第3話「始まりの前奏曲」


 3月2日、月曜日と言う事もあって開店直後の『オケアノス・ワン』は混雑している様子はない。

来店している客層も、大体がメダルゲーム目当ての40代辺りがメインか? リズムゲームのスペースはガラガラと言ってもいいだろう。

ただし、その中でも例外の機種があった。言うまでもなく――リズムゲームVSである。

「整理券番号が既に2ケタ――」

「一体、どれだけのプレイヤーがいると言うのか?」

「他の店舗にもあるはずなのに、ここに集まる理由は何だ?」

 ギャラリーの一人は、この店舗だけにプレイヤーが集中している理由が分からないでいた。

他にもリズムゲームVSが設置されている店舗は存在し、草加市内でも50店舗は存在すると言われている。

公式サイト調べでは、埼玉県内でも100店舗に置かれているという情報もあるのだが――。

 それを踏まえると――ここにだけプレイヤーが集中する理由は不明である。プレイしたい場合には混雑しない穴場を狙うはずだろう。

ネット上では他の店舗の方が逆にプレイしやすい程に混雑が減っている話もある位なので――単純にプレイしたければ別の店舗を選択する。

それが、この『オケアノス・ワン』に集中する理由は何なのか?



 その一方で、本日は休養日としたプレイヤーもいる。誰かと思えば、村正(むらまさ)マサムネだった。

彼女は谷塚駅の近くにある鉄筋の二階建て一軒家に暮らしているのだが――厳密に一軒家と言う訳ではなく、ここは別の役目ももっている。

『ゲームをプレイする際は他のプレイヤーに迷惑にならないように――それが我々の活動にも重要なのだ』

 何時もの口調で配信を行っているのだが――実は、ここがムラマサの自宅兼バーチャルゲーマーとしてのスタジオだった。

そして、服装も何時ものスク水で撮影している訳ではなく、赤色のジャージである。上下ジャージで、口にはスーパーで買ってきた醤油せんべいをかじっていた。

生放送と言っても、先ほどの台詞は高速タイピングで打ちこんでいる物であり、いわゆる字幕と言ってもいいだろう。

せんべいをかじっていても、彼女がお茶をすすっていても――その音を中継で拾う訳ではない。

 そして、スタジオと言っても他のバーチャルゲーマーにも格安でレンタルをしている事もあり、そのレンタル料金が彼女の収入となっている。

あまり広くはないのだが――小規模のゲーム大会を開く事も可能だし、防音設備もバッチリなのでパーティーも開けるのだが――さすがに深夜時間帯でレンタル人はない。

パソコンもムラマサが配信で使っている物以外にも三台、家庭用ゲーム機は二十台以上――ある意味でもこのゲーム環境ならば、実況者からもレンタル希望が出ても不思議ではないが――。

「これだけの環境が整っているのに、スタジオレンタルはバーチャルゲーマー限定か――」

 別のパソコンで配信を行っている同業者の男性がつぶやくが――それは彼女には聞こえていないだろう。

実況者を別に嫌っている訳ではないのだが、夢小説勢の暴走は自分にとってもトラウマなので勢力の根絶が確認出来るまではNGを貫くらしい。

バーチャルアイドルであれば、バーチャルゲーマー出なくても配信できるので物好きしか来ないことはないのだが。



 午後1時、このスタジオに物好きなバーチャルゲーマーがまた一人――。

「スタジオレンタルですか? それとも――」

「私は、あくまでムラマサに――」

 女性スタッフの一人が、ムラマサに用があると言う人物を注視する。

緑色のミディアムヘアーに2本のアホ毛――しかし、彼女の服装は明らかにクノイチのソレだ。

「コスプレイヤーの専用スタジオではないのですか――」

 スタッフは彼女の外見を見て困惑をする。しかし、彼女の方は何故にムラマサの名前を知っているのか?

単純にファンと言う訳ではないようだが――呼ぶかどうか躊躇していた。

「――あ、はい。そう言う事でしたら――」

 女性スタッフの耳には小型インカムが装着されており、そこから誰かの声が聞こえた。

おそらくは、ここの主であるムラマサだろうか。最終的にはムラマサが通すように指示を出した関係もあり、彼女は客人用ルームへ案内された。



 客人用ルームには、畳10枚ほどのスペースにパイプテーブルとパイプ椅子、他のイベントですぐに対応できるように大きめの家具は置かれていない。

その一方で、様々なバーチャルゲーマーのポスターが貼られており、ムラマサと似たような外見のユニコーン、ぽっちゃり気味な水着女性、侍な女性も――。

通されたクノイチも貼られているポスターの半数が、紙ではなく何処かからCGで表示されていると見破ったが――女性だらけなのには少し困惑する。

「まさか、ここに来るとは予定外――我がアカシックレコードにも、記載はなかったぞ――ファーヴニル?」

 ムラマサは、部屋の中で待機していた人物がファーヴニルだと言う事に、少し驚いているようでもあった。

ちなみに、ここに姿を見せたムラマサはCGで出来ており――本物ではない。本人は別スタジオで動画編集中なのである。



 3月3日、別の店舗で起きたある事件がネット上で話題となっていた。

【不正プレイか? フルコンボ大量量産プレイヤーにチート疑惑】

 まとめサイトでは既にチートプレイと断定されているが、一連の不正スコア登録に関してである。

不正な挙動で登録されたスコアは、運営の警告なしでカウントはされない。例えば、リズムゲームVSを2人でプレイする――という行為だ。

これに関して言えば、プレイ動画の録画やセンターモニター用の中継をする為に標準装備となっているカメラでプレイしている様子が録画されるので、無駄と言えるだろう。

問題は、そう言った目立つような手段以外でのチート行為である。例えば――VR系でも問題視されているチートチップの存在だ。

このチップは一時期に問題となったVRゲームにおける違法改造で使用されていたのだが、最近は目撃例はなかったはずの物である。

「リズムゲームでチートとは――」

 サイトのニュースがトレンドになった事をつぶやきサイトで知ったビスマルクは、話題の店舗とは別の店舗へと向かう。

場所的には谷塚駅から徒歩5分程の場所にあるスーパーで、どう考えても『オケアノス・ワン』でも大型機種と肩を並べる筺体があるはずは――。

「改めて思うが、こういう場所ならば不正プレイが出来るとでも思ったのか?」

 ビスマルクもこの状況には、さすがに呆れかえるしかない。

まさか、ゲーセンとは無縁の様な場所にも本当にあった事実に。しかも――2台の筺体が並んでいる状態で。

センターモニターは存在しないが、整理券発行の為に使用される簡易端末は置かれている。この状況は別の意味で違和感を持つだろう。

 今はお昼時なので買い物客も多い訳ではないが、夕方になれば特売で買い物客が多く来るであろうスーパーに、この機種が置かれている事――。

さすがのゲーマーであるビスマルクも言葉を失うのは無理もない。そして、そこでプレイしているプレイヤーの使用しているアバターと言うのが――。

(やはり、その組み合わせか。別のFPSで問題視されたチートガジェットを、ここで使うのか――)

 プレイしている途中で声をかければ、逆に不審者と警備員を呼ばれかねないので――プレイが終わるのを待つしかない。

不幸中の幸いと言えるのは、リズムゲームVSでは連コインがシステム的に不可能となっている事だろう。

整理券発行システムは一番の例と言えるかもしれない。こうした不正プレイを防ぐ為のシステムを導入する事で、一般からのクレームを防ぐ狙いがあるのは目に見えている。

対戦格闘のような初心者狩りみたいに目立った事例がないのに――リズムゲームと言うだけでガチャ課金の如く炎上させる勢力もいるからだ。

こうした炎上勢力を封じる為にも――運営側も苦労しているのである。



 プレイを終えたプレイヤーに対し、ビスマルクは声をかけた。プレイが終わった以上は、不審者とは言われないだろう。

「チートプレイは、そのゲームの民度や品位を落とす事になる――それを身をもって知れ」 

 さすがのビスマルクも、先ほどまでのプレイをしている様子を見ていた。それを踏まえて、彼女は本気で怒ってのである。

ただし、表情で分かりやすいような物や上から目線で怒鳴るのも――SNSでアップされて炎上するのは決定的だ。

先ほどのプレイヤーがいわゆる超有名アイドルファンが雇ったフラッシュモブ等の部類だと、更に事情が複雑化するだろう。

 ビスマルクの外見はコートに袖を通さず、更には軍服を思わせるデザインの上着――明らかにコスプレイヤーのソレである。

プレイヤーの方が、そんな素人コスプレイヤーまがいの人物を信用する訳もない。それも一理あるだろう。

さすがに不審人物として警察に突き出す訳には――と言っても、信じてはもらえない。そんな事をすれば、炎上するのは通報した自分である。

「これが、本当の上級ランカーによるプレイと言う物だ――」

 その後、ビスマルクの番が来たので――そのままプレイする流れになった。

丁度、整理券発行の機械で電子マネーのチャージを行ったばかりなので、残額は1000円と少なめだが――。

このプレイを見てからでも――そうチートをしたプレイヤーは考えたが、それが一種の負けフラグとなった。

「嘘だろ――」

「スーパーで買い物していたら、その帰りにビスマルクがプレイしているとか――何の冗談だ?」

「有名プレイヤーはプレイする場所を選ばないか――」

 途中からは他のプレイヤーも集まって来たので、そろそろ退散時――ともビスマルクは考える。

結局は1プレイのみで切り上げたが、彼女のプレイは周囲のプレイヤーに実力こそが全てと言わんばかりのアピールをしたのは間違いない。

「私は不正プレイと、それが横行するようなプレイ環境を許さない。チートプレイで金儲けをしようなんて――」

 何かを言いたそうだったが、これ以上はギャラリーが集まり過ぎてしまうので退散する事にした。

先ほどのチートを使用したプレイヤーはプレイ履歴で不正が発覚し、アカウントが凍結される事になったのは言うまでもない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る