第30話
「俺……一応心配で来たんですから……」
俺は先輩にそう言う。
確かに嫌な先輩だった。
でも、先輩は先輩で色々と苦労している事を知ってしまった。
だからだろうか、そこまで先輩を嫌いになれなくなってしまったのかもしれない。
良くも悪くも、この人は俺にだけは本心を出していた。
だからかもしれない、この人が誰にも頼れなくなった時、もしかして頼れるのは俺だけ何じゃ無いかと、そう思ってしまった。
「か、関係無いでしょ……」
先輩は顔を真っ赤にして、弱々しくそう言う。
恐らく興奮して熱が上がったのだろう、俺は先輩に椅子に座るように言い、おかゆを先輩の前に出す。
「口に合うかわからないですけど」
「あ、あんた……料理なんて出来るのね……」
「俺も一人暮らしなんで……あ、先輩もでしたね」
「う、うっさいわね!」
先輩はそう言うと、俺の作ったおかゆを食べ始めた。
食欲も戻ったようで安心した。
先輩は何も言わずに、俺のおかゆを食べ終え、一言だけ俺に感想を言った。
「ま、食べれはしたわ」
「それは良かったです」
ばくばく食ってた癖に……。
そんな事を思いつつも、誰かに食事を振る舞った事なんてなかった俺は、先輩の良い食べっぷりを見て、少し嬉しかったりする。
「じゃあ、俺はコレで帰りますんで」
「そ、そう……」
「はい、あ。食後に薬を飲むのも忘れないで下さいよ」
「わ、わかってるわよ……」
俺は先輩にそう言い、先輩の家を後にしようと玄関のドアノブに手を掛けた。
「あ、ありがとね……い、色々と……」
俺は自分の耳を疑った。
あのわがままな先輩が俺にお礼を言ったのだ。
今までそんな事を言われた事など、一度も無かった。
だから、俺は思わず先輩の方を振り向いてしまった。
「な、なによ……」
「いえ……明日は槍でも降るのかと……」
「失礼ね! 私だってお礼くらい言うわよ!」
*
「懐かしいな……」
昔の事を思い出し、俺は笑みを浮かべる。
思えばあの後からだった、先輩が頻繁に家に来るようになって、一緒にゲームをするようになったのは……。
「わがままなのは、今も変わんないか……色々変わったけど」
俺は一人でそんな事を思いながら、笑みを浮かべる。
待ち合わせの時間まで、あと一時間を切った。
俺はそろそろ準備をしようと、着替えを始める。
「よし、行くか……」
着替えを済ませ、身なりを整えた俺は、先輩との待ち合わせ場所に急ぐ。
待ち合わせは、駅の外にあるモニュメントの前、クリスマスとあってか、駅前の人もいつもより多い気がする。
俺は待ち合わせの五分前に、待ち合わせ場所に到着した。
まぁ、先輩の事だから、俺より早く来ている事なんて無いだろう……。
そう思っていた俺の予想は大きく外れた。
駅前のモニュメントの前に、女性をナンパする男性二人組が居た。
俺はまさかと思い、その女性の顔を見てみると、案の定その人だった。
「先輩」
「あ、ごめんなさい、彼が来たから」
先輩はナンパ男二人にそう言い、俺の元に駆け寄って来て、腕に抱きつく。
男達は、つまらなそうな顔でどこかに行ってしまった。
「相変わらず、おモテになりますね」
「しょうがないでしょ? 私が綺麗なんだから」
「相変わらずで」
俺は先輩にそう言うと、改めて先輩を見る。
恐らく美容院に行って来たのだろう、髪にウェーブが掛かっており、服装も気合いの入ったミニスカートだった。
タイツを履いては居るようだが、良く寒く無いなと思いながら、俺は先輩に一言だけ言う。
「似合ってますね」
「当然でしょ?」
「そこはありがとうでは?」
「じゃあ、ありがと」
「なんだかなぁ……」
先輩は今日もいつも通りのようだった。
しかし、俺とのデートの為にわざわざ美容院に行ったり、お洒落をしたりと色々準備をしていた事を考えると、なんだかいつも以上に綺麗に見える。
まぁ、実際この人はいつも綺麗なのだが。
「上映時間は大丈夫なの?」
「余裕ですよ」
「そう、なら良いけど。ちなみに……」
「ちなみにカップルシートですよ」
「え、あ……そ、そう」
「あれ? 聞きたかったのってそのことじゃ無かったですか?」
「そ、そうなんだけど、良く席が取れたわね……今日はクリスマスだから、席埋まりやすいって聞いたけど……」
「まぁ、一ヶ月前から予約してれば、余裕ですよ」
「い、一ヶ月!?」
そう、俺はこの日の為に、一ヶ月前から既に準備を始めていた。
お勧めの映画を探し、映画館の予約を取り、プレゼントを選びと中々に大変な一ヶ月だった。
折角クリスマスにデートをするのだから、どうせなら喜んで欲しい。
だから俺は、頑張って準備を進めてきた。
「ま、まぁ……早く予約しないとと思って、一人で盛り上がってただけです…」
「ふ、ふぅ~ん……そ、そうなんだ……そんなに私とデートしたかったんだぁ…」
恐らく俺をからかおうとしているのだろうが、先輩の口元はピクピクと動いており、必死でニヤけるのを堪えているのがわかった。
よかった、まず出だしは好感触のようだ。
俺はそんな事を思いながら、先輩と映画館に向かう。
「うわ、夜なのに混んでるわね」
「そうですね、でも時間的には問題無いですよ」
映画館は夜だと言うのに、多くの人で賑わっていた。
そのほとんどがカップルであり、今日がクリスマスであることを強く印象づけていた。
「やっぱり、みんな先輩の事を見てますね……」
「当たり前でしょ? だって私可愛いもん」
「先輩のそういうところ、俺は一周回って好きになってきました」
「あら、ありがと。私も次郎君のこと好きよ」
「それはどうも」
そんな会話をしているうちに列は進み、俺と先輩は無事に受付を済ませて席に案内される。
「うわ、凄いわね……ほとんど個室じゃない」
「そうですね、ソファーもふかふかですよ」
案内されたカップルシートは、個室のようになっていて、ソファーと横にテーブルが置かれていた。
ソファーに座ると、一面だけガラス張りになった壁から、スクリーンが見えるようになっており、リラックスして映画が見れるようになっていた。
いやぁ……高かっただけあるなぁ……。
「この席、結構高かったんじゃない?」
「今日はそういうの気にするのやめましょうよ。折角のクリスマスですし」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます