4-2
3月8日、この日も晴れである。ここ数日は曇りもあったが、本降りの様な雨が続いた事はない。
駐輪場の周囲を見て、ため息交じりに『オケアノス・ワン』草加店の自動ドアの前に立ったのは――ガーベラだった。
彼女のカジュアル――と言うよりはミリタリーチックなカバンの中には、リズムゲームVS用のタブレット端末が入っている。
エスカレータの方を少し振り向くが、エレベーターの方がタイミングよく来たので、そちらに乗って2階へと向かう。
エレベーターのボタンに視線を向けるも、2のボタンが光っているので2階へ向かうのは確実であり、せっかくなのでエレベーターに乗った。
他にも2人ほどの女性客に遭遇するが、こちらも目的は2階らしい。ただし、持ち物の中にボーリングの球が入っていそうなカバンがあったので――そう言う事なのだろうか。
2階に到着し、ガーベラを含めた乗っている客は全員降りた。やはりというか、あの2人はボーリング受付の方へ向かったので、ボーリングの客だったのが分かる。
その一方でガーベラは両替機とは少し形状の違う機械の方へと向かっている。丁度、リズムゲームVSのセンターモニターが隣にあるので、この機械の使用用途は明らかだろう。
(まずは、画面のボタンを押して――)
画面にはリズムコインと表示されているが、これは一種の仮想通貨ではなく――リズムゲーム用の電子マネーだった。
額面は100コインで100円と同価格、他のリズムゲームではコインではなくリズムコインでプレイするとサービスが得られるので、こちらを使うケースが多い。
コインの両替で時間を消費するより、こちらの方が楽と言う事かもしれないが――。
画面には額面で100コイン、500コイン、1000コイン、額面指定の4種類があるのだが――額面指定でも最大は3000円までである。
ガーベラは画面の1000コインの表示をタッチし、お札の投入口から1000円を入れた。
午後1時頃――他のプレイヤーもプレイしていた関係で、ようやく出番が来たようである。
単純に整理券の発行をしなかった事にも責任はあるのだが――。やはり、整理券システムは分かりづらいと言える瞬間でもあった。
(あの時は油断したが――)
ガーベラはリズムゲームVSのプレイが今回で2度目――。その一方で、ある程度のルール把握済みでもある。
「あれって、プロゲーマーの雪風晴香(ゆきかぜ・はるか)じゃないのか?」
「言われてみれば――数日前にもいたような気配だが」
「あの時はイースポーツで有名なゲーマーとは気づかなかったのだ」
ギャラリーの声が聞こえたのに加え、名前が――と思ったガーベラは画面をチェックしないで楽曲を選んでしまった。
その楽曲のレベルは5である。しかし、それを周囲が動揺したり指を刺したりするようはない。
レベル5と言えば、他のプレイヤーが演奏したレベルの平均である為か――誰もおかしいとは思わなかったのだ。
逆にレベル1や2と言う低難易度譜面を選んだ方がブーイングと言う状態だったのかもしれない。
《スターダスト・ユニット》
画面上には楽曲名とアーティスト表示が出ており、既にローディングも始まっていた。
後は楽曲と譜面の読み込みが完了するのを待つのみである。
(取り消しが出来ない以上は――やるしかない)
ガーベラの目つきが変化し、その目は真剣その物――FPSやシューティングの時に見せる表情に変化していた。
つまり、これが意味しているのは――。
「信じられない――」
「あの様子だと選曲ミスだったはずなのに――」
「あれが上位ランカーなのか?」
ガーベラは上位プレイヤーでも何でもないのだが、周囲の反応は上位ランカーを見るような眼に変化していた。
手つきこそはぎこちないような物だったのは間違いないだろう。フルコンボでクリアした訳ではなく、ニアミスを含めて取りこぼしだってある。
それでもリアクションがブーイング混ざりの様なものではなかったのは、彼女がリズムゲームをプレイする姿勢が遊び半分ではなく真剣だったからかもしれない。
(この反応は――?)
3曲をプレイし終えて、周囲の反応がFPSで負けた時の反応と違っていた事に――ガーベラは違和感を持つ。
しかし、それと同時にリズムゲームの環境は他のゲームのソレとは違う物だと言う事にも気付いた。
それから1週間が経過した3月14日、様々なプレイヤーの活躍がサイト等で取り上げられる中で、それは起こった。
ネット上では既に一種の祭り状態になっており、衝撃度の大きさは明らかである。
【これは想定外だ】
【一体、何が起こった?】
【上位の顔触れが変わったと思ったら、3位にはガーベラがいるぞ】
【短期間のトレーニングでスコアが上がる物なのか?】
【付け焼刃では順位の維持は難しい。特にリズムゲームは】
【プレイ動画のチェックやネットサーフィンだけではだめなのか?】
【格ゲーとは原理が違う。それで上手くなれるほどリズムゲームは甘くない】
様々な反応があるのだが、ランキングの顔触れにガーベラがいる事に違和感を持っているプレイヤーが多かった。
付け焼刃で上位を維持できる程、リズムゲームが甘くないのは誰もが分かっている事実である。
実際問題、そう簡単に攻略出来たら困ると言う事で難易度が簡単に上げられるのが――リズムゲームなのだ。
譜面の配置、降ってくるノーツの数を変えるだけでも難易度が体感で急激に上がる事は、格ゲーやFPS、アクション系では普通考えられない。
ある意味でお手軽に難易度を上げる手段が存在するのもリズムゲームなのだ。
実際、同人ゲームで人間がクリア出来るのか疑わしい発狂譜面は存在し――これらをクリアしようと挑戦し、玉砕していくプレイヤーは数知れない。
それと同じ事を公式がやっているとしたら――? 真実かどうかは疑わしいにしても、格ゲー等のように繊細な調整はあまり必要とされないのがリズムゲームなのかもしれないだろう。
一部機種では、難易度の扱い方がアレ過ぎて作り直しになった事例があったり、譜面難易度が簡単過ぎて数日で全譜面が理論値達成と言う事例も――あるのかもしれない。
【このランキングって、機種は?】
【そう言えば、機種は――!?】
【どういう事だ? これは何かの間違いでは?】
【同人ゲームならば分かるが、このランキングは――】
【リズムゲームVSだと!?】
誰もが驚くランキング対象機種、それはリズムゲームVSだったのだ。
あのゲームを短期間で上位ランカーに迫るスコアを叩き出すなんて、どう考えても無理ゲーの領域でもある。
しかし、リズムゲームではチートや不正プレイの影響で上位プレイヤーが理論値だらけで該当プレイヤーが大量にアカウントはく奪と言うのもよくあることだ。
それを踏まえると――今回のガーベラが達成した短期間でのプレイは想像を絶する物だったに違いない。
このスコアを見て驚いた人物がいた。最近になってリズムゲームVSを始めたユニコーンである。
ゲーム中ではSFのパワードスーツを思わせるアバターを使用し、使用しているのは中距離タイプと思われるビームライフルだ。
「ニワカの様なゲーマーに遅れは取れない――」
ユニコーンの両目は青であるのだが、これはアバターの両目ではなく――プレイヤー自身の目だ。
彼女の外見は、見た目からしてバーチャルゲーマーで有名なユニコーンその物と言える。しかし、それが本人と気付くプレイヤーは周囲にいない。
その理由の一つとして、村正(むらまさ)マサムネのように動画でリズムゲームVSへ進出する事を告知していないからだ。
彼女が動画でプレイしているのは、ほとんどがパズルゲームや他のリズムゲームであり、アーケード機種に該当するゲームは動画にアップしていない。
これは、アーケード機種は作品によって動画にアップしようにも権利関係の都合で削除されるケースがあるからである。
格闘ゲームや対戦要素が絡むゲームはアップを許可しているケースが多いのだが、リズムゲームでは少数派だろう。
さすがにストーリーが絡むゲームはアップできないだろうが――アーケードでアドベンチャーゲームやミステリー系が稼働している事はないので、その問題は考えない事にする。
「この私はユニコーンだ――ルールを破るようなプレイヤーに、ゲームを語る資格などない」
彼女はルールブレイカーやチートプレイと言った物を許さない。見つからなければいいと言う理由は、彼女の前では無駄だろう。
それを踏まえると、ビスマルクも同じような物だが――ユニコーンの場合は、単純に楽しみが半減するという理由でチートを嫌う節がある。
【ユニコーンをゲーセンで見た】
【えっ? ひと違いでは?】
【あの外見で人違いはないだろう】
【バーチャルゲーマーは基本的にアバターアプリが共通である以上、カスタマイズを含めて特定は難しいはず】
【アバターアプリを使えば――の話だ】
【まさか、本当にコスプレをしてゲーセンに?】
【草加市内ではコスプレが許可されていたはず。つまり――】
ネット上でもユニコーン目撃情報に関しては、嘘だと考えているプレイヤーが多かった。
バーチャルゲーマーのアバターアプリで提供されているモデルと瓜二つなプレイヤー等いるはずがない――と最初から否定ムードなのも原因だが。
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