軍人とは–––〈ハルコル〉
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ハルコルの前に立つヴィオランテが、指を鳴らす。
直後、彼女の姿は航宙長に一瞬にして変わってしまった。
「……いったい、どういう力だよ」
驚かされてばかりのハルコルは、啖呵を切ったことでもう大げさに騒ぐ気も失せており、ため息を零す。
慣れ親しんだ姿はやや小太りなニーグント人で、どう見てもハルコルの知るツラファントの航宙長である。
どちらが本物の姿なのか、そんなことはわかりきっている。
そのため、思わず茶化すように冗談を口にした。
「そんなのより、さっきの姿の方が何倍も魅力的だぜ。どうせなら美人のままでいいんじゃね?」
「ホッホッホッ。お褒めに与り恐悦至極」
口調まで航宙長のものに戻っている。
どうやらヴィオランテの姿をさらすつもりはない様子だ。
映画のワンシーンで見るような変身だが、ヴィオランテには不可解な点が多い。戦しかしてこなかった粗忽者の自分の頭でそんな難解なことを理解できるはずもないし、そういうものだと納得することにした。
「……いい加減、こいつらを起こしてもらえねえか?」
周囲で未だに意識を取り戻していない乗組員たちを指して、ハルコルは言う。
自分だけが起きた状況は、まるで目の前のヴィオランテが故意に意識を取り戻せないようにしているように見える。
真偽の混じった伝説が多い種族、ヴィオランテ。
目の前で実際に変身をして見せたことといい、ハルコルはそのくらい出来たとしても不思議はないと考えている。
それに対し、航宙長は首を横に振った。
「この空間のことは、信頼できる相手にしか明かしたくないので。申し訳有りませんが、彼らにはこの空間を後にする時まで夢の中にいてもらいます」
「……………」
ヴィオランテが拒否することは、予想できなかったことではない。
彼らもまたバラフミアの軍人である。
ハルコルは国を守るために軍に所属しているからこそ、ガイルの炉の軌道条件に頷くことができなかった。躊躇いなく子供達を炉にくべてもおかしくない王朝の上層部の耳に入れるような真似もするつもりはない。
しかし、ヴィオランテにとっては他の乗組員たちに至るまで同じ意思を持っているという保証はない。
彼女は番人として、ハルコルのことが信用できると判断したからこそ、この空間のこと、そして王朝の探している遺産のことを教えたのだろう。
航宙長として長くツラファントに紛れ込んでいたと思われる。
だが、それでも信頼を全員におけるとは考えていない。
だから、他のものたちを起こすわけにはいかない。
そして、ハルコルも部下たちのことを一人一人に至るまでその面に対して信用しているとは、断言できない。
ツラファントの乗組員たちは信用している。
軍人として、仲間として、部下として、王朝のために戦う同志として。
だからこそ、アストルヒィアとの戦局を覆し、サメット艦隊に匹敵する強大な力を手に入れ、祖国の栄光を取り戻すための犠牲もやむなしと考えるものがいる可能性があった。
「……わかった。だが、床に寝かせるわけにはいかねえ」
「では、可能な限り安全なところに運びましょう」
起こすことができない理由は、ハルコルも納得ができるものだった。
しかし、床に倒れこんだまま起せるタイミングまで放置する、というのはさすがに許容できない。
これにはヴィオランテも納得し、同意してくれた。
「さっさと運ぶぞ」
なら早速運ぼうと、副艦長を抱え上げるハルコル。
副艦長はハルコルが運ぶとして、見た目はともかく本来の姿は非力な女性に見えるヴィオランテに運べるのかと心配になり振り向く。
「とりあえずお前は–––––はあ!?」
すると、そこには淡い緑色の光に包まれ浮遊している乗組員たちと、涼しい顔で彼らを浮かせて運ぶ航宙長の姿があった。
「急ぎましょう」
「あ、ああ……(マジでこんな事平然とできていたら、そりゃ化け物扱いされるわ)」
驚くハルコルはカラ返事をしながらも、副艦長を運ぶ。
何をされても驚かないと決めていたのだが、早々に驚かされてしまったのだった。
ひとりでに動くツラファントは、やがて目的地であるガイルの炉へと近づく。
その距離がおよそ8,000kmまで来たところで、ツラファントは減速する。
「……とんでもない大きさだな」
近づいてみると、その大きさがよりはっきりと実感できる。
星ほどの大きさを持つガイルの炉は、しかし自然に形成されたものではなく、古代文明が作った人工物だという。
これほどの存在を作り上げるロストテクノロジー。
9つの銀河をすべて支配下に置いたという伝説をもつ古代文明の技術力は、後の世の彼らのそれをはるかに上回る。
これもまた、数多ある遺産の1つでしかないと考えれば、その技術力は想像もできないほど高度なものだったのだろう。
「封印は、解けてないんだよな……?」
「贄を焚べ、主人を決めた時、炉は金色の輝きを帯びると言われています。私もその姿を見た事ありませんが」
「……………」
その金色の輝きを帯びるという時、それは百億という膨大な数の子供達を殺して力を手にした時である。
そんな事をして手に入れた力に、なんの価値がある……。
どれほど優れた技術力であっても、たった1人の子供の未来に比べたら、路傍の石ほどの価値もない。
こんなものはさっさと封印するに限る。
「王朝にも、革命派のクソテロリストどもにも、あのクラルデンの野蛮人どもにも渡すわけにはいかねえよな……」
ヴィオランテは、封印の方法を知っているという。
不思議な力を持つ彼らにしかできない所業だというので、今回ハルコルは見守る事しかできない。
王命に逆らうなんて、久しぶりだなと思う。
それでも、ハルコルには譲れないものがあった。
「封印すれば、アストルヒィアとの戦争に勝てる目が潰えるかもしれません。私はあなたが拒絶しても封印するつもりです。それでも、バラフミアを守りたいとは思いませんか? 後悔は、しませんか?」
航宙長が、ヴィオランテの口調で最後の問いを発する。
たとえノーと言っても、ヴィオランテはハルコルを今休ませている彼らのように眠らせて制圧するだろう。
この空間に入れたのは、完全な偶然だ。追い出してハルコルの目の前から彼女が消えれば、2度と炉を手にする事はできなくなるだろう。
それでも、たとえ結果は同じであっても、ハルコルは自身の口で答えを返す。
たしかに、炉を手に入れればバラフミアは勝つだろう。
アストルヒィアはともかく、クラルデンに占領された星々の住人がどうなるか、あの蛮族どもを考えれば想像もしたくない。
それでも、自らの手で子供達を殺す。
それだけは、やってはいけない事だと、守るべきものを贄にして勝利を得ても意味がないのだと、そう考えるハルコルは、すでに答えを決めていた。
「こんなもんに頼って、子供たちの犠牲を許容しろなんて、できるわけがねえ。俺の答えは決まっている」
一呼吸置き、まっすぐに航宙長の姿のヴィオランテの目を見る。
「俺は軍人だ。この手に持てる力で、子供も未来も国も勝利も、命がけで全部もぎ取ってみせるさ!」
その返答を聞いた航宙長の姿のヴィオランテは、微笑みを浮かべた。
「……その答えを聞けただけでも、種を滅ぼされた私ですが、救われる思いです。そんなあなたに、見届けてもらいたい。……そして、私にその命がけで欲張る姿を、軍人の責務を果たす姿を見届けさせてください」
「当たり前だ」
ハルコルの返答に迷いはない。
ヴィオランテは、モニターの先に映るガイルの炉を見据える。
「では、この炉を……我が種族が守り通してきた遺産を、封印します」
封印すれば、もう彼女たちの種族として受け継いできた長い役目も終わりを告げる事になる。
そうなれば、彼女はどうするのだろうか。
ふとそんな事を考えたハルコルは、愚問だなと自らの心の中のその疑問を笑う。
あいつがどんな役目を帯びたのか、そんな事は俺にはあまり関係のない事だ。
だけど、変わらずあいつは俺の部下であり、ツラファントの航宙長である。
ヴィオランテとしては孤独かもしれないが、彼女の居場所はしっかりとこの艦が、この国が残してくれる。俺が残してみせる。
だから、彼女が受け継いできたこの役目の最後を見届けよう。
そして、彼女に先ほどきった啖呵の証明をするところを、見届けてもらおう。
クラルデンの艦隊は圧倒的だ。
それでも、守りたいものがある。不思議と恐怖を感じない。
静かに何かを祈るように両手を胸の前で組み合わせる航宙長。
どうやら変身は解かないらしい。
「……おっさんの祈る姿とか、映える絵じゃねえな」
小声でつぶやきを漏らすハルコル。
不思議と、気持ちは軽かった。
……その白い空間に異物が入り込んだのは、封印をしようとしていた最中である、まさにその時だった。
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