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 3月26日、スキルを調整していた南雲(なぐも)ヒカリが『オケアノス・ワン』草加店へ姿を見せた。

昨日は自宅でスキルカスタマイズを行っていたり、他にも事情があって行けずじまいだったようである。

これに関しては昨日に姿を見せなかった事で別の意味でもネット上で言及される事になったが――。



(ここまでカスタマイズ幅が変化していたとは――)

 公式ホームページを見て驚いたのは、カスタマイズの変化だった。

今までは所持スキルで変化する要素がゲージの増減幅やコンボ程度と言った物で、ある意味でも初心者救済の意味合いが強い。

 しかし、今回のシステム変更でカスタマイズによっては――更なるスキルが追加されたのだ。

一定回数のミスでもゲージが減少しない、スコアの倍率変更、判定緩和、コンボの倍率変動――と言った既に使用可能だったスキル以外にも、思わぬものが追加されていた。

(なるほど――そう言う事か)

 本来であれば別のリズムゲームであればオプションで設定できるような部類、それをスキルに持ってきたのである。

例えば、ノーツが落ちる若干手前で消え、判定ライン近くで再び出現する――というプレイヤーによっては使用しないようなスキルまで追加された。

 リズムゲームにスキルと言う要素を持ち込むのもチートではないのか――という議論もあるかもしれないが、これも一種の救済処置と判断するプレイヤーもいる。

スコアトライアルにはノースキルと言う上級者向けもあるので、そこで差別化すると言う事だろう。

ただし、上級者向けスキルを救済処置と言うかは仕様を見れば微妙と言える。むしろ、魅せプレイや上級者プレイヤー向けだろうか。

「スキルシステムが解禁されたとしても、今の私には――」

 やはりというか、彼女のプレイはシステム解除前とは変りがない。

周囲のギャラリーも南雲ことデンドロビウムのプレイには驚くばかりである。

テンプレなリアクションしか出来ないのは、今に始まった事ではないのだが――。

「やはり、デンドロビウムのプレイは格が違う」

「トップランカーは彼女で――」

「ソレは分からないだろう。彼女の上には、ビスマルクもいる」

「それもそうだな。デンドロビウムは未プレイ期間も少しあった――」

「しかし、それをあっさりと縮めてしまいそうなのが彼女の怖い所か」

 プレイをセンターモニターで見ていたギャラリーからも、この反応である。

デンドロビウムはログインしたのが数日前――スキル解禁後のプレイは今回が初ではない一方で、他プレイヤーとのスコア差は確実に出ていた。

格闘ゲーマーでも数日プレイしないと感覚が鈍るとも言われているが、リズムゲームの場合は相当な機種でもない限り――それを取り戻すには相当なプレイが必要とも言われている。

しかし、デンドロビウムの場合は数日程度のリハビリプレイだけで鈍っていたリズム感覚を取り戻していた。

 まるで錆止めスプレーをひと吹き――と言うレベルである。

「信じられない――」

 その様子をセンターモニターで見ていたのは、ユニコーンだった。

彼女は特に動画の収録日等ではないので、ここに来ていたと言えるだろう。ギャラリーの数も少ないので、練習を兼ねて来たと言うべきか?



 それとは別に様子を遠方で見学していたのは、村正(むらまさ)マサムネである。

彼女も一時期は別ゲームをプレイしていたが、デンドロビウム同様にあっさりと感覚を取り戻していた。

ムラマサの場合はデンドロビウムとは違い、プレイ歴が浅い事も逆に影響しているのだろう。

デンドロビウムとは違う方法で感覚を取り戻しているのだが、その方法は単純なもの――。

 それは、別のリズムゲームを気分転換でプレイすることだ。デンドロビウムとは違い、彼女はリズムゲームが苦手としている。

そうした事もあってリズムゲームVSではスコアが伸びない現実もあった。それを何とかする為に別のリズムゲームに触れる機会もあったのである。

それが――彼女にとってはいい薬となっていた。

「この方法って、リズムゲーマーにとっては――」

 ムラマサは今回の方法に思う部分がある。下手をすれば、沼にはまる可能性もあったからだ。

どのジャンルでも沼にはまる事は――自分を見失う可能性を意味している。だからこそ――特定ジャンルに強く肩入れする事をムラマサは避けていたのだろう。



 デンドロビウムが3曲目に選曲した曲名を見て――周囲はざわつき始める。

「まさかの――レベル11?」

「あの状態で大丈夫なのか?」

 センターモニターで見ていたギャラリーが驚くのも無理はない。

彼女が選んだ楽曲のレベルは11――最大難易度12の次に難しい譜面を何の迷いもなく選んだのだ。

他のプレイヤーが容易に出来ないような事を、彼女は実行したのである。

「!?」

(これが、レベル11の――譜面?)

(あの豪雨の様なノーツを全部さばくと言うのか?)

 演奏が始まったと同時に、ゲーム画面には10個以上のノーツが上方に出現する。

曲調は序盤がゆっくりと言う事もあって、落ちてくる速度は遅めだ。

これならば対応できる――そう考えていたプレイヤーにとって、このノーツが降って来た後の光景は、悪夢の様であったと言う。



 曲調こそは序盤がスローに対し、Aパートに入ってからは高速パートだらけである。

BPMにすると200は越えているのかもしれない。400何て言ったら、ノーツの速度を微妙に変更しただけでも目で追うのは困難になるだろう。

素人では全く認識すらできないような事を――彼女はやっているのである。彼女の方は――無言と言ってもいいような状態で演奏を続けていた。

騒いでいるのは、あくまでもモニターで視聴しているギャラリー位だ。まるで、その様子は――アーティストのライブに匹敵する。

リズムゲームなので、ライブステージに似ているというのはあながち間違ってはいないだろう。

 騒いでいると言っても――周囲の他ゲームをプレイしているプレイヤーには迷惑をかけていないので、タチバナも静観している。

無茶かもしれないが『静かに騒げ』という事を彼らは行っていると言ってもいいだろうか。



 彼女の目つきが変化したのはBパートに突入してから――。ウィキ等でもBPMがスローに変化すると書かれている難所だ。

この楽曲はノーマルで5、ハイパーでも8と言う1ケタで何とか収まっている難易度であり、アナザーの11は異常と言えるだろう。

これでも『11では弱い』や『個人差譜面』とも言われており、中には『レベル10に変えてもおかしくない』と言う極端な意見も出てくるほどだ。

(難所は、ここだけ――これを突破すれば――)

 デンドロビウムは周囲の反応にこだわる理由はない。リズムゲームをどのようにプレイしても自由だ――そう考えていた。

だからこそ、コスプレイヤーがプレイしていても軽々しく叩くような事はしなかったのである。

 しかし、最近のリズムゲームを取り巻く環境の変化は――彼女にとって致命的なものだった。

バーチャルゲーマーの進出は新たな風を呼び込む為にも必要と黙認したが、いわゆるコンテンツ炎上勢やチートプレイヤーの参戦は我慢の限界と言える物。

コンテンツを炎上させれば、自分の居場所は消えてなくなってしまう。個々のゲームがサービス終了するのではなく、ジャンルその物の衰退を招きかねない。

 コンテンツである以上、永遠に続くような物もあるかもしれないが――それでも彼女は悪意ある人物がサービスを終わらせ、他のコンテンツを存在させる為のかませ犬であってもいい理由など――。

(今は考えるな――目の前の譜面に集中しないと)

 デンドロビウムの両手は、汗でぬれている訳ではないのだが――微妙に震えがあるのかもしれない。

集中力を途切れさせること――それをやってはいけない――そう思っている。



 その後のデンドロビウムは自らのプレイスタイルを崩すことなく――見事にクリアして見せた。

フルコンボではなかったのだが、難関の譜面をクリアした事は称賛に値するだろう。

彼女は単純に高難易度の譜面だからと言って選んだ訳ではなかった。おそらく、自分がプレイしたい楽曲だったからプレイしたのかもしれない。

この楽曲自体はスキルシステム解禁と同時に収録された新曲でもあり、現状でフルコンボを出したプレイヤーはいない曲でもあった。

(彼女は何を――リズムゲームに求めるのか)

 コンビニの外で、この動画を数時間後にチェックする事になったビスマルクは――あの場にいなかった事を後悔する。

そして、プロゲーマーでもある自分にとってもターニングポイントになるプレイなのは間違いない。

(これが――歴戦リズムゲーマーのスキルか)

 真剣にゲームをプレイするデンドロビウムの姿が――今の彼女にとって足りない物を見せたのかもしれないだろう。

リズムゲームプレイヤーの全てがデンドロビウムのプレイに対し、同じような印象は持たないのは百も承知だ。

その上で、ビスマルクは彼女が何を求めているのか――真剣に考えている。

(リズムゲームと言うジャンルに対し、彼女は――どう向き合っているのか?)

 彼女が提議した『デミゲーマー』と言う単語に対しても、真剣に向き合った結果が今回のプレイなのだろう。

そして、リズムゲームを愛するようなプレイスタイルでもなければ――ここまで真剣にプレイする動画の再生数は伸びない。

実際問題――この動画の再生数は既に十万を越えていた。それが、デンドロビウムと言うプレイヤーを――。

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