第16話



 私、間宮御子は寒空の下を白い息を吐きながら歩いていた。

 向かっているのは薬局だ。

 今朝は酷い二日酔いで、立ち上がるのも辛かったが、案外直ぐ回復するものね。

 彼の介抱もあって、私はもうすっかり元の調子を取り戻していた。

 しかし、私の心はパニックだった。

 いつものように、彼に言った何気ない一言。

 今日もどうせ断られるのだろう、そう思っていた私だったのだが、今日は違った。

 付き合って一週間と半分、知り合って一年と半年。

 そう言う事を彼としたいと思った事は確かにあった。

 しかし、彼は付き合い始めてからというもの、彼は全くそう言った事をしてくる気配が無かった。

 それが、今日は私を求めてきた。

 女性として、好きな男性に求められる事は嬉しい。

 しかし、あそこまでそう言う行為に関して慎重だった彼が、いきなりそんな事を言い出したことに、私は若干不安を感じていた。


「い、いきなり何よ……もぉ……あんなに誘惑してもダメだったのに……なんで今日に限って……」


 そんな事を呟きながら、私は薬局に向かう。

 買うのは、その行為に必要な物なのだが、正直無くても出来る。

 しかし、お互いにまだ学生だし、極力そう言う事は避けたい。

 なので私はこうして薬局に来たのだが……。


「ど、どこに売ってるものなのかしら……」


 自分で言うのもなんだが、私はモテる。

 しかし、そういう行為は今まで行きて来た人生でまだ経験が無い。


「じ、次郎君を馬鹿に出来ないかもね……」


 私はそんな事を考えながら、売り場を探す。

 案外早くに売り場は見つかったのだが、また新しい問題が発生してしまった。

 

「……種類って……結構あるのね……」


 私が探していた物は、以外と種類が多かった。

 私はどれを買ったら良いのかわからなくなり、友人に電話を掛け始める。


『なによ?』


「あ、愛生ちゃん! ちょっと聞きたいんだけど!」


『その前に、昨日迷惑を掛けた私への謝罪は?』


「ごめん。それで相談なんだけど!」


『……相変わらずね……それで、どうしたの?』


「ゴムってどれが良いの!」


『切っても良いかしら?』


「真剣な話しなのよ!」


『そんなの適当に買っておけば良いじゃ無い……』


「て、適当で大丈夫なの? 破れない?!」


『大丈夫じゃない? 知らないけど。何? 使うの?』


「ま、まぁ……予定が出来たと言うか……」


『ふーん……昨日私にあれだけ迷惑掛けたのに、アンタは岬君と良い感じになれたと……』


「そのことは謝ったじゃない!」


『昨日飲んだお酒、全部私の家のなんだから、返してくれるわよね?』


「そ、それは……」


『まぁ、良いけど。アンタもあんまりわがままだと、愛想尽かされるわよ。少しは可愛げ見せないと』


「わ、わかってるわよ!」


『言っとくけど、可愛げと色気は違うわよ?』


「知ってるわよ!!」


 そう言って私は、電話を切る。

 可愛げくらい、彼の前では出している。

 私はそう思いながら、目的の物を手に取り、カモフラージュに化粧水を一緒にレジに持って行く。

 エッチな本を買う中学生はこんな気持ちなのだろうか?

 などと考えながら、私はレジを済ませて家までの道を帰り始める。


「可愛げか……」


 私は可愛げが無いのだろうか……。

 周りのどうでも良い人間からは、良く可愛いだの綺麗だのと言われる。

 しかし、肝心の彼は私にあまりそう言った事を言ってこない。


「無いのかなぁ……」


 そりゃあ、私だって好きな人からは可愛いと思われたい。

 しかし、相手は年下だ。

 年下にあまりそう言った面を見せるのは、年上としてなんか嫌だ。

 それに彼からは、大人っぽい女性と思われていたい。


「ま、まぁ……昨日の事は色々あったけど……な、仲は悪くないし……」


 仲は良好だし、昨日だってなんだかんだで私を迎えに来てくれた。

 ………でも、私は彼に何かしてあげた事があっただろうか?

 食事の用意も家事も、同棲してからは彼が嫌な顔一つせず、すべてやってくれている。

 彼は優しい、私がどんなにわがままでも、理不尽に怒っても、本気で怒ったりしない。

 それに比べて私は……。


「……家事……手伝ってあげようかしら」


 私はそんな事を呟きながら、彼のアパートに到着する。





「コ、ココアでいいかな?」


「はい……」


 俺は今、バイト先の後輩の女の子と、部屋に二人っきりで居る。

 しかし、雰囲気は和やかなものでは決してなく、どこかピリピリしていた。

 原因は、バイト先の後輩である愛実ちゃんだ。

 さっきから笑顔のままなのだが、その笑顔が全然笑顔じゃない。

 言ってしまえば、愛実ちゃんの後ろに邪神が見えて来る。


「は、はい」


「ありがとうございます、先輩」


 俺は愛実ちゃんにココアを出し、向かい合って座る。

 先輩がいつ帰って来るかわからないが、俺は今日、愛実ちゃんの気持ちに答えられない事をハッキリ示す為に家に上げた。

 俺にはもう、先輩が居る。

 だから、愛実ちゃんには新しい恋に進んで欲しかった。


「先輩」


「は、はい!」


「ウフフ、どうして敬語なんですか? いつも通りで良いんですよ」


「あ、あはは。そ、そうだよね……」


「ウフフ、可笑しな先輩ですね」


「あ、あはは……」


 やべーよ、全く笑えねーよ……。 

 だって、愛実ちゃんの目が全然笑ってないんだもん!

 恐いよ!

 浮気がバレた夫ってこんな気持ちになるのか?!

 俺はそんな事を思いつつも、話しの本題に入っていく。


「ま、愛実ちゃん……」


「はい? なんですか?」


「こ、この前の話しの続きなんだけど……」


「なんですか?」


「あ、あのさ……ほら、もう俺と先輩って同棲までしてたりするからさ……その……奪うとかそう言うのやめて、他の恋をして欲しいっていうか……」


「先輩……」


「は、はい?」


「知ってますか? 同棲まで行ったカップルって案外結婚しないもの何ですよ」


「へ、へぇ~……そ、そうなんだ……」


「その原因ってなんだかわかります?」


「さ、さぁ? お、俺には全く……」


「お互いを知りすぎて、嫌な部分も見えてきて、しかも四六時中一緒だから、鬱陶しくなって、どちらかが浮気するんです」


「な、なるほどねぇ……」


 愛実ちゃんはそう話しながら、どんどんと俺の方に寄って近づいて来る。

 俺は愛実ちゃんから離れるようにして、すこしづつ距離を取る。

 最近の女子高生は、ませていて困る。

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