死線
ツラファントに擬態していた、というよりも幻を重ね合わされていたらしい。
突撃してきて撃沈したのは、ツラファント同様に上部装甲の主砲を一掃していたマクスウェルの空母戦艦の直掩艦の一隻だった。
「……ツラファントか」
この手の得体の知れない力を扱えるとなると、レギオは一つの艦艇しか思い浮かばない。
摩訶不思議でいうならタルギアも相手のことを言えない性能を持っているが、この空間のこともある。索敵システムさえも狂わせる幻といい、得体の知れなさならばツラファントが上だろう。
「……またか」
タルギアの索敵システムと目視による解析、どちらに映るのも全てがツラファントの姿を模した艦艇ばかりであった。
これもまた幻だろうが、システムの知覚も狂わせ誤報させるのは理論で説明できる存在ではないだろう。
古代文明の超兵器の数々がそれに当たるように、宇宙の神秘には解析できていない者が数多存在する。
タルギアの艦首を既に潰走して放棄された艦艇ばかりが残る敵艦隊に向け、索敵システムをエネルギー感応方式と並行して生命探知機能による索敵を行う。
無人か骸しか載せていない艦艇ならばともかく、ツラファントの位置はこれで割り出せるはず。
だが、生体反応はすべての艦艇から検出されなかった。
「……どうなっている?」
思わずそう口にしてしまう。
まるで亡霊を相手にしているようだ。
まさか本物の幽鬼というわけではないから、クラルデンにおける生物の概念とは隔絶された存在が紛れ込んでいるということなのだろう。
ツラファントの性能の変化や、現象の数々。この空間のことも熟知していると思われる。生命探知が反応しないとなると、古代文明に連なる長命の種族か、または思念体の高次元生命という線が考えられるが。
そうなれば、むしろこの空間を操れると考えたほうが妥当か……。
敵の正体の見当がつかないため、慎重にならざるおえない。
だが、後手に回ってもこの空間が敵の土俵とすれば、それは悪手だろう。いずれすり潰される。
せめて超兵器の破壊が使用不能にする目的だけは果たしたいレギオは、すべて沈めればいずれかの艦艇が当たるだろうと考え、索敵システムが表示したツラファント全てに対して3連衝核砲を撃った。
索敵システムが映したのが10。目視で確認できたツラファントは12。
そのうち3つの目標は衝核砲がすり抜け、他は全て直撃し撃沈された。
「幻……いや、隠れているのか」
すり抜けた3隻はおそらく幻なのだろう。
探知と目視の数の差異を考えれば、可能性は本物が撃沈されたか、もしくは隠れているということになる。
最初の攻防の際には次元峡層を利用して防いだのだから、あのツラファントが無抵抗で撃沈される可能性は考えられない。
ならば、自ずと推測は隠れているということになる。
この空間で発生するのはワームホールではなく次元峡層。
隠れるとすれば、異次元世界が考えられるだろう。
こちらからは干渉できない世界、見えない位置に陣取る敵は、一方的な攻撃が可能となる。
この手の対応策は、次元転移機能を使い、形成させた次元峡層において索敵を行いその位置を割り出すというのが定石。
レギオは奇抜な思いつきや直感の作る策より、常道に従う戦い方を是としている。
カルクステンや亜光速誘導弾などに用いる次元転移機構を作動させ、次元峡層を形成。
その先に広がる、本来干渉し合えない異次元世界に対し、索敵を行う。
だが、それを狙っていたかのように、タルギアが形成させた次元峡層からツラファントが飛び出してきた。
艦底に残る、最後の主砲が光る。
ソルティアムウォールを展開する間もなく、タルギアはその攻撃をまともに受けてしまった。
艦内に衝撃が走るが、レギオはそれを無視して上部装甲を防御するソルティアムウォール5番を展開させる。
そして、そのまま突撃してくるツラファントを飲み込む。
だが、そのツラファントと思っていた艦艇は、直前でその幻を解除して本来の姿であるアストルヒィアの巡洋艦の姿をさらした。
また捨て駒だった。
無人艦艇はそのままソルティアムウォールにより、その存在が暗き盾の中へと消える。
だが、レギオにとってそんな過ぎた事象は関係ない。
勝手に動き回る無人艦艇よりも、それらを統率する得体の知れない存在であるツラファントの所在が判別していない。
優先して対応するべきは、沈んだ敵艦よりも、脅威でありながら未だに発見に至っていない敵艦である。
再度、索敵システムによる探知を行おうとする。
だが、ツラファントはタルギアに先手をとらせない。
散々探しても雲隠れをしていたというのに、いざ後手に回ると狙い澄ませたかのようにタルギアに対して奇襲を仕掛けてくる。
今度こそ本物のツラファントが次元峡層の奥から姿を現した。
それはタルギアの後部。
推進器を狙ってきた。
「ッ!」
レギオも次元峡層の形成によりツラファントに気づく。
熱を帯びているのか、赤く光る主砲を向け、ツラファントがその大幅に強化された中性子パルスメーザーを放つ。
その一瞬の間の攻防は、タルギアの対応が早かった。
ソルティアムウォールに、砲身を融解させる威力で放たれた中性子パルスメーザーは消えていった。
威力など関係ない。
その暗黒の盾は、耐えることも弾くことも散らすこともしない。
その防御は、飲み込み盾の先に広がる異界に干渉そのものを消し去るもの。
あらゆる干渉を暗黒の中に消す、装甲の概念を覆す盾である。
ソルティアムウォールがどういうものかに推測を立て、干渉を飲み込むならば推進器には取り付けられないとでも考えたのだろうが。
着眼点は悪くないが、タルギアに搭載される7つのソルティアムウォールは、その全てを展開させたとき死角は存在しなくなる。
それは推進器も同義だ。
届かなかったと見るや否や、ツラファントは突撃することなくタルギアを躱そうとする。
それが本物のツラファントである証と見たレギオは、5番のソルティアムウォールを解除して亜光速誘導弾を放った。
その数6発。
この至近距離ならば、外すことはないだろう。加速させる必要性はない。
タルギアの装甲に掠る寸前で回避に成功したツラファントに、亜光速誘導弾が直撃する。
上部装甲を破壊し、機関にも影響を受ける大きなダメージを受けたらしく、その出力が目に見えて低下する。
しかし仕留めきれずに離された。
当然レギオも交わされる可能性を考慮している。
最悪の想定として空間の起こす超常現象で亜光速誘導弾を消し飛ばすことも想定していた。
直撃できるとはいえ、撃沈に追い込めるという期待はしていない。
だからこそ、次の手にすぐに移れる。
結果、ツラファントは攻撃を受けた。
次善の策で衝核砲の標準も合わせようとしている。今度は外すつもりはない。
どうやらツラファントは砲身を犠牲にパワーアップした主砲を使用できたようだが、摩訶不思議な現象も艦艇の装甲までは強化できなかったらしい。
亜光速誘導弾の攻撃を受けたことで、艦体の損傷は戦闘継続どころかまともな航行もできなさそうな状態に追い込まれた。
被弾箇所より煙を上げながら、速度が落ちるツラファント。
今度こそ沈める。
武装を失い、機動性を失い、戦闘艦艇としてはもはや完全に機能しなくなったツラファントに向け、今度こそ止めと3連衝核砲を光らせる。
「……………」
–––––だが、衝核砲の軌道は狙いから大きくそれ、赤い球体へと吸い込まれていった。
「……………」
考慮していた可能性ではある。
しかし、外してしまう選択をしたのは己の失態。
大口径コイルガンを使えば直撃させることもできただろうが、その場合は次元峡層で防がれただろう。
結果に対して後から文句を並べても事態は好転しない。
当たらなければ、当たる手段を考えるだけである。
衝核砲の標準をマニュアルモードで修正し、謎の球体の干渉を逆に利用した直撃できる軌道にするとともに、亜光速誘導弾の狙いをツラファントに定める。
タルギアのソルティアムウォール同様に、ツラファントもまた次元峡層の盾を複数展開できる可能性もある。
だが、それを確認したわけではない。
つまり、単体の展開しかできない可能性もある。
次元峡層による防御が一面しか展開できないと仮定し、2方向からの同時攻撃を試みることにした。
次元転移機構を稼働し、4発の亜光速誘導弾を放つ。
同時に、衝核砲を発射。
逸れた軌道上に、ツラファントが入る。
さらに前方と両舷、さらに艦艇部を狙い、4箇所を囲むように次元峡層が形成される。
そこから加速された亜光速誘導弾が出現する。
その同時攻撃にどう対応するのか……。
だが、予想に反してツラファントの周囲に次元峡層は形成されず、そのすべての攻撃を受けて艦艇は爆発し撃沈した。
呆気ない。
予想に反し無抵抗で撃沈したことにそんな感想が浮かぶ。
「……いや」
違う、気がする。
あまり直感のようなものに頼らないレギオだが、この空間の特性を考えると何があるかわからない。
亜高速誘導弾からの映像を画面に出す。
そこに映っていたのは、着弾の寸前にツラファントから何かが飛び出し、そして残る艦体に誘導弾が着弾するものだった。
それは、人の姿をしており、赤い球体に向かったように見えた。
試しに索敵システムに目を向ける。
しかし、何も映らない。
「……………」
再び次元転移機構を用いて異次元世界に対し索敵を行う。
しかし、何の反応もない。
何者かは知らないが、警戒するに越したことはないだろう。
周囲を警戒した時、赤い球体から巨大な光の柱がタルギアに向けて飛んできた。
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