第30話

「俺……一応心配で来たんですから……」


 俺は先輩にそう言う。

 確かに嫌な先輩だった。

 でも、先輩は先輩で色々と苦労している事を知ってしまった。

 だからだろうか、そこまで先輩を嫌いになれなくなってしまったのかもしれない。

 良くも悪くも、この人は俺にだけは本心を出していた。

 だからかもしれない、この人が誰にも頼れなくなった時、もしかして頼れるのは俺だけ何じゃ無いかと、そう思ってしまった。


「か、関係無いでしょ……」


 先輩は顔を真っ赤にして、弱々しくそう言う。

 恐らく興奮して熱が上がったのだろう、俺は先輩に椅子に座るように言い、おかゆを先輩の前に出す。


「口に合うかわからないですけど」


「あ、あんた……料理なんて出来るのね……」


「俺も一人暮らしなんで……あ、先輩もでしたね」


「う、うっさいわね!」


 先輩はそう言うと、俺の作ったおかゆを食べ始めた。

 食欲も戻ったようで安心した。

 先輩は何も言わずに、俺のおかゆを食べ終え、一言だけ俺に感想を言った。


「ま、食べれはしたわ」


「それは良かったです」


 ばくばく食ってた癖に……。

 そんな事を思いつつも、誰かに食事を振る舞った事なんてなかった俺は、先輩の良い食べっぷりを見て、少し嬉しかったりする。


「じゃあ、俺はコレで帰りますんで」


「そ、そう……」


「はい、あ。食後に薬を飲むのも忘れないで下さいよ」


「わ、わかってるわよ……」


 俺は先輩にそう言い、先輩の家を後にしようと玄関のドアノブに手を掛けた。


「あ、ありがとね……い、色々と……」


 俺は自分の耳を疑った。

 あのわがままな先輩が俺にお礼を言ったのだ。

 今までそんな事を言われた事など、一度も無かった。

 だから、俺は思わず先輩の方を振り向いてしまった。


「な、なによ……」


「いえ……明日は槍でも降るのかと……」


「失礼ね! 私だってお礼くらい言うわよ!」


 





「懐かしいな……」


 昔の事を思い出し、俺は笑みを浮かべる。

 思えばあの後からだった、先輩が頻繁に家に来るようになって、一緒にゲームをするようになったのは……。


「わがままなのは、今も変わんないか……色々変わったけど」


 俺は一人でそんな事を思いながら、笑みを浮かべる。

 待ち合わせの時間まで、あと一時間を切った。

 俺はそろそろ準備をしようと、着替えを始める。

 

「よし、行くか……」


 着替えを済ませ、身なりを整えた俺は、先輩との待ち合わせ場所に急ぐ。

 待ち合わせは、駅の外にあるモニュメントの前、クリスマスとあってか、駅前の人もいつもより多い気がする。

 俺は待ち合わせの五分前に、待ち合わせ場所に到着した。

 まぁ、先輩の事だから、俺より早く来ている事なんて無いだろう……。

 そう思っていた俺の予想は大きく外れた。

 駅前のモニュメントの前に、女性をナンパする男性二人組が居た。

 俺はまさかと思い、その女性の顔を見てみると、案の定その人だった。


「先輩」


「あ、ごめんなさい、彼が来たから」


 先輩はナンパ男二人にそう言い、俺の元に駆け寄って来て、腕に抱きつく。

 男達は、つまらなそうな顔でどこかに行ってしまった。


「相変わらず、おモテになりますね」


「しょうがないでしょ? 私が綺麗なんだから」


「相変わらずで」


 俺は先輩にそう言うと、改めて先輩を見る。

 恐らく美容院に行って来たのだろう、髪にウェーブが掛かっており、服装も気合いの入ったミニスカートだった。

 タイツを履いては居るようだが、良く寒く無いなと思いながら、俺は先輩に一言だけ言う。

「似合ってますね」


「当然でしょ?」


「そこはありがとうでは?」


「じゃあ、ありがと」


「なんだかなぁ……」


 先輩は今日もいつも通りのようだった。

 しかし、俺とのデートの為にわざわざ美容院に行ったり、お洒落をしたりと色々準備をしていた事を考えると、なんだかいつも以上に綺麗に見える。

 まぁ、実際この人はいつも綺麗なのだが。


「上映時間は大丈夫なの?」


「余裕ですよ」


「そう、なら良いけど。ちなみに……」


「ちなみにカップルシートですよ」


「え、あ……そ、そう」


「あれ? 聞きたかったのってそのことじゃ無かったですか?」


「そ、そうなんだけど、良く席が取れたわね……今日はクリスマスだから、席埋まりやすいって聞いたけど……」


「まぁ、一ヶ月前から予約してれば、余裕ですよ」


「い、一ヶ月!?」


 そう、俺はこの日の為に、一ヶ月前から既に準備を始めていた。

 お勧めの映画を探し、映画館の予約を取り、プレゼントを選びと中々に大変な一ヶ月だった。

 折角クリスマスにデートをするのだから、どうせなら喜んで欲しい。

 だから俺は、頑張って準備を進めてきた。

 

「ま、まぁ……早く予約しないとと思って、一人で盛り上がってただけです…」


「ふ、ふぅ~ん……そ、そうなんだ……そんなに私とデートしたかったんだぁ…」


 恐らく俺をからかおうとしているのだろうが、先輩の口元はピクピクと動いており、必死でニヤけるのを堪えているのがわかった。

 よかった、まず出だしは好感触のようだ。

 俺はそんな事を思いながら、先輩と映画館に向かう。


「うわ、夜なのに混んでるわね」


「そうですね、でも時間的には問題無いですよ」


 映画館は夜だと言うのに、多くの人で賑わっていた。

 そのほとんどがカップルであり、今日がクリスマスであることを強く印象づけていた。

 

「やっぱり、みんな先輩の事を見てますね……」


「当たり前でしょ? だって私可愛いもん」


「先輩のそういうところ、俺は一周回って好きになってきました」


「あら、ありがと。私も次郎君のこと好きよ」


「それはどうも」


 そんな会話をしているうちに列は進み、俺と先輩は無事に受付を済ませて席に案内される。

「うわ、凄いわね……ほとんど個室じゃない」


「そうですね、ソファーもふかふかですよ」


 案内されたカップルシートは、個室のようになっていて、ソファーと横にテーブルが置かれていた。

 ソファーに座ると、一面だけガラス張りになった壁から、スクリーンが見えるようになっており、リラックスして映画が見れるようになっていた。

 いやぁ……高かっただけあるなぁ……。


「この席、結構高かったんじゃない?」


「今日はそういうの気にするのやめましょうよ。折角のクリスマスですし」

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