黙示
完全な不意打ちだった。
しかし、ツラファントのブリッジが沈黙しただけ。機関も主砲も生きているならば、操舵のシステムをブリッジ以外に動かして再起動させることも可能のはず。
それを考慮していなかった、油断だった。
「……………」
予想外の人質となっていた艦艇からの砲撃を不意打ちで食らったが、それでもレギオは慌てることはなかった。
タルギアの装甲に被弾はしたものの、その主砲の威力は通常のヒストリカ級航宙巡洋戦闘艦と変わらない。
ソルティアムウォールなくとも、弩級戦艦のタルギアの装甲を撃ち抜くには威力が完全に不足している。
ならば慌てる必要はない。
トイ・ロールガン・ブラストをツラファントの主砲に向けて攻撃する。
それは瞬く間にツラファントの残っていた上部の主砲と副砲の中性子パルスメーザーを破壊した。
沈黙していれば人質だが、動き抵抗する艦艇にそれは通用しないだろう。
なにより、先ほどまでの摩訶不思議な出力が消えたとはいえ、いつ再発するかなどレギオには判別できない。
そんな危険因子を人質として抱えている余裕などない。
逃げるツラファントは完全に無視して、そのツラファントを守ろうと動き、救援活動なども重なって大きく崩れていたマクスウェル率いる革命軍の艦隊の陣形の穴をつき、タルギアは包囲網の突破を果たした。
想定外が続くが、敵に取ってもツラファントの復帰は想定外なのだろう。連携がなっていなければ、動きは稚拙で包囲網を突破することも難しくはない。
数の圧倒的な不利は変わらないが、打破出来ない状況でもなかった。
しかし、敵は人質を取り返した。
そもそもツラファントを無視して砲撃を加えようとしていた様子が見えたが、解放されたとなればためらう理由はないだろう。
その証拠に、包囲網を突破したタルギアに向けて、敵艦隊から多数の陽電子ビームが放たれている。
しかし、乱れた陣形と急な方向転換、慣れないアストルヒィアの艦艇により、第1波の攻撃は明後日の方向に逸れ掠りもしなかった。
「まともに狙うこともできないのか? 敵艦を沈める前に味方の混乱を収集する方が、結果的には好機を捨てることになっても勝利につながる」
二つの肉片を時間差で落とした時に、早く落ちてきた方の肉片にばかり群がり、二つ目の肉片を無視して共食いに発展する飢えた肉食魚の群れのようだ。
タルギアを回頭させ、前方の装甲をガードする1番と、両舷上部装甲をガードする2番並びに3番のソルティアムウォールを機動させる。
白銀の装甲を、光も飲み込む暗き盾が覆い尽くす。
今度は立て直して砲撃してきたマクスウェル艦隊の陽電子ビームの斉射は、展開されたソルティアムウォールに飲み込まれて消失した。
さらにレギオは次元転移機構を用いて、敵艦隊の下部に対して亜光速誘導弾を多数発射させる。
クラルデンの攻航艦と違い、アウトレンジの砲撃戦を主体としているアストルヒィアの艦艇は突撃には向いていない。
まともにこの艦艇で組む艦隊を使うとすれば、距離を詰めるのは愚行である。
よって、敵に反撃も許さない斉射を繰り返すのが主体となるだろうが、タルギアにその戦い方は通用しない。
前方に対する索敵システムは反応しないが、アストルヒィアの艦隊を運用する定石を把握しているレギオは、あえてトイ・ロールガン・ブラストの射程から外れた。
狙い通りマクスウェルは距離をとったままソルティアムウォールに守られるタルギアに攻撃を繰り返しており、次元転移で飛ばされてきた亜光速誘導弾に対する対応ができなかった。
被弾したアストルヒィアの艦艇が次々に撃沈していく。
あくまで人質を抱えた状態では動けないからマクスウェルには撤退してもらうのが最も合理的であり、そのためには死者や撃沈艦艇を出すのではなく負傷者と航行不能の艦艇を増やすほうが効率的だったというだけである。
別に情けで敵に死者を出さなかったわけではない。
マクスウェルたちがツラファントの退避で人質の枷を外すことができたと同じように、タルギアの側もツラファントは人質であるとともに枷としても機能していた。
それがなくなった以上、敵艦艇を沈めない理由はなく、レギオは負傷艦艇を増やして撃退する作戦から、追っ手を叩き潰しながら撹乱し時間を稼ぐ方向に舵をとった。
タルギアはソルティアムウォールを始めとする強力な兵装を多く備えた艦艇である。たやすく撃沈できるものではない。
タルギアにカミラース星系の通常空間に復帰する手段がない以上、この空間にいるマクスウェルの艦隊相手にはいかに奮戦して被害を拡大させ足止めさせるかという戦いが求められる。
その点、タルギアの性能を考慮すれば、足止めを目的とする戦いにおいては使える性能を持つ艦艇だった。
ハッキング信号を発信、敵艦隊の操舵システムにウイルスを撒き、敵のロックオンをすべてタルギアに集中させる。
これで、マクスウェルの艦隊が通常空間に離脱して戦闘を行うためには、タルギアを倒すことが必要不可欠となる。
「目を背けさせるつもりはない。俺1人超えられないというならば、我が祖父の教えを継ぐルギアス艦隊の前に立つ資格はないと思え」
未だカミラース星系で戦っていると思う配下たちのために、異空間に単身取り残されてもなお、レギオは戦い続ける。
その目が見据える先には、被弾して煙を上げる空母戦艦が1隻。
「沈め」
そこに向け、レギオが大口径コイルガンを放つ。
亜光速で放たれた質量弾はマクスウェルの旗艦を貫き、その艦体を炎で包み込んで一気に爆沈させた。
≡≡≡≡≡≡≡
完全な不意打ち。
ガイルの炉とのリンクが切れたとはいえ、この至近距離で中性子パルスメーザーを受ければ無事では済まないはず。
ツラファントのクルーたちはそれを信じて、主砲を放った。
確かに、中性子パルスメーザーは直撃した。
……だが、ソルティアムウォールなくとも、巡洋戦艦の主砲で貫かれるほどタルギアの装甲は容易く破壊できる代物ではなかった。
「敵艦命中! ……効果認められず!」
「バカな!?」
起死回生の逆転の一手は、たやすく砕け散った。
そして、奇襲にかけて失敗した者の末路を示すように、ツラファントの復帰など想定内だというかのようにタルギアの対艦光学兵器であるトイ・ロールガン・ブラストが、ツラファントの上面装甲と封鎖をしていたブリッジのある階層以上の艦橋を破壊した。
「うああぁ!?」
「クッソ!」
「艦橋に被弾!」
「ぐっ!?」
「うおっ!?」
衝撃がツラファントを駆け巡る。
乗組員たちが次々に転び倒れこむ中、ヴィオランテは失ったのが艦橋と残る上部装甲の主砲だけで、機関がやられていないことをすぐに確認すると、誰よりも早く立ち直って操舵を握った。
「機関が無事ならまだ行けます! 緊急退避!」
「回るぞ、捕まれ!」
ヴィオランテの意図をすぐに読み取ってくれたサイラスが、指示を出す。
しかしそれについていけるものはほとんどおらず、急に回頭して加速したツラファントに振り回され、さらに転げ落ちる者が続出した。
しかし、ヴィオランテのとっさの判断でタルギアの追撃からツラファントは脱出することができた。
「ダメージコントロールだ! 隔壁閉鎖、急げ!」
サイラスの命令で、立ち直ったクルーたちが動き出す。
タルギアと距離を取ることが成功したツラファントは、なんとかマクスウェルの艦隊の中に飛び込むことができた。
しかし、ツラファントが動くことはマクスウェルの艦隊にとっても想定外だったようで、崩れた陣形の穴を突いて瞬く間に動いたタルギアに包囲網の突破を許す。
逃すまいと陽電子ビームが次々に放たれるが、混乱から立ち直っていないこともありマクスウェル艦隊の攻撃はデタラメな射線を描くばかりで、タルギアをかすめもしなかった。
だが、離脱することはできた。
マクスウェル司令の旗艦であるアストルヒィアの空母戦艦の隣に落ち着き、ヴィオランテは一旦ツラファントを停止した。
同時に、マクスウェルから回線が飛ばされてくる。
『ハルコル! 無事だったのか!? 乗組員たちは!?』
そして回線を応答すると同時に、普段見られない慌てた様子のマクスウェルの顔がモニターに映し出された。
「マクスウェル司令!」
『……無事だったか。ハルコルは?』
「艦長も負傷していますが命に別状はありません」
クルーたちの無事を見て、安心したように深く息を吐いたマクスウェル。
ヴィオランテには一瞬、誰よりも真っ先に航宙長の姿をしている自分の無事を確認したように見えたが、気のせいだろうとその考えを早々に捨てた。
副長が応対してくれている間に、なんとかツラファントを立て直すべく動き出す。
ツラファントを再び回頭させながら、マクスウェルとサイラスの会話に耳を傾ける。
「手間を取らせ、申し訳ありません」
『構わん。主らが無事ならば、勝機はある。これで心置きなくたあの蛮族を叩けるというものだ。……その被害では戦列は務まらんだろう、あとは我輩に任せ下がっていろ』
「了解しました」
それで回線は切れた。
再び意識を前方に向ける。
いかにあの弩級戦艦でも、わずか1隻。
マクスウェル司令の艦隊はアストルヒィアの拿捕艦艇とはいえ、80隻からなる艦隊である。
数で圧倒的優位に立つならば、あの蛮族もさすがに大丈夫だろう。
……そう、思っていた。
その振動は、前触れもなく起きた。
「うわっ!?」
「何だ何だ!?」
「上部装甲被弾!? 一体何処から!」
突然ツラファントを襲った衝撃。
それが敵の攻撃によるものだと把握できたとき、確かなものとして見えたはずの勝利への道筋が、崩れ落ちる。
「マクスウェル司令が!」
管制官が悲鳴に近い声を上げる。
ツラファントの隣で、マクスウェルの乗る旗艦である空母戦艦が、その特別な艦級ゆえに構造的に弱い上部装甲に大きな損害を受けていた。
「マクスウェル司令!」
「きゅ、救援しないと……!」
たとえ武装を失っても、ツラファントの旗艦はまだ生きている。救護活動くらいならばできる。
急いでマクスウェル司令の救援を行おうと、タルギアの乗組員たちが動く。
だが、その思いを踏みにじるように、彼らの目の前で、突如飛来してきた巨大な質量弾がマクスウェルの乗る旗艦を貫く。
「司令!」
サイラスが手を伸ばす。
だが、それに応えることなく、マクスウェルの乗る空母戦艦は炎に包まれ、彼らの目の前で爆沈した。
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