第38話
名前を呼ぶだけで、なんでこんなに恥ずかしいのだろう。
小学生の時なんかは、何も思わなかったはずなのに、この年になると、異性の名前を呼ぶと言うだけで、羞恥心が出てくる。
「もう一回」
「え! 勘弁して下さいよ……」
「もう一回!」
本当にこの人は……。
俺は相変わらずな先輩に負け、もう一度名前を呼ぶ。
「御子……さん」
「まぁ……良いわ……合格」
「合格ってなんすか……」
そんな先輩と俺の事をマスターと片瀬さんは興味津々と言った様子で、ジッと見ていた。
「あの、店でイチャつくのはちょっと……」
「君が変な事言ったせいだよね!?」
原因を作った本人に、そんな事を言われたくは無い。
本当……お客さん少なくて良かった。
「あの……ついでにもう一つ聞いても良いですか?」
「何? もうあんまり変な事を聞かないでね」
「週に何回のペースで性行為を?」
「変な事聞かないでって言ったよね!!」
本当に最近の女子高生はわからない……。
*
大晦日前日、俺は今年最後のアルバイトをしていた。
そうは言っても、今日のバイトは午前中でおしまい、午後は荷物をまとめて先輩の実家に行く事になっている。
「いらっしゃいませ~」
いつもの営業スマイルを浮かべながら、俺は入店してきたお客さんにそう言う。
皆、年末とあって忙しいらしく、持ち帰りやドライブスルーのお客さんがいつもよりも多い。
「岬君、そろそろ上がって良いよ。お昼のピークになると、抜けられないし」
「すいません、ありがとうございます」
俺は店長に言われ、レジから厨房の奥のスタッフルームに引っ込んで行く。
今年もコレでバイトは最後か……。
そんな事を考えながら、休憩室に戻ると、そこにはお昼から俺と入れ替わりでバイトに入る、愛実ちゃんが居た。
「あ……」
「えっと……その……お疲れ」
「はい、お疲れ様です」
ニコッと笑って、返事を返してくれる愛実ちゃん。
この前の一件以降、愛実ちゃんを顔を合わせるのは、久しぶりだった。
あの日の夜の事もあり、なんだか気まずい空気が流れている気がする。
「先輩」
「へぇ!? な、なにかね?」
「ウフフ、そんなに緊張しなくても良いのに」
笑われてしまった。
だって、あんな事された相手と普通に話せる訳無いじゃん……。
「この前は、急にあんな事してすいません。でも、諦めがつきました」
「そ、そっか……ごめんね」
「謝らないで下さいよ、それに……先輩があの人を大切に思ってる事を知りましたから… …」
笑顔でそう言う愛実ちゃんを見て、俺は心が痛かった。
しかし、これが恋愛と言うものなのかもしれない。
誰かを選べば、誰かの思いを拒否する事になる。
恋愛と言うのは難しい………。
俺はそんな事を考えながら、バイトに向かう愛実ちゃんを見送った。
「愛実ちゃんにも、良い相手が見つかると良いな……」
俺はそんな事を考えながら、店を後にした。
俺は家までの道のりを急いで帰る。
昨日少しは準備をしたのだが、まだまだバックに入れていない物が多い。
俺は早く帰って準備をしなければと思い、いつもより早いペースで歩く。
「ただいまー」
「おかえり」
俺は玄関で御子さんに出迎えられ、中に入る。
あのマスターの一件があり、俺は先輩から御子さんに呼びかたを変えた。
最初はむずがゆい感じもあったのだが、最近は慣れてきてそうでも無い。
「御子さん、準備出来ました?」
「私は実家に帰るのよ? そこまでの準備は必要ないわ」
「それもそうですね」
俺の右腕にくっつきながら、先輩は呆れたように俺に言う。
先輩の実家か……どんなところだろうか?
俺は準備をしながら、そんな事を考えていた。
先輩が育った町、育った家。
俺は凄く興味があった。
楽しみにしながら、準備をしていると、俺のスマホが音を立てて震え始めた。
「ん、電話か……誰だろ?」
俺はスマホに手を伸ばし、画面を見る。
電話の相手は、先輩のお母さんだった。
この前の電話で、番号を聞かれ俺は番号を教えていたのだが、そのことをすっかり忘れていた。
若干驚きながら、俺は電話に出る。
「もしもし?」
「お久しぶりね…次郎さん』
「お、お久しぶりです。どうかしましたか?」
『いえね、もうそちらを出発したかと思いまして』
「あの……電車は十六時発なんでが……」
今の時間は昼の一時、いくら何でも今から家を出るのは早すぎる。
御子さんが電車の時間を伝えて居るはずなのだが……。
『あら、そうでしか……うちの馬鹿娘も準備は済ませていますか?』
「あ、はい。俺の隣に居ますけど、代わりますか?」
そう言った瞬間、御子さんは胸の前で手を交差させ首を横に振る。
どうやら、話しの流れから、俺の提案を察したらしい。
『いえ、馬鹿娘が拒否すると思いますので、大丈夫です。それよりも気を付けていらして下さいね。お待ちしていますから』
「あ、はい。ありがとうございます。俺も楽しみにしてます」
そう言って電話は終了した。
なんだかんだ言っても、心配なようだ。
良いお母さんだなと思いながら、何故か膨れっ面の御子さんの方を見る。
「あの……どうかしました?」
「別に……お母さんと仲よさそうね」
「自分の母親に嫉妬しないで下さいよ……」
先輩が嬉しい事に、俺の事が大好きなのはありがたいのだが、最近どうもヤキモチを妬きやすくなっている気がする。
そのたびに先輩は、俺にこう言ってくるのだ。
「じゃあ、ちゅーして」
「朝もしたじゃ無いですか」
「おかえりのちゅーしてないもん」
こんなバカップルみたいな会話が、最近は毎日だ。
まぁ、誰も見ていないところなら、別に俺も良いのだが……流石に最近は色々やり過ぎな気がする。
まぁ、そうは思ってもやるんだけどね……。
「じゃあ、目を閉じて貰って良いですか」
「ん……」
俺は先輩が目を閉じたのを確認すると、先輩を抱きしめて唇を重ねる。
しかし……。
「………!? ちょっと! 舌入れましたよね!?」
「ん……だめ?」
「ダメです!」
「ケチ……」
こんな感じで、先輩の家で何もなければ良いが……。
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