幻影
マクスウェルの旗艦は沈めた。
だが、その爆沈地点から、一瞬飛び出した脱出艇をレギオは見逃さなかった。
「しぶとい老ぼれめ……!」
思わず舌打ちをする。
旗艦を捨て、配下を捨て、次元転移で早々に逃げたようだ。
相変わらずのしぶとさも健在だったようである。
だが、旗艦の撃沈はマクスウェルの艦隊の士気を大きく崩した。
もともとレギオの神業のような砲撃を受けていた艦隊である。今更仲間を沈められたところで士気の立て直しはできず、その砲が今度こそ自分たちに向けられたことを悟った彼らは、指揮官を失ったことでその戦意がとうとう霧散した。
艦艇を沈められず、しかし航行不能に追い込まれる。
革命軍の中に積み重なっていたその心理的負担は、彼らの崇める指揮官の乗る旗艦の撃沈により、崩れたのである。
統率を失った艦隊は、混乱に陥った。
大半の艦艇は、勝てないと悟り次々に次元転移で宙域を逃れようと、陣形を離れていく。
一部の艦艇は陽電子ビームを撃ち続けているが、先ほどからタルギアには傷一つ与えることもできていない。
しかし、戦意の残っている艦隊はわずか10隻にも満たない。
その上、救援を必要とする艦艇も多く、崩れた陣形ではまともな攻撃もままならなくなっていた。
このまま士気を切り崩した艦隊ならば、ルギアス艦隊の本隊と遭遇することになってもまともな交戦を試みようとは思わないだろう。
マクスウェルの率いる艦隊は革命軍である。この宙域に来た理由は革命を成し遂げるために、弱った王朝と渡り合える超兵器を入手するために来たのだろう。
共和主義を掲げる彼らの目的は王朝の体制変換であり、超兵器を手に入れるのはあくまでも手段にすぎない。
カミラース星系の戦いは、アストルヒィアとの戦争において負けるわけにはいかないバラフミア王朝と違い、革命軍は引くことができる戦いである。
バラフミア王朝や革命軍に超兵器を入手されないことを目的としている帝政クラルデンとは、どちらかが倒れるまで戦う必要がないのである。
これだけ士気を削り取れば、ルギアス艦隊の本隊と合流しても革命軍は引くだろう。
そのため、革命軍に関しては戦意を無くして逃げ出すものに関しては、無用の追撃を行う必要がない。
これ以上の戦闘は無用と判断し、レギオは攻撃の手を止めソルティアムウォールによる防御に集中することにした。
ロックオンの集中を強要するハッキングを解除する。
革命軍の艦艇は、次々と次元転移で空間からの撤退を行っていく。
そして仲間の撤退は革命軍の戦意を残している艦艇の士気も削ぎ、タルギアからの攻撃の手が止まっている間にほとんどの艦艇が撤退していった。
残るは、救援活動を終えて無人となったアストルヒィアの艦艇ばかり。
その中には、ツラファントの姿もあった。
おそらくあの艦艇も無人となっているだろう。
それは、この空間における戦闘の終了を意味する。
ひとまず、敵は追い払った。
ソルティアムウォールを解除する。
索敵システムが、前方の状況を映し出す。
動く敵艦は残っておらず、空間にはタルギアを残し人の乗る艦艇はすべて引き払われた様子だった。
「……敵は排除した」
終わった戦況をかまうつもりも、手柄を誇るつもりもない。
後ろを向くと、その先にはこの空間の中心と思われる球体が存在している。
摩訶不思議な現象が多数起こるこの空間の中心となっている存在。
レギオはツラファントとの戦闘中から、この不可解な空間などから照らし合わせ、球体が超兵器がそれに通じる重要な手がかりとなると推定していた。
カミラース星系にルギアス艦隊が派遣された目的は、バラフミア王朝が狙う超兵器の確保、または破壊。バラフミア王朝がその超兵器を狙うことを阻止することにある。
次元転移機構によるワープ航法を持たないため、この空間から脱出する手段をタルギアは有していない。
この空間にとらわれている現状、レギオが皇帝の勅命を殉ずる手段は一つしかない。
詳細のわからない超兵器を入手して余計なリスクを冒すよりは、入手不可能にするべきだろう。
あの球体が超兵器そのものであれ、手がかりとなるものであれ、それをつかむまでの道程において重要なものであると推測できる。
破壊にしろ、入手不可能にするにしろ、タルギアを用いて破壊するのみ。
「……行くか」
マクスウェルを討ち漏らしたことは振り返らず、タルギアの艦首を巨大な球体に向け、レギオは艦速機構を切り替え前進を始めた。
だが、その残された無人の敵艦隊に向けた無防備なタルギアの推進器に、中性子パルスメーザーが直撃した。
「……………」
艦内に走る衝撃と、推進器の被弾を伝える警告の表示を見たレギオは、すぐにソルティアムウォールの7番、タルギアの後部推進器周辺を守る暗黒の盾を展開させる。
陽電子ビームにしては、威力が劣っている。
つまり、あの場において唯一のバラフミア軍所属の艦艇であるツラファントからの攻撃によるものだろう。
マクスウェルの配下に置き去りにされたか、もしくはこれを狙っていたということか。
どちらにしろ、またもツラファントからの不意打ちを許す結果となった。
ソルティアムウォールを展開したことで推進力を得られなくなったものの、加速したタルギアの速度は持っている。
前進ならばしばらくは続けられる。
どちらにせよ、巡洋戦艦の主砲である中性子パルスメーザーではタルギアのソルティアムウォールはおろか、装甲も貫くことはできない。
航行不能とはいえまだ陽電子ビームを使うことはできただろうアストルヒィアの艦艇は何隻が残っていた。
せっかく得た不意打ちの好機をツラファントで使用したのは、選択肢を誤ったことになる。
詰めが甘いが、しかしレギオは油断をしない。
当初の戦闘で、ツラファントには不思議な力が味方についていた。
不意打ちとなった先程の一撃は通常の巡洋戦艦の主砲だったが、またその主砲の威力が跳ね上がったとしてもおかしくはない。
そのような敵を背中につかせた状態であの球体を破壊するのは難しいと考え、先に片付けておくべきと判断する。
ツラファントを迎撃するため、艦首を回頭させた。
そのツラファントに最初の被弾を許した右舷をかばうように、左に回頭させる。
だが、レギオの予想に反しその右舷を見せた側に次元峡層が形成されていく。
「………!?」
想定外のことに反応が遅れたタルギア。
そのわずかに傷をつけることができていた右舷に、次元峡層から出てきたツラファントが艦体底部前方に備え付けられている最後の主砲を光らせる。
レギオも右舷にソルティアムウォールを展開させようとしたが、ツラファントの方が早かった。
その傷を負ったタルギアの白銀の装甲に、中性子パルスメーザーとは思えない異常なほどに威力の高くなったツラファントの主砲が放たれた。
タルギアに衝撃が走る。
「……土壇場で面白い曲芸を見せてくれる」
アストルヒィアの艦艇に備え付けられている次元転移機構を使い、ツラファントを瞬間移動させたということだろう。
だが、その程度で動揺することはない。
タルギアの装甲が穿たれたものの、右舷上部の衝核砲は生きている。ソルティアムウォールも破損していない。
被弾した箇所を狙うのはうまかったが、それだけである。
好機をみすみす2度も棒に振ったツラファントに、レギオは焦ることなく衝核砲を向ける。
体当たりも辞さないツラファントは、構うものかとタルギアの右舷に突撃した。
しかし、突撃戦法を得手とするクラルデンの艦艇の装甲に、通常兵器の水準が他勢力に比べ一段劣るバラフミア王朝の艦艇が体当たりをしたところで、その結果は明らかだった。
ツラファントの前面装甲は潰されたが、タルギアの傷ついていた装甲にはそれ以上の破壊を与えることができなかった。
「沈め」
そこに、衝核砲が向けられる。
そして、ツラファントに撤退の猶予も与えることなく、その艦体を貫いて轟沈させた。
「………なんだ?」
だが、ツラファントを爆沈させたレギオは、違和感を感じた。
何かが違う、と。
レギオは直感を頼りにすることはあまりしない。
だから、普段ならば好機と感じ取った時でも感情に任せて突撃することはせず、慎重さを欠かさずに戦況の把握をする。
今回も、戦況の確認から入った。
そして、同時に気づく。
索敵システムに動いていないツラファントが映し出されていたことに。
「幻か」
どうやら先ほど破壊した艦艇は、アストルヒィアのもの、革命軍が捨てていた艦艇の一つだったらしい。
どういうカラクリかは知らないが、レギオは索敵システムが目標を見誤るという事態にも、冷静に対応する。
「ならば本体を沈めるだけだ」
無人艦でもなければ、あんな戦い方はさせないだろう。
マクスウェル艦隊と合同で当たっている作戦にしろ、この摩訶不思議な現象を起こしているのはあの球体であり、それが支援をしているのはツラファントで間違えないらしい。
どうやら、超兵器のヒントはツラファントの方にもある様子である。
ならば、指揮をとる艦艇であるツラファントを沈めればそれで手掛かりを壊すことができる。
レギオはタルギアの回頭を中断し、ツラファントに対して衝核砲の砲身を向けた。
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