復帰


 ≡≡≡≡≡≡≡


 勝てなかった。

 深い闇に沈んだ意識の中で、ハルコルが強く感じていたのは、敗北に対する後悔。

 部下たちに対する申し訳ないという気持ち。


 そして、化け物のような力を持ちながら、遺跡の番人としての義務を持ちながら、ハルコルを信じて身を削ってまでともに戦ってくれた同志。

 種族の壁なんて、不可思議な力を持っていても関係ない。同じ慈しみ、そして犠牲を悲しむ尊い心を持つ存在なんだと、強く認識させてくれたヴィオランテ。


 力を貸してくれた彼女に報いてやれなかったことが、何より大きな後悔だった。


 あの白銀の艦艇。

 弩級戦艦だったから、あんな理解を超える装甲を持っていたから。

 そんなものは負けた言い訳にもならない。

 戦ったのは人なのだし、ハルコルには艦艇の性能の差を覆せる強力な味方がいた。

 それでも届かなかったのは、結局何を言っても艦長である己の責任に他ならない。


 だから勝てなかった。

 それが、とても悔しかった。


 後悔してもしきれない。

 暗く沈んだ意識の中で、ただ己を責め続ける。

 どれだけの時間を過ごしたのか、死んだ意識となってはわからないだろう。

 そう思っていたハルコルの意識の中に、どこからともなく語りかける声があった。


 –––––艦長!

 ………艦長!


 これは……部下たちの声?

 俺を責めに来たのだろう。

 そう思ったハルコルだが、意識の中に響いてくるその声はハルコルを責めなかった。


 –––––艦長!

 –––––死なないでください!

 –––––起きてください!

 –––––どうか!


 それは、ハルコルを心配する声。

 彼の復帰を望む声。


 なんで……?


 ハルコルは敗軍の将だ。

 だが、誰1人部下たちの声はハルコルを責めてなどいない。

 責められるべき立場なのに、それでも部下たちにツラファントの艦長を望まれている幻聴を聞くなど、なんと情けないことだろう。

 己の浅ましさに歯を食いしばりたくなる。


 だが、周りの部下たちの声は、ハルコルの望んでいない方向に傾く。


「艦長……!」

「よかった、生きているぞ!」

「すぐに医務室に–––––」

「いや、このガラス片をどうにかしないと無理だ!」

「艦長、聞こえますか? 必ず助けます、あと少しだけ辛抱してください!」


「………ッ」


 その声は、鮮明に聞こえた。

 同時に、背中に走る激痛がハルコルの意識を呼び戻す。

 その時、初めてハルコルはそれが幻聴などではない、本当の部下たちの声であると理解した。


「………ぁ」


 目がかすかに開く。

 最初に視界に入ったのは、破片が散らかっており、照明が落ちているのか暗くなってるツラファントのブリッジの床だった。

 そして、背中に突き刺さる無数のガラス片が与える鋭い痛みと、肩を叩かれる感覚。

 それが先ほど聞こえてきた声の主、機関長の声だとわかるのに時間はかからなかった。


「ライン……」


「艦長! よかった、意識が戻られたのですね!」


 心の底から喜んでいるのが声だけでわかる。

 だが、ハルコルの頭の中は現状が全く理解できていなかった。


 彼らがどうしてここにいるのか?

 なんで自分は生きているのか?

 ヴィオランテはどこにいるのか? 無事なのか?

 他の乗組員たちは生きているのか?

 ……何で、艦長である俺を責めないのか?


「何で……?」


 多くの疑問がハルコルの脳内に浮かび上がる。

 だが、肉体が限界に近い状態のハルコルは、出血により朦朧とする意識の中、そうつぶやくのが精一杯だった。


 その中で、機関長が返してくれたのはハルコルが1番気になっていた事柄だった。


「航宙長が我々を呼んでくれたのです。あなたに命をかけて救われた、だから助けて欲しい、と!」


「そう、か………」


 ハルコルが1番気にしていたこと。

 ヴィオランテは、無事だったようだ。

 それが分かっただけでも、ハルコルの意識の中には不思議と落ち着ける感覚があった。


「………良かった………」


「艦長……?」


 呼び戻された意識は、しかし疲れ果てて睡眠を欲している。

 疑問は尽きないが、それでもいい。

 すこしだけ、眠らせて欲しい。


「艦長……? 艦長!」


 必死で揺らす機関長に、しかしハルコルは先に意識を手放してしまった。

 そして、巡洋戦艦のツラファントを駆使して弩級戦艦のタルギアと戦い抜いたカラピリメ人の艦長は、今度こそ深い眠りについた。




 ≡≡≡≡≡≡≡


「zzz……」


「艦長……!? あ、眠っただけか……良かった……」


 ハルコルは死んだわけではない。

 疲労で睡眠を必要とするほどの負傷はしたものの、ガラス片は幸い重要な血管などを傷つけてはおらず、命に別状はなかった。

 それを知った機関長は、思わず胸をなでおろす。


「後は……」


「艦長!」

「お待たせしました!」


 通路の方に機関長が目を向けた時、彼に艦長の危機を伝えてくれたニーグント人の航宙長と、彼が連れてきた軍医が駆けつけた。


「状況は?」


「眠っているだけです」


 軍医は状況を確認すると、すぐに応急処置に取り掛かる。


「出血は少ないか……血管には刺さっていないようだが、念のため輸血を多めに持ってきてくれ。無理に動かすより、この場で処置したほうが早い」


「分かった。ここを頼む!」


「はい」


 航宙長が頷く。

 機関長は輸血を持って来るべく、急いで医務室へと向かった。




 ≡≡≡≡≡≡≡


 ハルコルが最後の賭けとなる主砲を放つ寸前、ヴィオランテの意識はついに限界を迎えて途切れてしまった。

 そして再び目を覚ました時、ブリッジの惨状と何より自身をかばって傷ついていたハルコルを見て、彼女は声にならないほどの大きなショックを受けた。

 意識を失っていたことで、ガイルの炉とのリンクは途切れ、ツラファントにもたらされていたその恩恵はなくなっており、乗組員たちの中にも目を覚ますものたちがいた。


 ハルコルにまだ息があることを確認したヴィオランテは、ブリッジの惨状の原因やタルギアがどうなったかなどを確認する前に、急いでハルコルを助けるために動き出した。

 ヴィオランテの癒しの血肉を使えばハルコルの傷を癒すこともできる。

 だが、失った血液は戻らないし、何より彼の怪我の原因はガラス片によるもの。ヴィオランテの癒しの血肉はあくまでも再生力を異常に活性化させるものであり、こうした怪我に用いるとガラス片を取り込んでしまい感染症などの原因になる恐れがあった。


 だから、ハルコルの怪我を治すためにはツラファントの軍医を頼る必要があり、そのために乗組員たちの力が必要だった。


 彼らはすでに目覚めており、ツラファントの異常を察して動き出している。

 だが、扉の自動制御などのシステムを担うコンピューターを含め、このブリッジの内部の設備はほぼ完全に破壊されてしまっている。


 その時タルギアはマクスウェル率いる艦隊とにらみ合いの状況にあり、ツラファントをかまっている余裕はなかった。


 外の様子を知ることができないツラファントのブリッジでは、そんなことなど露知らずのヴィオランテがハルコルを助けるために動き出す。


 緊急脱出用の斧で、変形し開閉動作が効かなくなっていたブリッジの自動扉を破壊してから、ニーグント人の航宙長の姿になったヴィオランテは、急いで脱出艇のある方向へと走った。


「航宙長!?」


 そこで再会したのが、ツラファントの機関長であるラインが率いる一団だった。

 航宙長は、彼らに助力を願い出た。

 現状の説明よりも、とにかく艦長を助けることを優先した彼らは二つ返事で承諾。機関長以下の一団はブリッジの方に向かい、航宙長は再び脱出艇のある方へと向かう。


 そして格納庫の前で、変形した扉を突破して出てきた乗組員たちと合流を果たした。

 彼らにもハルコルがブリッジで重傷を負っていることを伝え、現状の把握よりもハルコルを助けることを優先させた軍医らとともに機関長が先行しているブリッジへと急いだ。


 ……そして、この現状に至る。


 脈を確認し、ハルコルの傷だらけの制服を手早く、けれどもガラス片を動かさないように丁寧に切り裂いてその背中を出してから消毒液をかけ、手早く処置の準備を進めていく軍医を見て、ヴィオランテは今の自分にこの場でできることはないことに、悔しさを覚える。


 機関長の部下たちは手を貸そうと申し出るが、軍医は汚れた手で触るな無事でも祈っていろ!と近づくことを許さなかった。


 確かに、今は祈るくらいしかできない。

 それでも、何かしなければ。


 何もできないことが悔しくて、ヴィオランテは祈るよりも動くことを優先させた。


「航宙長、どちらへ?」


 ブリッジを後にしようとしたヴィオランテに、手持ち無沙汰となり祈り出していた機関長の部下たちが声をかける。


「戦略指揮所に向かうのです。現場の確認と、ブリッジのシステムを戦略指揮所の方に移す。ここは、もう使えないでしょうからね」


 それだけ言って、出て行く。


 ヴィオランテの後ろでは、ハルコルの元を離れたくはない、しかし出来ることがないと、機関長の部下たちが立ち往生する。


「航宙長を手伝ってこい! そこにいると邪魔だ!」


 それを軍医は追い払った。

 慌てて航宙長を追い、面々が駆けて行く。


「艦長用のパックと輸血キット持ってきたぞ!」


 そこに入れ替わるように機関長が駆けつける。

 ツラファントの面々も、戦場の只中ではあったが、それぞれ己の役目見出しそれを果たすべく、沈黙していた艦内を駆け回っていた。

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