歴戦リズムゲーマーVS素人バーチャルリズムゲーマー
アーカーシャチャンネル
第1話「ファーストインプレッション」
「化け物か――あのプレイヤーは!?」
「あの曲って、難易度10だったような――」
「それをああも簡単に――演奏できるのか?」
埼玉県草加市某所、駅前の様なビル街とは若干離れた場所――そこにそびえる3階建ての建造物があった。
そこは、ゲームセンターとカラオケ、ボーリングと言った複合施設を兼ね備えるアミューズメント施設である。
それ以外の建造物と言うと、隣にパチンコ店、コンビニ――最近出来たような温泉施設も確認出来るだろうか。
アミューズメント施設の駐車場には車が満車ではないが――そこそこ並んでいる印象を抱くし、駐輪場は満車気味だ。
駐輪場はちゃんと整理されている訳ではなく、マナーの悪い人物が止めたかのような状態の自転車も散見されている。
施設は系列店の一つであり、草加店とは言われているが――地理的には草加市にはない。この辺りは土地の事情もあるので省く。
この日は晴天の為か、自転車が多いのだろう―ー自動車ならば雨でも問題ないし、駐車場が満車のはずだ。
このアミューズメント施設の名前は『オケアノス・ワン』と言う。入口の自動ドアにもボーリングピンをイメージした店のトレードマークが印刷されている。
系列店で人気のアーケード機種と言えば、様々あるかもしれない。
イースポーツで注目を浴びた対戦格闘ゲーム、デジタルカード方式も流通しているカードゲーム、固定ファンが多いキャラクター物、FPSやハンティングと言った物も捨てがい。
しかし、この系列店で人気がある機種と言えば――アレしかないだろう。
「あのプレイでギャラリーを集めるとは――」
「女性プレイヤーと言う事で別の見方をするような時代は――終わったと言うべきか」
ゲーム筺体の前で真剣な目つきでプレイしていたのは女性である。
このプレイしている様子を見て、足を止める人物さえもいた。それ程に――彼女のプレイは人を引き付けているのだろう。
(このレベルでは――まだ、満足できない――)
ゲーム画面に集中し、目の方も真剣そのもの――外見的には黒髪のツインテール、服装もヲタクな気配もないし、体格はいたって普通――体系が若干のぽっちゃりな所以外は。
耳にはワンオフのSF的なデザインをしたヘッドフォン――。ただでさえ女性プレイヤーが珍しがられるジャンルなだけに、彼女のガチ装備には驚きを隠せないプレイヤーもいた。
リズムゲーム、ネット上では音楽ゲームとも言われている物だ。幼児向けやアプリと言ったジャンルも存在するが――全てはゲーセンから始まったのである。
西暦2000年頃、時代は対戦格闘ゲームやベルトアクション、シューティングの様なゲームが好まれていた時代、そこに突如として姿を見せたのが――大型筺体でプレイするリズムゲームだった。
当時はDJ体験が出来る的な売り込みだったらしいが、今ではマニアックな難易度や楽曲、様々なメーカーによる機種――それこそリズムゲーム戦国時代と言えるだろうか。
その昔は1社のメーカーから『しか』リリースされていなかった事情を考えると、今では信じられないと言う人物も多い。
西暦2020年、リズムゲームも様々な機種が出ている一方でアプリ系やキッズ系が知名度を上げる中で――ゲーセンのリズムゲームに再び盛り上げようと言う動きがあった。
それが――リズムゲームVSと呼ばれるゲームだったのである。
「何と言う事だ――」
「これが、トップランカーなのか?」
「あの物量を捌くなんて――」
ゲーム筺体から若干離れた場所にあるセンターモニターでも筺体の様子が分かるようになっていた。
それを見ているギャラリーからはため息交じりな声が聞こえるほどである。
一見すると、DJプレイにも似たような光景だが――ここはアミューズメント施設であり、一種のクラブ等ではない。
ゲーム筺体でプレイしている人物は女性であり、その手元にはタブレット端末にも似たようなデバイスが見える。
そのデバイスに手を触れることで操作をしている事は理解できるのかもしれないが、そんな事はどうでもよい気配がするような空気なのは間違いないだろう。
タブレットでプレイするようなリズムゲームはいくつか存在するが――彼女の使用している物は、明らかにゲーム筺体に固定されているような物ではない。
おそらく、切り離しが可能かもしれないデバイスなのだろう。まるで、少し前にリリースされたゲーム機本体を連想するようなシステムにも見えた。
彼女がプレイしていた楽曲は、一般的な音楽番組では触れられないようなジャンルであり――リズムゲーム独自の世界とも言うべき曲と言える。
実際、ギャラリーは楽曲ではなく大量のノーツが出現し、その譜面を捌く彼女のプレイに魅了されているからだ。
つまり――彼らにとっては彼女のスーパープレイが目当てであり、楽曲は二の次なのだろう。楽曲に興味を示す人物もいるが、ソレはごく少数に過ぎない。
その譜面をプレイするプレイヤーは身長が180センチに近いゲーム筺体よりも低いので、170よりも低いか?
(あのプレイヤーには周囲の声が聞こえていないのか?)
この男性ギャラリーの思う事も一理ある。両耳のヘッドフォンは一種のワンオフデザインなので、そこも目立つだろう。
リズムゲームでは、周囲の爆音対策でヘッドフォンやイヤフォンと言った物を付けてのプレイが目立つようになっている。
さすがに大音量でプレイして耳を悪くしては本末転倒なので、彼女の使用している物はカスタマイズをしているかもしれない。
「えっ!?」
「どういう事だ?」
「あの量が一瞬で?」
モニターを見ていたギャラリーが一斉に言葉を失ったのは、彼女がプレイしていた3曲目のラスト部分だった。
明らかに一般人から見れば考えられないような大量のノーツが画面上から降ってくる。上の画面を見る事無く、視点を固定していた彼女は機械的に次々と捌いて行った。
しかも、その判定はゴールドに近いような色で輝く『PERFECT』の文字が――。これには一部のプレイヤーが息を止めるような状態で様子を見守る。
3曲のプレイを終え――リザルト画面を確認した彼女は、順番待ちのプレイヤーに場所を譲った。
3曲目のリザルト画面に表示されていたインフォメーションを見て、周囲がどよめくのには理由がある。
《COMPCOMBO》
FULLCOMBOは全てのノーツを接続した際に表示されるのだが、COMPCOMBOはその上を行くコンボであった。
全てのノーツを正確なタイミングで演奏しなければ、このコンプコンボにはたどり着けない。
譜面によっては、コンプコンボがフルコンボより簡単に出せる譜面もあるのだが――基本的にはコンプコンボは上級者向けである。
特に楽曲をプレイするだけであれば、こだわる必要性もない。ハイスコア狙いのプレイヤーでもコンプコンボはマグレでも出れば良い方――と考えるプレイヤーもいる位だ。
1曲目と2曲目はフルコンボだが、3曲目にはコンプコンボを叩き出したのである。彼女の実力は並大抵ではない事が証明され、周囲がどよめくのも無理はない。
コンプコンボは、ゲームによってはパーフェクトともエクセレントとも言われている――と言えば、リズムゲームに詳しくなくても彼女が出した記録が凄い事も分かるだろうか?
(コンプコンボが出るとは予想外過ぎた)
(どれだけの廃プレイヤーなのか?)
(自分よりもレベルが下と思ったら――上だったのか?)
(あの女性プレイヤーは――何者なんだ?)
(常識が通じないのか、あのプレイヤーには)
他のプレイヤーは、そんな事を思っているに違いない。個人差があるので、これが大半の意見とも限らないが――。
順番待ちと言っても筺体の前に並んでいる訳ではなく、彼らの持っているガジェットに電子チケットの要領で整理券が表示されている。
該当する番号が筺体のモニターに表示されており、その番号の整理券を持っているプレイヤーが筺体にあるガジェットのセットスペースにセットすると、ゲームが始まる仕組みだ。
ゲーム自体は1プレイ200円だが、ゲーム筺体にコイン挿入口は一応ある。
あくまでもメインはガジェットにチャージした電子マネーを消費する仕組みらしいが――。
「あれがリズムゲーム――」
先ほどの女性プレイヤーとはイメージの違う人物が、筺体の近くまで足を運ぶ。
さすがに順番の割り込みと勘違いされたくないので、少し距離は置いているようだが――他のプレイヤーから見れば、ハウスルールを知らないプレイヤーと言われても不思議ではない。
彼女の外見は、周囲のギャラリーとは明らかに違っており――芸能人のソレとも違う。
明らかに自分から正体を晒すスタイルなのか? その一方で見た目は――何処かで見覚えのある人物もいそうな格好である。
まるでコスプレイヤーのそれと似たオーラを放っているようにも見えるのだが、店舗内でコスプレをしてもよいものか?
「あの人物はもしかして――」
「それはないだろう。第一、彼女はバーチャルゲーマーだぞ」
「バーチャルゲーマーって?」
スクール水着に肩掛けコートは袖を通さず――帽子はかぶっていないようだが、素顔を隠す気はないのだろうか?
周囲のギャラリーも写メを取ろうとスマホの準備をする人間も出始め――。
「お前達は、単純に芸能人の追っかけなのか?」
無言でスマホで写真を撮ろうとした人物の一人に対し、右腕を掴むのは――身長170強の男性だった。
一般人やマフィアのような人物ではなく、彼の着ている服を見れば『オケアノス・ワン』のスタッフなのが分かるだろう。
彼はこのアミューズメント施設のオーナーであり、稀に周囲の様子を見る為にゲーマーと交流する事もある。
偶然、他のゲームをプレイしていた客とコミュニケーションをしていた際に――今回の出来事に遭遇したのだ。
「芸能人? あの芸能事務所のアイドルではないのに――」
「どの芸能事務所でも関係はない。君たちのやっている事は店舗にとっては迷惑行為――違うか?」
オーナーの方は本気で警察に通報する準備もしていると思わせる言動だったので、向こうの方が身を引いた形だろう。
しばらくして、写真を撮ろうとした1人を含めた何人かがこの場を後にする。
「この場で迷惑行為を許してしまった事――この場を借りてお詫びしたい」
オーナーは、その一言と共にバーチャルゲーマーの彼女に対して謝罪をする。
こうした客を入れてしまった事――それはオーナーの責任でもあった。しかし、バーチャルゲーマーの方は特に激怒するような事はない。
「ああいうファンは、所詮はニワカ――我の認識するようなファンとは異なる存在よ」
明らかに何かを煽っているとしか思えないような口調であり、まるで中二病を思わせる。
しかし、その発言はいたって冷静に判断した物に加え――炎上させる意図もない物だと明らかに分かっていた。
「バーチャルゲーマーのファンも、ああいう民度の低いファンには頭を痛めている。オーナーが頭を下げる必要性も――」
彼女としては、オーナーが頭を下げて謝罪している事こそが――自体を複雑化させていると判断している。
何とかしてオーナーに話を分かってもらいたいが、どうするべきなのか――バーチャルゲーマーの肩書を持っている村正(むらまさ)マサムネは悩んでいた。
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