勝機
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ツラファントの属するヒストリカ級航宙巡洋戦闘艦を始めとする、バラフミア王朝において艦隊旗艦を務めることが想定されている艦級には、ブリッジの他に戦略指揮所が設けられている。
通常は艦隊司令官を始めとする艦隊戦における総指揮の拠点として運用される部屋だが、現在のようにブリッジが使用不能に陥った際には操艦システムの転用ができ、ここでも艦艇の操舵が可能となる予備のブリッジとなる場所でもある。
付いてきてくれた機関長の部下たちとともに戦略指揮所に到着したヴィオランテは、各機器を発動させて操舵システムを委譲させた。
「まずは戦況の把握からだ」
モニターと索敵システムを起動する。
彼女が最後に見たのは、ハルコルが呼びかけに答えて手法を敵の弩級戦艦に向けた時である。
結末がどうなったのか、それはまだわからない。
しかし、こうして生きているということは、ハルコルは勝てたのだと思う。
彼には命を救われた。
ガラス片が刺さっても、ヴィオランテは死ぬことはない。
それを承知していたはずなのに、それでも彼は助けてくれた。
(だから、今度は私が助けます。貴方の守りたいと願うものを、子供達の未来を守るために)
ガイルの炉が、二度と誰の目にも触れられないように封印する。
ハルコルと最後の別れを交わせないのは残念だけど、きっとしんみりしたものになるだろう。
所詮、自分は化物呼ばわりされている種族。
彼のような、それでも認めてくれる人の涙を見て別れるくらいなら、このツラファントの起きている乗組員たちに本来の[化け物]呼ばわりされて生涯を閉じる方が、ずっと楽だ。
ヴィオランテの中で、覚悟は決まっていた。
本当に命をかけて守ってくれた人のために、最後の役目を終える。
……しかし、事態は彼女の想定とは違っていた。
「周囲に艦艇多数!」
「何……!?」
発動させた索敵システムに移されたのは、多数のアストルヒィアの識別コードを持つ艦隊。
そして、モニターに映し出されたのはその艦隊と単艦で渡り合う、先ほどまでツラファントと攻防を繰り広げていたはずの、クラルデンの弩級戦艦だった。
ところどころ装甲の色が変わっているように見えるが、その形状は間違えなくあの戦艦だった。
「何で……?」
何で蛮族の戦艦が残っているのか?
何でアストルヒィアの艦隊がいるのか?
疑問は多く残るが、確かなのはツラファントが絶体絶命にあることは変えようのない事実だということ。
「どうすれば!?」
「周り敵だらけじゃねえかよ!」
「いったいどこから湧いてきたんだよ、こいつら?」
「それ以前にここは何処だ!?」
混乱する乗組員たち。
無理もない。ここに駆けつけたのか機関長の部下たち、つまり本職はエンジニアの軍人だ。戦闘を生業としているわけではない。
ヴィオランテも状況の理解が追いついていない。
動かなければと思ったのだが、この完全の方位の形の中で下手に動けばアストルヒィアの艦隊の攻撃を受けることになる。
この空間は、次元峡層を用いた次元転移でのみ、故意の移動が可能の空間である。
バラフミアの艦艇のワープ航法は、ワームホールを利用したフォトンラーフである。だからこそ、遺跡にたどり着いても彼らはここまで乗り込むことができなかった。
しかし、次元転移をワープ航法で扱う勢力はある。
それが、テュタリニアを巡りバラフミアと交戦中の勢力である、渦巻銀河の支配者アストルヒィアだ。
クラルデンが介入してきた理由と目されている、反体制派のテロリストにより流出した、カミラース星系に対するバラフミアの極秘扱いとなっていた航宙記録。
それを保管していたのはテュタリニアの宙域間超光速ネットワークによる航宙記録のデータベースである。
テュタリニアが陥落したとすれば、そこからアストルヒィアもカミラース星系に関する航宙記録を入手可能となる。
「もし、そうなっていたとしたら……!」
ヴィオランテの脳裏には、アストルヒィアによるテュタリニアの制圧という最悪のシナリオが浮かんでいた。
テュタリニアにあるのは、カミラース星系に対する航宙記録だけではない。
バラフミアが蓄積してきた、シャイロン星雲のありとあらゆる航宙記録である。
それは、バラフミアの支配しているこの星雲の情報がさらけ出されることであり、アストルヒィアに対して侵略の正しいルートを記した宙域図を明け渡したことでもある。
ガイルの炉の以前に、ハルコルが命をかけて守ろうとしているバラフミア王朝に住まうすべての人種、その子供たちが侵略の危険にさらされているということだ。
「………ッ!」
そうだとすれば、ガイルの炉はバラフミアにとって必要なものとなる。
子供達を守るために、その守るべき子供を生贄にする超兵器。
無から無限を生み出す原初の永久機関[ガイル・テルス・コア]を製造する炉。
未来永劫に至るまでアストルヒィアの支配を受けることになる暗い時代を子供たちに与えるくらいなら、少数を切り捨て大勢を救うべきではないのだろうか。
そんな考えがよぎる。
「……それは、出来ない」
ヴィオランテは、すぐにその悪魔のささやきを振り払った。
そんなこと、ハルコルはきっと許さない。
ハルコルならばきっと、子供を生贄にするくらいなら、命をかけてその手で守り抜く選択をするだろう。
(なら、私がそれを選んではダメですよね!)
頭に浮かんだ生贄を出す選択を振り払う。
……そして、気づく。
包囲しているのに、なぜかアストルヒィアの艦艇は一切攻撃してきていないことに。
ツラファントを囲む彼らが砲撃していれば、動かなくともツラファントに誤射しているはず。
なのに、1発も被弾していない。
それは、包囲しているアストルヒィアの艦隊が1発も反撃しておらず、クラルデンの弩級戦艦が一方的な攻撃をしているからだった。
「そういえば、なんで撃ってこないのでしょうか……?」
ヴィオランテが抱いた疑問を代弁するように、後ろでつぶやきが聞こえる。
機関長の部下たちと一緒に振り返ると、そこにはツラファントの管制官とブリッジのクルーたちが立っていた。
「航宙長、状況は?」
ツラファントの副長である、ハルコルと同じカラピリメ人の軍人、サイラスが入室と同時に尋ねてきた。
「副長、艦長は……?」
「応急処置は完了して、先ほど医務室に運ばれた。あとはあの短気な医者に任せれば安心だろう」
副長の言葉に、一同が胸をなでおろす。
ヴィオランテは副長に向き直り敬礼してから、まだ自身も把握しきれていないが、とりあえず現段階で分かっていることを報告した。
「現在、ツラファントは識別不能の空間にあり、そこで接敵したクラルデンの艦隊旗艦と思われる弩級戦艦と接触。また、該当敵艦とともにアストルヒィアと思われる別勢力の大艦隊に包囲されています。現在、クラルデンの弩級戦艦とアストルヒィアと推定される艦隊が交戦中。ただし、アストルヒィアと推定される艦隊の方は攻撃を行っておらず、クラルデンの弩級戦艦の一方的な攻撃が続けられている状況です。
また、ツラファントはブリッジ並びに後部上面装甲が破壊、2番副砲、3番主砲が沈黙。機関並びに艦橋前方の武装は健在。しかしブリッジの操舵システムを含める全設備が使用不能となっており、緊急事態につき戦略指揮所に操艦システムを委譲しています」
「弩級戦艦か……艦種は?」
「該当データがありません。新型艦艇と推定されます」
「分かった、ご苦労」
副長は頷くと、モニターに映るアストルヒィアの艦隊と交戦中、というよりも一方的な攻撃を行っているクラルデンの弩級戦艦の方を見る。
「蛮族め。確かに見たことのない艦艇だが……ん?」
そして、副長がそのクラルデンの弩級戦艦の攻撃を受けているアストルヒィアの艦隊の方に目を向けた時、顔色が変わった。
何かに気づいた様子で、索敵システムの地点に立っていた管制官に声をかける。
「あれは……管制官!」
「何でしょうか?」
「アストルヒィア艦艇の識別をしてくれ」
「了解しました」
言われるがまま、管制官がアストルヒィアの艦隊を調べる。
ヴィオランテは副長が何に気づいてそのような行動に出たのか、意図がつかめずにモニターに映るアストルヒィアの艦隊の方を見る。
そして、その装甲に記されていたマーキングに目がついた。
「あっ!」
ヴィオランテが気づくと同時、管制官も声を上げる。
「「マクスウェル司令の艦隊!」」
2人の声が重なった。
それを聞いたツラファントのクルーたちも、その言葉だけで艦隊が敵などではないことに気付いた。
このカミラース星系に派遣された艦隊は、4つの艦隊で構成されている。
ツラファントが所属する遺跡が発見されたオリフィードの駐留艦隊で、カミラース星系に派遣された4艦隊全ての総司令官であるアルフォンス司令の率いる艦隊。
貴族の出自であり、純血主義と人種差別の思想を持つ、次席指揮官のデーヴィット司令が率いるメッザニアに展開した艦隊。
上に媚びへつらい下に責任を押し付けて、実績ではなく弁舌と保身欲のなす立ち回りでその地位に登りつめた腰巾着と揶揄されているシェグドア司令の率いる機動艦隊。
そして、外惑星系の調査とアストルヒィアの拿捕艦艇からなる艦隊という貧乏くじを引かされていた、二等兵から叩き上げで艦隊司令に上り詰めてきたマクスウェル司令の率いる艦隊である。
管制官が調べたところ、敵とみられていたアストルヒィアの艦艇で構成されるその艦隊は、マクスウェル司令の率いる艦隊と識別コードが一致したのである。
つまり、艦隊の方は味方なのだ。
どういう経緯でマクスウェル司令がここに来たのかはわからない。
だが、ツラファントへの誤射を避けるために反撃することができないというのは一目瞭然である。
そして、それは単艦で弩級戦艦に立ち向かわざるおえなかった先ほどまでの絶望的な戦いではない、勝利の確かな希望が見える圧倒的に優勢な戦況でもあった。
「副長……!」
「分かっている。総員、戦闘配置!」
ヴィオランテの意図をサイラス副長はすぐに汲み取ってくれた。
なぜこんな空間にいるのか?ここはそもそもどこなのか?
疑問は尽きないだろうが、今やるべき最善が彼らにはわかっている。
幸い、人質となっているツラファントが動けることにクラルデンの弩級戦艦は気づいていないらしい。
まだ、希望は潰えていなかった。
蛮族はマクスウェル司令の艦隊が出てきたから、ガイルの炉を手に入れることもツラファントを鎮めることもできなかったのだろう。
「艦長……まだ、私たちは負けていません……!」
医務室で眠っているだろうハルコルに、彼がここまでつないでくれた奮戦に心の中で感謝をしてから、ヴィオランテは操舵桿を握りしめた。
「目標、標準合ったぞ!」
ツラファントの主砲が、タルギアに向けられる。
副長は頷くと、命令を出した。
「目標、敵クラルデン弩級戦艦! 蛮族に目にもの見せてやるぞ! 1番、2番主砲、撃てぇ!」
中性子パルスメーザーが、ガラ空きの白銀の艦艇の装甲に向けて放たれた。
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