉間にシワを寄せて、難しい顔ばっかりしてるからよ」


「仕方ないだろ、こう言う顔なんだ」


 あぁ、そう言う顔なのか……そうとわかると安心するが、表情が固定されているぶん、表情がわからないので、それはそれで厄介だと思う。

 そんな話しをしている途中、リビングのドアが開いた。

 そこには、部屋着に着替えた御子さんが、頬を膨らませて立っていた。


「話しが長いのよ! あんまり次郎君を困らせないで!」


「別に困らせてなどいない、ただお前の事を聞いていただけだ」


「もう、だから帰ってきたく無かったのよ!」


 御子さんはそう言って、俺の隣に座る。

 俺の飲んでいたコップを奪い取り、ビールを一気に飲み干す。


「あぁ~……美味しい……」


「御子さん、それ俺のです」


「良いでしょ、代わりの注いであげるから」


 そう言って御子さんは、俺のコップにビールを注ぐ。

 その様子を御子さんの両親は、ジッと見ていた。

 なんだかもの凄くやりにくい……。


「娘の彼氏と二人で酒を飲むのを楽しみにいたんだが……やはり娘と家内に邪魔をされてしまったな」


「あはは……まだチャンスはありますよ」


 御子さんは俺の隣に陣取り、自分のコップを持ってきてビールを飲み始める。

 先輩のお父さんは、ビールからウイスキーに飲み物を変更し、ガブガブと飲み始める。

 先輩の両親はお酒が強いらしく、結構な量を飲んでいるはずなのに全く酔っ払う気配が無い。

 そんな両親から生まれた、御子さんはと言うと……。


「うぅ……次郎く~ん……もっとお酒ぇ……」


「御子さんは相変わらずですね……」


 そう、御子さんは直ぐに酔っ払う。

 缶ビール三本目で、顔を真っ赤にして俺に寄りかかって来る。

 不思議な事に、この人は大きな飲み会の席ではこうならない。

 必ずと言って良いほど、俺と二人で居る時か、女性だけで飲んでいる時しか、こうはならない。


「ん~…」


「眠くなって来ました?」


「うん……寝る……」


 御子さんはそう言って、俺の膝を枕にして眠り始めてしまった。

 つまみとビールで足りたのだろうか?


「あらあら、うちの馬鹿娘はもう潰れちゃったの? 折角お夕飯も気合いを入れたのに」


「まぁ、疲れていたんだろう、寝かせて置いてやりなさい。それよりも岬君に食事を」


「あ、すみません、何もしなくて……」


「良いのよ、貴方はお客様なんだから。それに娘と是非とも結婚して欲しいもの」


「こら、あまりプレッシャーを与えるものでは無いぞ」


「あら、でも私には何となくだけど、うちの馬鹿娘には岬君しか居ないと思ってるのよ?」


「だから、そう言うプレッシャーを……」


 やはり御子さんのお母さんは、俺と御子さんが結婚する事を望んでいるらしい。

 御子さんは綺麗だし、性格さえなんとかすれば十分魅力的な女性だ。

 対して俺は……何の取り柄も無い普通の学生。

 俺の方が捨てられるのではないかと思う事も多い。

 大晦日の特番をリビングの大きなテレビで、先輩の両親と見ながら、俺はふとそんな事を思う。

 しかし、俺は決めたのだ。

 御子さんが俺から離れるていくその日までは、俺がこの人の支えになろうと。


「しかし、この番組も長いことやっているな……笑ったら罰ゲームでケツバットなんて、どれくらい痛いんだろうな」


「みんな結構痛がってますよね」


「お父さんはこういうゲームは得意ね」


「そんな事はない、私だって腹を抱えて笑うことくらいある」


「25年の付き合いだけど、私はそんな貴方を見た事ないわよ」


「そうだったか?」


 なるほど、御子さんのお父さんはあまり笑わないのか……俺は仲良くなれるだろうか?

 御子さんのお母さんがつくってくれた食事は凄く美味しかった。

 年末で、しかも俺が来るからと、手の込んだ料理が多かった。

 しかも、俺が無理して全部食べなくても済むようになのだろう、量も丁度良い。

 

「料理美味しいですね、かなり手の込んだ物ばっかりで」


「そう言って貰えると嬉しいわ」


 御子さんのお母さんの食事を楽しみながら、テレビを見ていると隣で寝ていた先輩が目を覚ました。


「ん……今何時?」


「夜の10時過ぎた位ですよ、御子さんもお母さんのご飯食べたらどうですか?」


「あら、お母さんだなんて呼んでくれるのね」


「あ、いや! すいません……つい」


「良いのよ、本当にそうなるだろうし」


「あ、あはは……」


 ついつい口が滑ってしまった。

 お母様とか、御子さんのお母さんとか言えば良かったかな?

 そんな事を考えていると、先輩のお父さんが俺をジッと見てきた。

 なんだろうか?

 もしかして何か問題があっただろうか?

 それならば、もう一度謝った方が……。

 などと考えていると、先輩のお父さんが口を開いた。

 

「岬君」


「は、はい?」


「……お父さんと呼んで構わないよ」


「あ。は、はい……」


 どうやら自分も呼んで欲しかったらしい……。

 御子さんも目が覚めたようで、食事を始めた。


「御子さんのお母さん、料理お上手ですね」


「まぁ……確かにそうね……」


「御子さんも少しづつ覚えましょうね」


「う……わ、わかってるわよ…」


 嫌そうな顔をする御子さん。

 いや、だってピーマンの芯を食べようとする人だもん、そりゃあ基本くらいは覚えて欲しくなるよ……。

 食事を終え、俺と御子さん家族は再びソファーで酒を飲みながら大晦日の特番を見る。


「この芸人は、今年良く見たな」


「人気が有りましたからね」


「どうせ一発屋よ」


 終盤に差し掛かった人気バラエティー番組を見ながら、俺たちはそんな話しをする。

 御子さんは今度はワインを飲み始め、俺は御子さんのお父さんと同じウイスキーを水で割って飲んでいた。

 流石に少し良いが回って来た。

 御子さんは完全に出来上がっている。

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