番人として


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 マクスウェルの乗る旗艦の撃沈は、艦隊の士気を挫いた。

 撃っても撃っても傷一つ付けられないのに、タルギアの砲撃は正確に艦隊の戦力を駆逐していく。

 覆しようのない壁を前に、混乱する中、自分たちを率いる統率者を失えばそれは仕方のない反応だった。

 そして、マクスウェル艦隊は瓦解した。


 反転し逃げるもの、抵抗を試みるもの、救援活動を急ぐもの。

 まとまりのあった艦隊行動は崩れ、全員が勝てない敵にかまうよりも生還することを優先させる。


 ハルコルと2人で挑んだ勝てるかどうかわからないけど勝ちの目はあった戦況じゃない。

 数で圧倒的に上回っていた、勝てると確信できたはずの戦況だった。


 それなのに、あの白銀のクラルデンの弩級戦艦は、それをも単艦でたやすく切り崩して見せた。

 そして、それはどうあがいても勝てないことを示す。


 この空間に意図的に入るには、ワームホールではない、他の次元世界を経由する次元転移が必要である。

 それを持っていたアストルヒィアの艦艇で構成されるマクスウェル司令の艦隊だからこそ、この空間に入ってこれたのだろう。


 だが、残るデーヴィット司令の率いる艦隊とシェグドア司令の率いる艦隊には、この空間に入る手段がなかった。

 それ以前に2人の艦隊司令の性格を考えれば救援に来てくれる可能性など皆無だろうけど、マクスウェル艦隊以外に援軍など望めるはずもなかった。


 だから、もう、あの弩級戦艦に勝つ手段は、残されていない。


 ここまでやって倒せなかったということは、最初から勝てない相手だったということなのだろう。

 ハルコルとともに戦ったのが、結局何の意味もない無駄な奮戦だったという事実を突きつけられ、ニーグント人の姿をしている航宙長は膝をついた。


「ここまでしても、勝てないの……!?」


 このままでは、確実にあの蛮族はガイルの炉を手に入れてしまう。

 そうなればおしまいだ。

 番人として、命をかけ世代を繋ぎ悠久の時の殆どを使ってこの遺跡を守ってきた先祖に申しひらきが立たない。


「航宙長……」


 膝をついたヴィオランテの肩に、機関長のラインが手を触れる。


「もう、出来ることはやりつくしたんだ。このままあいつに立ち向かっても、無駄死にするだけだ」


 マクスウェル司令でさえ勝てなかった存在に、敗残兵とかした自分たちが挑んでも負けることは必定である。

 旗艦と司令官をなくした艦隊には、どの艦から発せられたのかわからなくなるほどに、撤退命令と救援要請のコードがひっきりなしに回されている。


 それはツラファントにも届いており、マクスウェル艦隊に所属しているアストルヒィアから拿捕して戦線に転用した巡洋艦が付いており、撤退するためにツラファントの乗組員たちを収容していた。


 サイラス副長もツラファントを捨てる決意をしたらしい。

 ヴィオランテの耳にはそれどころじゃないと入ってこなかったが、既に離艦命令が出されていた。


「サイラス副長が離艦命令を出した。さっさといかねえと沈められちまうぞ」


 クラルデンの弩級戦艦は、その前面装甲をいつの間にか黒いカラーリングに変えており、そこに当たる攻撃がまるで幻とのように消えていくを繰り返している。

 その間は攻撃できないのか、クラルデンの弩級戦艦から攻撃が来る様子はない。

 この隙に離脱をするために、艦隊は救援活動で逃げられなくなっている仲間を収容して、満員になった艦艇から随時次々に次元転移で離脱をして行っている。


「君たちも急げ! 敵の攻撃がないうちに、乗り換えるんだ!」


 そしてツラファントの戦略指揮所にも、マクスウェル司令の部下でツラファントに横付けしている巡洋艦の所属なのだろう士官が入ってきた。

 彼らの指示に従い、ツラファントの乗組員たちも苦楽を共にしてきた艦艇を捨てて、生還するために巡洋艦に乗り移っていく。


「……行こう」


 機関長に促され、彼女も立ち上がる。

 しかし、その足は踏み出すのを拒絶するように、立ち上がった地点で立ち止まった。


「……? おい、早く行くぞ!」


 ついてこない航宙長を訝しみ、機関長が急かすように声をかける。


 しかし、航宙長の姿をしているヴィオランテは、1人考えていた。


 ガイルの炉の危険性は承知している。番人ゆえに。

 ガイル・テルス・コア。無から無限を生み出す原初の永久機関。

 それを作り出す炉心。


 帝政クラルデンは、大帝バグラの時代に九つの銀河全てを手中に収める寸前まで至った。

 起動彗星要塞都市と、何百万もの艦艇がなす侵略軍の前に、数多くの文明が淘汰されてきた。

 バラフミア王朝も崩壊寸前まで追い込まれた。


 奴らは戦に生きる戦闘種族である。

 戦争に生き、戦場を作り、すべてを淘汰して進む、あくなき戦争を欲する種族。


 そんな蛮族にガイル・テルス・コアが渡ることになれば、かつてのバグラの時代を再燃させることになりかねない。


 ハルコルは言った。

 こんなものに頼って子供を犠牲にはできない。

 犠牲なんか認められない。軍人ならば、命をかけて守りたいものをすべて守る、と。

 超兵器などなくても、己の力で国を、家族を、子供たちを守ってみせると。


 その言葉に偽りを感じなかったから、ヴィオランテはハルコルのその意地を見届けると決めた。


 彼は全力で戦った。

 格上の弩級戦艦に、その意地を示して立ち向かった。

 その奮戦はマクスウェル司令の艦隊が来るまでのときを稼ぐことができ、そして起き上がった乗組員たちに受け継がれた。


 せっかく見つけた古代文明の遺産には目もくれず、彼らはツラファントを使ってマクスウェル司令の艦隊とともに立ち向かってくれた。


 化け物と忌み嫌われ恐れられたヴィオランテだと知ってなお、ハルコルは彼女を受け入れてくれた。

 部下だから、と。

 遺跡の番人としての使命に殉じて生きてきた彼女にとって、それは何ものにも変えがたい感動だった。


 彼のような人がいてくれれば、彼の意志を継いでくれる部下たちがいてくれれば、新たな困難が待ち構えていたとしても立ち向かってくれるに違いない。


 この場においては自分達に勝ち目はないけど、きっとこの先の困難は乗り越えられると思う。

 超兵器に頼ることなく故郷を、国を守ろうという意思がある限り。


 それを知ったヴィオランテの中で、決意は定まっていた。


「機関長」


 機関長の元まで歩いて行き、戦略指揮所の開かれている扉を挟んで、彼にそれを託す。


「これを」


「……なんだこれ? いや、そんなことよりも早く–––––」


 彼らなら、いや彼らだからこそたくせる。

 本来番人としては許されない行為だけど、炉は必ず封印する。

 だから、その秘宝は機関長に託したのが唯一無二の遺産。


 ヴィオランテは機関長にその青く輝く宝玉–––––ガイル・テルス・コアを託すと、困惑している彼を押しのけて戦略指揮所の扉を閉じた。


「なっ!? お、おい!」


 扉を叩く音が聞こえる。

 しかし、ヴィオランテは扉から目を背け、本来の姿を取り戻す。


「何をしているんだ、早くしろ!」


「バカ言うな! 航宙長がまだいるんだぞ!」


「は!? もうその部屋には誰もいないだろ、早く来い!」


「違う! てめえこそ何言ってやがる!」


「いいから急げ! 連れて行け!」


「ま、まて! まだ中にいるんだよ! おい!」


 扉の外で、騒ぎを聞きつけたと思われるマクスウェル司令の部下らしき人たちが機関長を連れて行く。


「これで、いいんです……」


 ヴィオランテの姿は、監視カメラには映らない。警備室の艦内映像では、ここは既に無人となっている。

 けれど、それでいい。


 自分を残して全員が巡洋艦に乗り移ったことを確認したヴィオランテは、ツラファントの機関にリンクをつなげる。


「艦長は死なせません。けど、あなたには最後まで付き合ってもらいたいです。あの人に、見届けてもらえるように」


 マクスウェル艦隊が撤退していく。

 ツラファントの乗組員も脱出を果たす。


 1人残された彼女の乗るツラファントの周囲には、十数隻のいずれも動けなかったり武装が大きく破損しているアストルヒィアの艦艇が放棄されている。


 彼女のやろうとしていることは単純明快である。

 それは、番人としての最後の義務を果たすこと。

 ハルコルに約束した、見届けて欲しいと言った、ガイルの炉の封印である。


 ガイルの炉の支配するこの空間では、リンクをするヴィオランテが受ける恩恵に味方された艦隊は、強大な力を得られる。

 化け物と恐れられてきたその力を使い、ヴィオランテはあのクラルデンの弩級戦艦を道連れに空間ごとガイルの炉を封印するつもりだ。


 戦闘終了により油断しているのだろう。

 クラルデンの弩級戦艦が回頭する。


 その背中は無防備にさらされている。

 推進器があるせいか、あの黒い装甲も見られない。


 深く息を吸い込み、吐き出す。


「–––––絶対、貴方にはこの宝に触れさせない!」


 ヴィオランテがガイルの炉に対しリンクをつなげる。

 この場にいる放棄された艦艇に至るまで、それらを扱い大きな力を与えるように。


「……………ッ!」


 そして、その代償として癒しの血肉を持つヴィオランテしか耐えられない苦痛を負う。

 目から、耳から、鼻から。

 身体中から血が出てくる。


 それでも、ヴィオランテは耐える。


「生きてください、ハルコル……私はいつも、見守っていますから」


 死ににいく戦いだというのに、最後に一目会い言葉を交わしたかった相手にろくな別れも告げることもできなかったのに、彼女の顔にはその流れる血とは対照的に穏やかな笑みが浮かんでいた。


 ツラファントの艦下部装甲に残る、最後の主砲の砲身が赤く輝く。

 持って1発か、2発しか撃てないようだ。

 でも、それで充分。

 ヴィオランテは、その主砲を白銀のクラルデンの弩級戦艦の無防備に晒されている推進器めがけて放つ。


 その軌道は、寸分違わず弩級戦艦の後部に直撃した。

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