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 南雲(なぐも)ヒカリ――彼女の正体こそ、ネット上で有名な上位ランカーことデンドロビウムだった。

そして、村正(むらまさ)マサムネがあの時に見ていたプレイ――そのプレイヤーでもある。

ツインテにメイド服――ぽっちゃり気味のプレイヤーと言う事で様々なゲーセンでも噂話はあったが、ここに姿を見せるとは想定外と言えた。

 彼女の実力は――言うまでもない程のレベルであり、それこそ初心者リズムゲーマーでは太刀打ち不能だろう。

ムラマサの今のスキルでは、到底相手になるとは思えないが――そこはリズムゲームなので、格ゲーと違ってワンサイドゲームにはなりにくい。

しかし、作品によってはリズムゲームでも悲しい事に初心者狩りは存在すると言ってもいいだろうか――。

 リズムゲームはあくまでも対戦ゲームではなく個人プレイがメインと言う事なのだが、稀にフォースやクランのような物も存在する。

対戦要素を入れるタイプのゲームもある事はあるのだが、基本的に他のプレイヤーとのマッチングやセッションプレイはゲームの勝ち負けに影響はしない。

あくまでもリズムゲームで求められる技術は、ほとんどが個人のスキルによる物と断言出来る。その一方で、それを他人が容易にコピーする事は不可能だ。

リズムゲームが個人プレイのゲームだとしても、あっさりと同じようなプレイスタイルが拡散する事はないだろう。あくまでも、プレイスタイルは十人十色だ。

「まさか――本当にデンドロビウムが来るとは」

「騙りでは? 最近になって一部のプレイヤーにもなりすましがいるし――」

「相当の実力者ならば、腕が伴わなければ――単純に承認欲求を求めているだけと炎上するだろう」

「デンドロビウムを騙る以上は――上位ランカーレベルの腕がなければ――」

 周囲のギャラリーも半信半疑であるのは間違いない。実際、プレイヤーネーム被り問題は存在する。

リズムゲームVSで仮にビスマルクとプレイヤーネームを入れたとしても――別のゲームにおける同名プレイヤーのビスマルクと同一人物とは限らない。

こうしたプレイヤーネームの被り問題は――何処にでも存在する問題の一つである。せめて、ARゲームのシステムみたいにデータベース化されれば話は別だが――。



 彼女が演奏した楽曲は、レベルで言うと5、6、7の順番である。

レベル5までの曲であれば演奏失敗しても救済処置が取られる機種もあるが――リズムゲームVSでは3曲全部で仮に演奏失敗をしても終了はしない。

ただし、機種によってはどのレベルをプレイしても演奏失敗扱いにならない機種もあったりするので――さじ加減によるのだが。

「これは本物だったか」

「あの外見で偽者と言うのはおかしいだろう?」

 プレイを直接見ていたギャラリーからは偽者ではなかったという意見が出てくる。

中にはデンドロビウムに便乗したコスプレイヤーもいるのだが、彼女の使用していたヘッドフォンはワンオフなので真似のしようがない。

「本物だったのか?」

「あのプレイだと、見間違えるわけがない」

 モニターで視聴していたプレイヤーは若干の疑問は出てくるが、本物であることを確信していた。

配信で見ている視聴者の中には、コメントで偽者だと打ちこんだりする視聴者もいるのだが――。

「あのプレイヤー、相当の実力者みたいだけど――」

 デンドロビウムのプレイをセンターモニターでチェックし、そのプレイスタイルに興味を持ったプロゲーマーがいた。

身長180センチ近くの長身長は――周囲からすると目立たないと言う方がおかしいだろう。

 深く被った軍帽は特徴的と言うか、この外見で彼女が誰なのか見破れない方がおかしい状況だったのは間違いない。

黒髪のセミロング――肩からかけているグレー系カラーのコート、やはりというかここでも周囲をドン引き――と思ったら、慣れていると言わんばかりにリアクションがしょっぱい物ばかりだ。

彼女はネット上でなく別所での有名人であるのに加え――名前が広く知れ渡り過ぎているのが致命的であり、すぐに面が割れる。

(ビスマルクだと――)

(あのプロゲーマーが注目をするのか? デンドロビウムを?)

(彼女は確か別ジャンルのプロゲーマーだ。デンドロビウムとはジャンルが違うはず)

(やはり、あのミリタリースタイルは目立つだろうな)

(スク水のプレイヤーも来るのに、何を今更――)

 周囲はビスマルクの出現に対し、かなり警戒しているようでもあるが――反応がしょっぱいだけではなく、見向きもしないギャラリーもいた。

彼女の実力は高いのは間違いないが――ビスマルクはリズムゲームに触れた事は一切なく、その辺りはムラマサと同じだろう。

それに、リズムゲームの方が設置台数の多い『オケアノス・ワン』系列店でビスマルクの様なプレイヤーが来ても、指を指される事が少ない。

「本当に実力があるのか試してみたい――」

 次に彼女が取った行動、それは受付でのタブレット端末のレンタルである。行動力が早いと言うべきなのか――。

ビスマルク以外にも数人のプロゲーマーやランカーが様子を見ていたのだが、あくまでもゲームの実力を確認していただけの可能性が高い。

 しかし、デンドロビウムの目つきを見て――彼女が真剣にリズムゲームVSをプレイしていた事を、ビスマルクは理解していた。

それを踏まえてのお試しプレイを――始めようとしていたのである。ただし、順番はちゃんと守るようだ。

(どうやら、整理券を配布しているようだな――)

 センターモニターをもう一度確認したビスマルクは、ローカルルールを把握する。

整理券はリズムゲームVSのシステムで標準装備されている物だが、こうした箇所をビスマルクはゲーセンにおけるローカルルールと勘違いしているのだろう。



 プレイを終えた南雲はムラマサのプレイが気になり、センターモニターで動画のチェックをしようとしていた。

ログに関してはちゃんと残っているのだが、他のプレイヤーが別の動画を見ていたので残っていたログの時間を確認し、タブレット端末で動画を見る事にする。

リズムゲームVSでは、タブレット端末でもセンターモニターと同様にスコアランキングのチェックやプレイ動画を見る事が出来た。

しかも、タブレット端末を持っていてリズムゲームVSのプレイデータがあれば無料で利用できる。作品によっては有料サー美お酢の場合もあるので、これは非常に助かるだろう。

彼女はセンターモニター前ではなく、別のリズムゲームの隣に置かれている待機席で動画の方をチェックしていた。

(わずか数回のプレイで、ここまで――)

 南雲が気にしていたのは、彼女のプレイ回数である。

レンタルガジェットで1回プレイしていたのは確認済みで、今回のプレイが2回目と言えるだろう。エントリープレイ自体は今回が初だが――。

(もしかすると、ムラマサにはリズムゲームの適正があるのでは――)

 音楽の知識があるのとないのではハンデが大きいのは、リズムゲームの宿命かもしれない。

自分は音楽の授業がお世辞にもよかったとは言えないし――リズムゲームを始めたのも2000年に入ってから。

プレイ歴としては10年以上だが、機種によっては途中でサービス終了や筺体撤去でプレイ不能になった物もある為――色々と実力にも開きがある。

ネット上では歴戦リズムゲーマーと言われているのだが、それはネット上で神格化されているにすぎないのだ。

(どちらにしても、様子を見ておく必要性もあるか――)

 その後、南雲は何度か練習プレイをするのだが――午後4時位には自転車で帰宅していた。

一部の有名所プレイヤーもデンドロビウムがログインしていないのを確認し、店舗を出た物もいる。

帰りは谷塚駅まで徒歩、無料シャトルバスに乗る者、自動車で帰宅――人それぞれだろう。



 こうして、長いようで短い1日が終わった。深夜0時になると『オケアノス・ワン』のゲームスペースも一部を除いては

閉鎖となる。

この辺りは色々な法律を考慮しての物なので、いくら草加市がゲーム特区や聖地巡礼特化をしているからと言っても無理な相談だ。

青少年育成という観点でも、こうしたルールを設定するのが必要だと『オケアノス・ワン』側も考えていたからである。

しかし、閉店時間は午前6時。カラオケスペースやボーリング、ダーツスペースは深夜にやってくる客もいるので、こちらの方が盛り上がっていた。

リズムゲームVSの方は2階の別スペースで稼働している1台があるのだが、メッセージが表示されている。

《深夜3時から午前8時まではサーバーメンテナンスの為、オフライン稼働となります》

 どうやら、データセーブに関係する要素はサーバーメンテナンス中に適用されないので、プレイするユーザーがいないと言う事かもしれない。

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