第29話

 いや、流石に大丈夫だろ……あの人だって大学生だぞ?

 体調を崩しても自分でどうにか出来るだろ……。

 そう自分に言い聞かせるが、どうしても気になってしまう。

 なにせ、あの人の本性を知っているのだ、気にもなってしまう。

 しかし、いつも俺は扱き使われている訳で、先輩を心配する義理など無いはずなのだが……。


「何やってんだ俺は……」


 気がつくと俺は、先輩のマンションに来ていた。

 俺のような一介の学生には、縁遠い立派な外観のマンションで、俺は先輩の部屋の番号を押し、エントランスでインターホンを鳴らす。


『は、はぁ……い』


 なんだこの今にも死んでしまいそうなうめき声は……。


「あ、あの俺です……岬です」


『え? な、なによ……この体調の悪いときに……』


「いや、あの……一応お見舞いに……」


『あ、あら……気が……効くじゃ……ない……の、飲み物とか……ある?』


「あぁ、買ってきましたよ、部屋には入らないので、お見舞いだけ渡させてください」


『しょ、しょうが……ない……わね……』


 先輩がインターホン越しにそう言った後、ガチャリとエントランスのオートロックが開いた。

 先輩の部屋は四階の角部屋。

 俺は先輩の部屋に到着し、部屋の呼び鈴を鳴らす。

 

「先輩、俺ですけど……」


 返事は返ってこなかった。

 

「先輩? 聞こえてますか?」


 俺はもう一度声を掛けるが、返事は無い。

 何かあったのだろうか?

 俺は少し心配になりながら、ドアノブに手を掛ける。


「ん……開いてる」


 いくらオートロックだからと言っても、コレは不用心だ。

 

「せんぱ……うわ! なんだこれ……」


 俺は玄関のドアを開けて、先輩に声を掛けようとする。

 しかし開けてビックリした。

 すさまじく汚い。

 廊下にまで服が散らかっているを俺は初めて見た。


「先輩!? 大丈夫ですか? 入りますよ?」


 俺はそう言って、玄関先に入って行く。

 なんだか嫌な予感がし、失礼かとは思ったが、俺は先輩の部屋の中に入っていった。

 廊下の先にあるドアを開けて、俺は驚いた。

 先輩が部屋の中で倒れていたのだ。


「先輩!!」


 俺は直ぐに、先輩の元に駆け寄り先輩に呼びかける。

 先輩は息を荒くしながら、苦しそうな表情を浮かべていた。


「大丈夫ですか!? 直ぐベッドにつれて行きます!」


「へ、変な事……したら……ぶっ飛ばす……から……」


「この状況下でそんな事するほど、俺は鬼畜じゃありません! 兎に角寝室は何所ですか?」


「そ、そこ……」


 先輩は隣の部屋を指差し、部屋の場所を伝えてくる。

 俺は言われたとおりの部屋に向かい、先輩をベッドに寝かせる。

 正直言うと、コレが女子大生の部屋か? と思うほど、どの部屋も散らかっていた。


「薬は飲んだんですか?」


「ん……飲んでないわよ……買ってないもの」


「じゃあ、何か食べました?」


「食欲が無いの……」


「はぁ……それじゃあ治るもんも直りませんよ……とりあえず、これ飲んで下さい」


「ん……」


 俺は先輩に、買ってきたスポーツドリンクを差し出す。

 予想通りというか、なんというか、この分じゃ風邪を拗らせそうな勢いだ。

 

「他になんか食べられる物とかありますか?」


「……ゼリー……」


「わかりました。じゃあ、買って来るので少し待ってて下さい。それと鍵貸して貰えますか? いちいちオートロック開けて貰うのも申し訳ないので」


「悪用……しないでよ……」


「こんな時にそんな事しません」


 俺は先輩にそう言うと、鍵の場所を聞き、一度外に買い物に向かった。

 幸いにも近くには、コンビニもスーパーもあり、店を探す手間は無かった。

 俺はスーパーでゼリーやスポーツドリンク、それに加えておかゆの材料と、薬局で風邪薬を買って、先輩のアパートに戻った。 


「先輩、コレ食べられますか?」


「ん……」


 先輩は短くうなずくと、俺の手からゼリーを受け取り食べる。


「じゃあ、次はコレ飲んで寝て下さい」


「薬……買ってきてくれたの?」


「一人暮らしなんですから、風邪薬くらいは置いておいた方が良いですよ、それと水分はしっかり取って下さい」


 俺は先輩にそう言うと、ベッドの隣の机にスポーツドリンクを置く。

 

「随分……気が利くわね……こんな……女に……」


「自覚あるなら、俺にもっと優しくして下さいよ。じゃあ、後は寝てて下さい」


 俺はそう言って、部屋を出る。

 そして、リビングに戻り部屋を見て俺は溜息を吐いた。


「はぁ……良くもここまで散らかせるもんだ……」


 俺はそうつぶやきながら、腕をまくって掃除を始める。

 なんでここまでするのか、自分でも不思議だった。

 それでも、何となくやってあげなくてはいけないと思ってしまった。

 洗濯物をまとめ、散らかっている物を片付ける。

 ゴミだけは、しっかり出しているようで、生ゴミなんかはあまり無かった。

 きっと匂いを気にしていたのだろう。

 掃除を始めて二時間、ようやく綺麗になった部屋を見て俺は満足する。

 

「何やってんだろ……俺」


 嫌な先輩のはずなのに、なんでこんなに頑張ってるのだろう?

 なんであんな先輩の為にここまでやってしまったのだろう?

 そんな事を考えながら、俺は先輩の夕飯にとおかゆを作り始める。


「な、何コレ……」


「あ、起きたんすか……待って下さい、今おかゆ出来るので」


「あ、あんた! 何やってるのよ」


「何って、掃除して飯作ってたんですよ」


「そ、そんな事私は頼んでないわよ!」


 少し元気になったようで、先輩はいつもの調子に戻っていた。

 ま、こう言う言われ方をするのでは無いかと、若干俺は思っていたので、あまりイライラしたりはしない。

 数ヶ月間先輩のわがままを聞いていたからか、耐性でも付いたのだろう。


「あんな汚い部屋で生活してるから、体調を崩すんです。それにゴミを捨てた時に見ましたけど、コンビニ弁当ばっかりじゃないですか、偶にはちゃんと暖かい物を食べないと……」


「うるさいわね! 私の勝手でしょ!」


「勝手じゃ無いですよ」


「え……」


 俺は少し強めに先輩に言う。

 言われた先輩は驚き、俺の方を向いて目を見開く。

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