理想


 ≡≡≡≡≡≡≡


「化け物か……」


 被害が拡大する艦隊を見て、人質がいるということもあるが、それでもこちらの戦意を煽ることなく戦力をそぎ落とす攻撃に、単艦で艦隊戦を演じるその姿に、マクスウェルはおもわず呟きを漏らした。

 いくら革命軍でも、仲間を殺されたのであればその戦意はむしろ燃え上がるが、撃沈する艦艇はないのに負傷者は出て、しかも神業のような砲撃が目くらましなどたやすく突破し回避も許さない正確無比な攻撃をしてくれば逆に戦意は削ぎ落とされてしまう。

 実際、数多の戦場を渡り歩いて多くの死線をくぐり抜けてきたマクスウェルさえも初めて見る技量に動揺しているのである。一般兵の中には、タルギアに対して恐れを抱きへたり込むものさえ出ていた。


「救援を急がせろ! 次も沈められる艦艇がないとは限らん、回避行動に集中するのだ!」


 数は圧倒的に革命軍が多いとはいえ、バラフミア王朝に対して武力決起をする時までマクスウェルとしては替えの効かない配下を失いたくはない。

 ツラファントを人質に取られているのが反撃できない要因ではあるが、果たして攻撃したとしてあの神業をなす敵艦を撃ち抜かれる前に沈められるだろうか。


「……………」


 マクスウェルは、無いと言い切る自信があった。


 人生の多くを戦場に起き、300回以上の出陣を経験し、数えきれない敵を打ち倒してきた。

 中には強力な艦艇や指揮官もいた。それが敵にいることなど数えるのも億劫になる程、幾度もあった。


 だが、今回の敵はそんなマクスウェルの戦歴が虚飾のように思えるほど、別次元の存在である。

 あれは強いとか、そういうレベルではない。

 少なくとも艦砲をあれほど正確に、しかも目視も索敵システムも使えない煙幕の中で攻撃し命中させて、沈めることなく戦力として使えなくなるようにするなど、目と耳を塞いだ状態で彼方を歩く蟻の群れから一匹だけの目標に狙いを定め、身体を傷つけることなくその頭だけをライフルで撃ち抜くようなものである。

 天才を通り越しその技量は完全な化け物だ。


「くっ……これほどの技量で無名だったとは信じられん……」


 ロストン合衆国でも大きな手柄を上げて高い地位を得ていたマクスウェルは、ヒュペルボア星団の支配勢力に対してもかなり多くの人脈を築いている。

 そのため、不可侵条約からその破棄と帝政クラルデンとの開戦に至るまで、クラルデン大銀河の情勢も細かく耳に入れていた。

 何しろ、革命軍にとってはこの計画に介入してくる最大の不確定要素だからである。どの将帥を送ることになるのか、どのような戦力を送りそうか、名を上げている将の情報などを調べておきたかった。


 だが、レギオの存在は確かに名将ルギアスの孫であり、その名を持つ帝轄軍の軍団を受け継いだ若き名将として帝政クラルデンにおいて名を広げている。

 しかしクラルデンにおける彼の艦艇といえば、白銀のデステリカ級重攻航艦である[ルビタート]として知られており、ゆえにマクスウェルはタルギアを知らなかった。


「艦艇の性能ではない……」


 神業の砲撃は、明らかに操舵する者達の人知を超えた技量がなせる技。

 マクスウェルはタルギアの脅威が艦艇そのものの性能ではなく、指揮する者と操作する者たちの[人]がなす力にあると見抜いた。


 実際のところは、タルギアに乗っているのは艦長であるレギオただ1人なのだが、それこそマクスウェルたちには想像もできないだろう。


 数でどれほど上回ろうとも、現状では先にこちらが根を上げて撤退せざるおえなくなる。

 アストルヒィアの艦艇は替が効かない、修理ができない。被弾して航行不能になれば、空間からの離脱の足を失う。

 超兵器はあくまで革命の手段であり、革命軍の敵はクラルデンではなくバラフミアの貴族どもである。ここで全滅することになっては元も子もない。

 マクスウェルはそれがわかっているからこそ、タルギアがどうしてこちらを撃沈に追い込まないで戦っているのかという目的を察知していた。


「若いのに、なんというやつか……」


 寡兵で大軍を打ち破るは、華形なれど戦術においては邪道。

 性能を持っても覆せない数の不利は大きく、少ない者にとっては常に危機と直面している。


 戦場の掟のひとつに、数の不利は簡単には覆せないというものがある。

 覆す手段がないわけではないが、数の要素は非常に大きい。

 若く血気盛んな指揮官には、寡兵で大軍を破る花に憧れ、わざと数的に不利な戦況に多くの手柄を求めて挑むものもいる。

 そして、そういう輩は大半が負けて死ぬ。


 戦の花のひとつと言える大軍を寡兵で打ち破るというものは、決して相手の被害を大きくするものではない。

 効率と合理性を突き詰め、いかに数的有利の相手にこの戦闘の損害が無益であるかを認識させて撤退に追い込むことが、邪道における常道の鍵となるのである。

 少ない側の獅子奮迅の活躍に気圧されて撤退するとは、それを利用しての事柄なのである。


 そして、敵の将は見るからに若かったというのにそれを理解していた。


 こちらが革命軍であることを承知し、だからこそ死者ではなく航行不能の艦艇に閉じ込められる生存者を大量に生み出すことで、こちらに大きな負担を強いている。

 理想に殉じる革命軍の兵士には、仲間意識が根強い。見捨てるという選択肢は取れず、必ず救援が必要になる。


 それに、いつ撃ち抜かれてもおかしくない神業の砲撃を見せつけられ、あまつさえ乗っている艦艇が受けることになれば、次当たったら?自分が犠牲になるのでは?という恐怖心を煽り立てるとともに、救援が来るまで閉じ込められることに対する心理的な負担と、救援活動を敵の目の前で行うことに対する身体的負担を強いることにつながるため、革命軍側の戦意を効率的にそぎ落としている手法である。


 兵士が戦う意思をすてれば、軍は瓦解する。

 たとえタルギアを沈められても、艦隊が元の空間に帰れなくなれば、その先の革命など果たすこともできず、なんの意味もない戦闘だったことになる。


 それが理解できるからこそ、マクスウェルたちを追い払う効率的な戦闘を展開してきているのだ。


 若いのにそこまで見抜いている。

 寡兵で大軍に立ち向かうにはどうすればいいのかという現実的な手段を知っている。

 艦艇の性能を過信せず、己のその天才的な指揮を奢ることなく、危険を冒さず、しかし効果的に、堅実に立ち回っている。


 まさに名将と言える技量。

 それがマクスウェルも初めて見る若造が成しているということに、戦慄を覚えずにはいられなかった。


「クラルデン……統一帝も、バグラの黄金時代の軍帥どもも死んだというのに、既にそれに匹敵する怪物が生まれているとはな……」


 勝機があるとすれば、タルギアに対して攻撃ができない最大の要因であるツラファントの復帰だが、あのブリッジの様子を見る限りそれは無理だろう。

 それに、ツラファントを回収しようとしても、タルギアが許さない。


 衝核砲の射程は長い。

 ツラファントから離れず、後退して陣形を立て直そうと試みる革命軍の艦艇に次々にその光線が直撃していく。

 その度にマクスウェルの艦隊の被害は増していく。


「!?」


 さらに、旗艦である空母戦艦の隣にいた直掩艦にも直撃した。

 かなりの距離を取っているが、それでも正確に主砲を撃ち抜いてくる、しかし暴発し撃沈にさせることはしないその技量は、恐怖を抱かずにはいられない。


「救援活動を急がせろ!」


 早々に艦を放棄し自沈させなければ、近くにいるマクスウェルの旗艦にも激突してしまう恐れがある。

 マクスウェルはすぐさま被弾した直掩艦に対し、救援活動を行うように命令を出す。


「恐ろしいやつだ……」


 白銀の艦艇を見ながら、マクスウェルはつぶやく。

 その脅威は、本気で彼の艦隊と激突していたとしたら、慣れていないアストルヒィア艦隊でなくとも、確実にマクスウェルは生きていないと思えるほどだ。


 その壁は、多くの修羅場をくぐり抜けてきたマクスウェルにとって、5本の指に入る強敵であり、大きな難関である。


「だがな………」


 敵の狙いはわかっている。味方の負担を増やし、撤退の選択をとらせることにあるのだろう。

 そして、その狙いに乗ることがマクスウェルたち革命軍にとって今できる最大の有効手段であることもわかる。


 ……だが、それでもマクスウェルには引けない理由がある。


 歯を食いしばり、単艦でありながら華形ではなく堅実を持って艦隊を相手取る白銀の弩級戦艦を睨み返す。


「我輩にも、譲らぬ理想があるのだ! この人生を賭け、国を変え、王朝の腐った専制に復讐し、共和主義を未来に託すという理想がある! そのためにも、たとえ引くことが正しくとも引けない場所が、譲れない踏ん張りどころがあるのだ!」


 マクスウェルも戦は好きだが、引き際があることはわきまえている。負けを知らないものは、真の意味で強者ではないということも理解している。

 それでも、今回は引くことがたとえ正しくともどうしても引けない、ここで引いたら掲げる理想を自ら否定してしまう、そんな根拠のないしかし強い想いが膨らんでいた。


 だからこそ、引くわけにはいかなかった。


「許せ、ハルコル……!」


 ツラファントに乗るヴィオランテ。

 それが超兵器入手の要となる。

 反撃してツラファントに当たれば、それを無為に帰すかもしれない。


 だが、ヴィオランテは癒しの血肉を持つ。他種族をはるかに上回る生命力がある。

 艦艇が撃沈しても生き残るのではないだろうか?

 トランテス人にもその例は珍しくない。

 マクスウェルはそれにかける決断をした。


 つまり、反撃と……ハルコルを諦めるという選択。

 彼はデーヴィットらと違い、マクスウェルから見れば信頼できるし有能な、そして共和主義に理解を示してくれるだろう是非とも味方になって欲しい人材だった。


 だが、今回は利用しつくしてしまった。

 その上、この手段にかけるということは、ハルコルに死んでもらうことになる。


 それでも、この人生を費やして叶えると誓った理想のため。

 革命のため流れる血の何万倍もの人々が飢餓と貧困から救われる理想を実現する。

 それが、積み重ねることになる己の罪と、贖罪になると信じて。


「反撃を–––––」


 そう命令をしようとする。


 ……その時、それまで沈黙していた巡洋戦艦が、かすかに動く。

 そして、ツラファントの残っていた主砲が、タルギアを向いてその装甲に中性子パルスメーザーを至近距離から直撃させた。

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