艦隊戦
部下は退避させている。
元より、レギオはマクスウェルを一切信用していない。
それに、軍帥にはたしかに大きな権限が与えられているが、あくまでレギオにとって帝轄軍の将としての使命は皇帝の命令に従いその鉾として戦役に身を投じることであり、皇帝の許可がない状況で勝手な共闘を受け入れ、別勢力との講和を進める権限はないと考えている。
そして、共和主義を謳いながら、その体制を確立するためという理由で彼らの言う主権者、民衆に犠牲を強いることを必要なものなどと割り切っている存在。そんなものは理想論を掲げて血塗れの道を歩み、いつしかその理想さえ忘れて最後に身を滅ぼす単なるテロリストであると、歴史の多くに同じ例があった。
小さな犠牲を許容し、のちの何倍もの者達の幸福につなげる。
そんなことは、他者から見れば世迷言以外の何物でもない。
たった万人の命の救えないものが京兆の幸福を謳おうとしても、それは信用に値しない。
そのような危険因子に未知の古代文明の遺産である超兵器を譲ることも、テロリストと手を組むことも、レギオは許容するつもりはなかった。
マクスウェルの要請をはねのけ、衝核砲を向ける。
敵には何らかの理由があり、ツラファントに対して誤射することができない。人質の価値はある。
警戒するに越したことはないため、両舷上部装甲以外にソルティアムウォールの展開をする。
いくらレギオでも、タルギアのような高性能かつ複雑な機構を備えた巨艦を1人で操作することはできない。
ブリッジなどを破壊された際に戦闘可能な状況にある艦艇を指揮所以外から操作するための操艦アシストプログラム、そして人工知能が学習してきたあらゆる戦局パターンの対応を組み込まれた自動戦闘プログラムを起動し、メイン機構に接続する。
これで7割近くの操舵をタルギア自身のプログラムにて制御させる。
敵艦隊に向けた衝核砲。
攻撃コードを入力し、レギオは孤軍の中でマクスウェルたちバラフミアの革命軍との戦端を開いた。
衝核砲の標準が元に戻ったことは確認済みである。
ツラファントが沈黙する直前まで続いたことから、敵にとって都合のいい時間帯のみに発生した現象だと、レギオは考えている。
いつ、再び起きるかわからない現状、標準の修正操作を行う必要がない正常な軌道を確保できるうちに可能な限り敵に負傷艦艇を与え、戦闘の継続を困難にしておく必要があった。
包囲を狭めてくれたおかげで、射程が短く命中精度の低いトイ・ロールガン・ブラストも射程圏内に入っている。
撃沈に追い込むことはしない。
敵に対する情というよりは、数で圧倒的不利にある中の戦況を覆すためという実利的な意味が強い。
一つめの理由は、負傷する艦艇が増えれば射角の妨害や人的被害の拡大につながるためにその救援を行う必要が敵に出てくることで、戦闘に参加しない敵艦の数を稼ぐことができる。
二つめの理由は、何らかの理由でツラファントに対する攻撃ができないと思われる敵に、人質を盾にむやみに被害を拡大させては逆上させる恐れがあること。あくまで人質は敵に撃たせないことが目的であり、犠牲者を大量に出してマクスウェルに対しツラファントの犠牲やむなしと判断されれば大きな戦闘に発展してしまうからである。
レギオにしてみれば、いくらマクスウェルたちがテロリストとはいえ、陛下に従わない共和主義者というのは許容しかねるが、皆殺しにする理由がないのであれば泥沼化する戦闘は可能な限り避けたかった。
人的被害は少なく、しかし修理の困難だろうアストルヒィアの艦艇に被害が拡大すれば、戦術眼は有能なマクスウェルであれば撤退を選択すると踏んでの選択である。
いくらタルギアでも、現状はレギオが1人で操作している。敵の戦力も把握しきれていない。
そんな中でこの艦艇の性能に任せて力押しでどうにかできるなどという愚かな希望的観測は、レギオの頭に存在しない。
数において圧倒的不利な現状、いくら敵の艦艇が操舵の慣れていない拿捕した他勢力のものであり、タルギアが超兵器を搭載していたとしても、3割の勝率にかけることを邪道と認識しているレギオは、希望的観測に基づく勝機よりも堅実で現実味のある撃退に方針を定める。
それが、敗北を常に想定するという亡き師であり祖父から受け継いだ教えだからである。
タルギアは確かに替えのない最強の戦艦の一つである。
だが、数百……時には数千の艦艇が激突し、広大な銀河や数多の超兵器をめぐって起きる戦場が主流の宇宙戦争において、量産できないたった一隻の艦艇に何ができるというのか。この場でタルギアが沈もうが、クラルデンにとっては大きな損失であるかもしれないが対局を左右する損害にはならないのである。
それは人材の面でも同じだ。
それに、ルギアスが軍帥の地位を託し、クレアがその地位を命じたのは、確かにレギオである。だが、ルギアス艦隊の面々の多くはルギアスの教え子であり、クラルデンの偉大な名将の戦訓は多くのものに受け継がれている。
カミラース星系の戦闘展開やあらゆる事態の想定、その対応策、そして勝利への道筋と、この戦役におけるレギオがあらゆる想定をした戦術パターンのデータは各艦隊司令に行き渡っている。
次席指揮官のガルフは、レギオの叔父であり兄弟子であり、なにより実戦経験ならばレギオを上回る人物である。ルギアス艦隊を託すに足る人物であることは、レギオも十分に認めている。
確かに想定外のこともあったが、カミラース星系の戦役に関しては今更レギオとタルギアが脱落したとしても勝利できるだけの布石を打っているのだ。
総司令官の不在も特に問題ではない以上、この場の戦闘に長く留まることになってもルギアス艦隊の側には何の問題もない。
レギオはそういったあらゆる事柄を承知しているからこそ、いつ終わるかも分からないが堅実な手となる撃退の戦闘を選択したのである。
衝核砲が、何隻かのアストルヒィアの艦艇を被弾させ、座礁させる。
トイ・ロールガン・ブラストも命中精度の悪い、どちらかというと弾幕で補う兵器ではあるが、接近しすぎてうまく回避行動の取れなかった敵艦艇には外すことなく攻撃を当てていく。その攻撃も決して撃沈に追い込むことなく、武装や推進機関系、進路制御の機構を集中的に狙って破壊していった。
最初の砲撃だけで、対艦兵器の武装が多いタルギアの攻撃により10隻以上の敵艦艇が瞬く間に戦闘不能に追い込まれた。
マクスウェルは回避命令を出したが、いくら有能な彼の配下たちでも、司令官さえ戦闘を想定していなかったことで形成してしまっていた密集陣形と、慣れないアストルヒィアの艦艇の操舵に苦戦したことで大きな被害を受けてしまった。
その上、タルギアの攻撃は1隻たりとも撃沈も爆沈もさせることなく、多くの艦艇が航行不能や戦闘不能に追い込まれた。
それが最前線の艦艇だったことで、後続艦艇の射線や視界の邪魔として残ってしまった。
ツラファントがいるので攻撃するわけにはいかない。
だが、マクスウェルの艦隊は先手を取られた上に、逆に艦艇を失わなかったことで大きな負担を抱えることになってしまった。
しかし、マクスウェルも長い時を戦場で生き抜き、二等兵から艦隊司令まで上り詰めた猛者である。
先手の対応は遅れたが、次の手は見誤ることはしなかった。
生き抜く暇など与えないと次の攻撃をするべくターゲットの変更を行うレギオの操作するタルギアに対し、煙幕弾頭の誘導弾を打ち込んで視界を奪い、その隙に射角を妨害された後続艦隊にアンカーで負傷艦艇を拾わせ、包囲網をすぐさま離して距離を取りにかかった。
「……対応が早い。だが、煙幕程度で俺の目を狂わせることはできないぞ、マクスウェル」
しかし、レギオは煙幕により妨害された索敵システムから目をそらし、マニュアルで衝核砲の標準を変えると、煙幕が張られた直前のデータと動き始めた敵艦隊のわずかな初動の記憶、そして艦隊が最も効率よく救援活動と距離を取る同時行動を成すために取るルートを即座に計算して、そこから動ける敵艦の位置を予測し衝核砲の標準を向け正確無比な砲撃を行った。
受けたマクスウェル艦隊所属の革命軍の艦長にしてみれば、それはマグレであっても生物のなせる域を超える神業の砲撃だった。
連続で放たれた両舷の衝核砲は、ある光線は張られたアンカーを、ある光線は救護活動をする艦艇の後退用の推進部を正確に撃ちぬき、決して撃沈させることなく、しかしその艦艇の動ける機能を奪い取ってしまった。
それが6発、すべて命中する。
その上、中にはアンカーとその射線上にあった艦艇の推進部を同時に撃ち抜くものもあり、アンカーだけで済んだ艦艇も含め7隻の艦艇がさらに被害を受けた。
レギオも艦隊指揮の能力だけを買われて軍帥としてその軍才をふるっているわけではない。
ルギアス艦隊内ではレギオかエギルにしかできないと言われるタルギアの艦長。
それは、逆に言えばレギオかエギルならばタルギアの手足のごとく扱うことが出来るということ。
ルギアスの教えを継ぐ将は、単艦の指揮能力も人智を超えるものを持つ。
たった1隻、たった1人。
だが、その力は艦隊戦をも演じてみせる。
「俺1人超えられないならば、その犠牲を生み出す理想は早々に捨てることだ。マクスウェル」
驕ることなく、誇ることなく、レギオは淡々とした口調ですでに回線を切ったマクスウェルの乗る旗艦に向けてそう告げた。
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