守護者


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 1人残ったヴィオランテは、ガイルの炉とつないだリンクを用いて残存艦隊の停止していた機関を起こし、本来動けないはずの艦隊をうごかしてタルギアに挑んだ。

 1人で艦隊を動かすほどの強い接続は、ヴィオランテの体に大きな負担を強いる。

 癒しの血肉を持つ種族だからこそなせる技であり、他のものがやろうものなら数秒で全身の血液が流出し尽くし内臓は破壊されしに至ってしまう。


 そして、ヴィオランテならば死ぬことなく耐えられるというだけであり、その苦痛は決して生易しいものではない。


 それでも彼女が立ち向かうのは、託したものがあるから。

 番人としての使命を裏切る行いをしてでも、個人として命をかけて守りたいと思える存在と出会った。


 使命よりも守りたいと思えたその存在が、耐えられるはずのない苦痛に耐える力を彼女に与え、支えてくれる。

 ツラファントの指揮所に飾られた、乗組員たちの集合写真に目を向ける。


「生きて、下さい。艦長……」


 その写真に微笑みかけてから、ヴィオランテはツラファントの航宙長としての顔を捨てた。

 この遺跡を代々守護してきた番人としての最後の仕事を果たすために。

 この先の戦いは、バラフミアの軍人としてでも、ツラファントの乗組員としてでもない。

 あるべき役目を果たすため、この使命を帯びた者だけでやり遂げる戦場である。


 敵は1隻。味方は10隻。

 だが、敵艦の戦闘能力は数の優位など、ガイルの炉のリンクで強化された艦艇の力など、容易く凌駕する。


 だから、力ではないもので戦う。

 持てる手札を使い尽くして、あの蛮族に力だけが全てではないことを教えてやる!


 幻が艦隊を覆い、すべての艦の外見がツラファントに変わる。

 奇襲の一撃は無傷。あの弩級戦艦は、推進器のある後部にまで黒い盾を展開できるようだ。

 それ以前に、中性子パルスメーザーでは装甲を撃ち抜くことなどできなかっただろう。推進器を撃ち抜いたけど、まるで応えていないらしい。


 砲撃を受けたことでこちらの存在に気づいた様子の弩級戦艦が、それ以上の加速を止めて艦首を回頭させる。


 来た……!


 その瞬間を待っていたヴィオランテは、マクスウェル司令の旗艦の直掩艦を務めていた、ツラファント同様に上部装甲の武装を蹴散らされていたアストルヒィアの巡洋艦を前進させた。


 次元転移を扱えるこの艦艇が残されていたのは大きい。

 ヴィオランテの予想通り、白銀の弩級戦艦は唯一被弾した右舷装甲を庇うように旋回している。

 その傷ついた腹を狙うように、巡洋艦を次元転移で飛ばした。


 アストルヒィアの艦艇の主砲である陽電子ビームは、バラフミアの中性子パルスメーザーよりもはるかに強力だ。

 それでもあの弩級戦艦相手には圧倒されてしまっていたが。

 だけど、今度はガイルの炉とのリンクでさらなるパワーアップを果たしている。


「行って!」


 次元転移により弩級戦艦の回頭中の右舷近くに巡洋艦を飛ばす。

 そして無事である下部の主砲を、ガイルの炉の恩恵でさらに強力になったその陽電子ビーム砲を、弩級戦艦の傷がある右舷装甲に発射した。


 同時に本来の出力をはるかに超える砲撃の代償としてその主砲が融解したものの、至近距離で放たれた陽電子ビーム砲は敵の弩級戦艦の右舷に命中。

 想定外の奇襲だったらしく、その弩級戦艦は右舷に盾を展開しておらず、装甲に直撃した。


 だが、弩級戦艦には響かなかった。


 3連衝核砲が巡洋艦に狙いを定める。

 あの艦艇に武装は残っていない。

 なら、取れる手段は1つだけだ。


「負けるか!」


 自らの装甲と、撃沈の爆破を攻撃に転用する。

 ヴィオランテはそのアストルヒィアの巡洋艦を、白銀の弩級戦艦に突撃させる。


 対して白銀の弩級戦艦は、傷がついた装甲を無防備にさらしたままだった。

 白銀の装甲に、巡洋艦が突撃する。

 その捨て身が繰り出す一撃は、巡洋艦が一方的に装甲を潰されて終わった。


「……ッ」


 歯噛みをするヴィオランテの見る先で、ツラファントに偽装していた巡洋艦が3連衝核砲の餌食となる。


「まだまだ……!」


 回頭するクラルデンの弩級戦艦。

 あの艦艇にとっては、ツラファントが複数存在するように見えるはず。


 勝負はこれからだと、ヴィオランテもガイルの炉のリンクを繋げている艦艇を動かそうとする。


 だが、クラルデンの弩級戦艦の攻撃が早かった。

 3連衝核砲は、強化された陽電子ビーム砲と比べてさえ、射程、連射性、威力において遥かに上回っている。

 その上、あの弩級戦艦の乗り手の砲撃の正確さは、化物呼ばわりされることに慣れたヴィオランテにとっても人外のもの。

 次々に放たれる衝核砲により、残る艦艇が瞬く間に沈められていった。


 幻影は10。そのうち単なる幻は3つ。

 ツラファントを含めて9隻残っているこちらの艦隊のうち、ツラファントともう1隻の巡洋艦は幻を重ねないで隠れているが、他はさすがにヴィオランテも隠しきれず幻を重ねるのが精一杯だった。


 その幻を重ね合わせた艦艇は、1度の反撃さえ許されず全て撃沈に追い込まれた。

 3連衝核砲はただの幻に向けて放たれたものを含め、1発も外れていない。

 全てが直撃。

 出力が上がろうとも、所詮は遠距離戦主体の装甲を持つアストルヒィアの艦艇である。ガイルの炉といえど装甲まで変革させることはできないため、耐えられる艦艇はいなかった。


「……こんなところで!」


 このまますり潰されて終わってなんかやらない。

 残った1隻とともに姿を隠すように次元峡層の中に潜り込む。

 異次元世界の中で、ヴィオランテはツラファントの軌道を変え、ガイルの炉へと向かっていった。


 リンクに頼らず、ガイルの炉を自ら取り込ませて融合し、それを用いてあの敵艦を沈める。

 本来はガイルの炉を封印するときに人身御供となるための手段だが、それを使えばガイルの炉の力をより大きく引き出すことができる。

 その賭けに出るべく、ヴィオランテはツラファントをガイルの炉に向かって突撃させる。


 クラルデンの弩級戦艦は、見失ったツラファントを殲滅するべく、次元峡層を開いた。

 白銀の弩級戦艦には次元転移のシステムがと搭載されているようだけど、どうやら本体のワープ航法に運用できるような代物ではない様子である。

 さもなくば脱出し、さらなる増援を引き連れてやってきていただろう。

 そんなことがあれば、それこそ勝負にならなかっただろう。


 索敵システムを飛ばしたらしい。

 すぐにでも隠していた巡洋艦は見つかるはずだ。


 もともと時間稼ぎの奇襲役にしていた巡洋艦である。

 見つかるくらいなら、あの敵艦が自ら形成した次元峡層を逆に利用して今度こそその装甲に傷をつけてやろう。


 ヴィオランテは白銀の弩級戦艦の上部からツラファントの幻を重ねていた巡洋艦を突撃させた。

 艦艇部に備え付けられていた陽電子ビームが、白銀の弩級戦艦の上部装甲に直撃する。

 至近距離で直撃を受けながらも、しかし白銀の弩級戦艦は無駄な抵抗をあざ笑うように艦上部にあの暗黒の盾を展開させた。


 巡洋艦は至近距離で出てきた。

 とても、あの白銀の弩級戦艦を交わすことなどできない。

 触れた箇所から装甲が消えていく。


 ほとんど反撃を許すことなく、マクスウェルが残し、ヴィオランテがガイルの炉を使って強化した艦隊は消されていった。


 再度白銀の弩級戦艦が索敵システムを一帯に向ける。

 異次元世界に潜んでいたツラファントも見つかるだろう。


 異次元世界を切り抜けることを想定していないツラファントでは、むしろこの世界にいた方が戦闘には不向きだ。

 他の艦艇ももういない。

 正真正銘、一対一の戦いとなる。


 だから、白銀の弩級戦艦を振り切って、ガイルの炉にたどり着く。

 そのために、ツラファントの残る全てを用いる。


 狙いは推進器。これしかない。


「……絶対、たどり着きます!」


 ヴィオランテは、ツラファントを異次元世界から飛び出させた。

 同時に、白銀の弩級戦艦の黒い盾を展開していない推進器を狙い、強化された中性子パルスメーザーの最後の一発を放つ。

 砲塔は融解したが、その一撃は白銀の弩級戦艦の推進器に直撃した……かに見えた。


 次元峡層を飛び出したツラファントへの対応。

 敵の盾の展開が、一瞬だけ早かった。


 虚しく、その一撃は闇に消える。

 直後、白銀の弩級戦艦の反撃がツラファントを襲う。


「………ッ!」


 至近距離から飛ばされてきた亜光速誘導弾。

 それが装甲に突き刺さり、機関に傷をつけ、ツラファントの艦体を削り取っていった。

 推進力が目に見えて低下していく。


 なんども叩きつけられる勝てないという事実。

 今すぐ膝を折りたい。もう、背を向けて果たすべき使命から逃げたい。

 そんな欲が湧き上がるが、ヴィオランテは諦めなかった。

 それでも諦められない、理由があったから。


「……諦めません。私は、この炉を守る番人です。この使命は、命をかけて、果たすのみです」


 ガイルの炉との融合。

 怖くないわけではない。むしろ、死ぬより怖いと、ヴィオランテは思う。

 けれども、これを使わなければきっとあの弩級戦艦には勝てないだろう。


 ツラファントのブリッジで、初めて画面越しに対峙した時、その冷酷な色を讃える瞳に、頬骨の上を走る銃創に、ヴィオランテはこの蛮族にガイルの炉を渡すわけにはいかないと、強く感じた。

 トランテス人は戦を目的としている種族だ。話し合いの余地などなく、悪魔のようなものたち。


 バラフミア王朝でさえも、それは身を守るための、国を守るための兵器となる予定だった。

 でも、あいつらは違う。

 奴らは、侵略と、破壊のためにこの兵器を使う。


 そんなことは許されない。

 だから、ヴィオランテは番人として、一族の守ってきた遺跡を守る義務がある。

 ツラファントの航宙長として、バラフミアの未来を守る責任がある。


「お母様、私に、使命を守る力を……愛した人たちを守る力を貸してください。そのためなら、化け物と呼ばれ続けたヴィオランテの力だって、私は受け入れます!」


 ガイルの炉にリンクする。

 直後、放たれた衝核砲は軌道を曲げられ、ガイルの炉に吸い込まれていった。


 しかし、そんなことも無視して、白銀の弩級戦艦は追撃する。

 曲がった軌道に即座に対応して、衝核砲と亜光速誘導弾がツラファントを狙う。


「まだ……まだぁ!」


 ツラファントから、身一つで飛び出す。

 直後、背後で最後までともに戦ってくれた巡洋戦艦が爆沈する。


 だが、振り切れた。

 白銀の弩級戦艦からの砲撃は、無い。

 最後の最後で、ヴィオランテは白銀の弩級戦艦を出し抜くことができた。

 その翼を広げ、ガイルの炉のリンクを道筋に、その炉の中心へと向かう。


 そしてその炉へと飛び込む。


「………ッ!」


 熱い。身体が融けていく。

 だが、不思議と痛みは無い。


 ヴィオランテは一度その身を融かし、ガイルの炉と一つとなる。

 今まで感じたことが無いほど、ガイルの炉との強い結びつきを感じる。


 それは、不完全ながらも確かな再起動の証。

 原初の永久機関を生み出す古代の超文明の残した遺産が、長きに渡る眠りから目覚め、その炉を起動した。

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