拮抗

 その力を見せつけられ、レギオは疑問を抱いていた。


「何者だ……?」


 ソルティアムウォールで防いだが、あの球体から突然飛来してきた光線はタルギアのデータベースでも解析不能の謎の光線だった。

 というよりも、光の速さで放たれたというだけで、粒子も電子も持っていない様子だ。

 先ほどの攻撃でわかったことは、それが攻撃であるということ。

 そして、明らかに古代の九つの銀河を統べたという超文明の産物でしか再現不可能としか思えないものだということ。


 冷凍光線という兵器は存在する。惑星テラの宇宙連邦政府もまた、彼らの絶対零度と称する温度の冷却兵器を使用する艦艇[宇宙戦艦ネプティーヌ]が保有していたはずだ。

 だが、赤い球体が発したそれは、冷凍兵器の開発に最も力を入れていると言われる宇宙連邦政府をはるかに上回る代物だった。


 -6.14×10^19°C。


 それが、タルギアが測定し導き出した、宇宙連邦政府の兵器と比較しても遥かに下回る温度を実現させた兵器のそれだった。


 レギオの中で確信が立つ。

 間違えない。あの赤い球体がバラフミアの探し求めていたという遺跡の正体であり、そしてツラファントから飛び出したそれが手中に収めたものであると。


 これまでの攻撃とは次元が違う。

 ソルティアムウォールならばともかく、装甲で受ければタルギアは間違えなく破壊される。


 あの未知の技術が詰まった巨大構造物に有効な攻撃手段など現状は有していないタルギアでは、撃ち合いなど演じることはできない。


 衝核砲すらも効かないあの球体に対してタルギアの武器が役に立たないならばと、レギオは攻撃手段を放棄して同じロストテクノロジーの生み出した超兵器で対抗することにした。


 推進器を守る7番以外のソルティアムウォールをすべて展開させる。


 防御体制を整えたタルギアに対し、球体から次々に次元転移が作動して、タルギアを取り囲むように多数の光線兵器、冷凍兵器による攻撃を仕掛けてきた。


 一撃一撃が衝核砲をはるかに上回るエネルギー量を持つのは、原初の永久機関が持つ何ものも届かない無限の物量がなせるわざである。


 対してタルギアには、かの超兵器に傷をつけることができる手段が無いに等しい。

 衝核砲も大口径コイルガンも傷一つ付けられず、可能性があるソルティアムウォールを使用した突撃戦法ではあの巨大兵器に対して有効打を与えることはできない。


 だが、傷つけられずに立ち回り続けることは可能である。

 マクスウェルの艦隊と対峙した時から、すでにタルギアに出来ることはこの場にいる敵を足止めすることしかなかった。


 ソルティアムウォールある限り、大半の兵器はタルギアを傷つけることができない。

 残した部下のためにレギオができることは、あの超兵器を駆使する者の目をひきつけ、この空間に可能な限り閉じ込めておくことにある。

 そして、タルギアならばそれは可能だ。

 必要なのは、鉾ではなく盾。


「……撃ってくるがいい」


 己のなすべき事を理解しているレギオは、タルギアを前進させる。

 超兵器から今度は巨大な火炎の柱がタルギアに向けて放たれるが、それもまた暗黒の盾に飲み込まれ、白銀の装甲まで届くことはない。


 次元転移機構を用い、レギオは亜光速誘導弾を飛ばし、直接球体に叩き込んでいく。

 無駄な攻撃であることは百も承知だが、突破口がないとは限らない。

 レギオが好んで取るやり方ではないが、いずれすり潰されるだろう戦いならば最後のあがきというのも悪くはないと感じたからこそ、超兵器の目を引くハエのような鬱陶しい戦い方を仕掛けた。

 あの超兵器は小回りがきくような兵器ではない。その巨体ゆえに、内部に次元峡層の座標を設定し直接内部に攻撃を飛ばすことも、ソルティアムウォールで索敵システムと視界を頼りにすることができなくとも難しくはない。


 敵の干渉を一切受け付けなくなるソルティアムウォールの最大の欠点は、こちらからも攻撃できないことと、索敵システムすら展開中は使えないことにある。

 それを補うために、7基のソルティアムウォールの展開を切り替えることで推進力や砲の射角、索敵システムの視界を確保できるようにしている。

 タルギアのソルティアムウォールに穴を作ることになるからこそ、敵の攻撃を即座に見抜いて的確な展開判断を下せる能力というのが、タルギアの艦長には必須だった。


 ソルティアムウォールは強力な兵器だが、扱いが非常に難しい。

 その超兵器は時として攻撃手段としても使えるが、あくまで艦体そのものを守る盾である。


 次元峡層がタルギアの後方で形成される。

 それに気づいたレギオはすかさず7番のソルティアムウォールを展開。推進器のある艦体後部に暗黒の盾を形成させる。

 死角なくソルティアムウォールがタルギアを覆い尽くしたことで、外界と隔絶された状況となる。

 外の様子は見えないが、何発もの冷凍光線や熱線を飛ばされてきたレギオは、その攻撃の時間も推測できる。

 確実に終わったと判断できるタイミングで、艦体下部後方の6番のソルティアムウォールを解除させ、索敵システムを発動させる。

 後部に出てきた次元峡層は、既に消えていた。


「……………」


 レギオは敵の砲撃主としての能力についてあらかた把握をしていた。

 タルギアはクラルデンの艦艇の中でも弩級戦艦に分類されるだけあり、かなりの巨体である。

 亜光速に加速した状態で動いていたが、7番のソルティアムウォールを展開させたことで推進力も一時的に失い、直進するしかできなくなっていた。

 ソルティアムウォールといえど、次元転移による内部への直接攻撃を防げるわけではない。

 それを仕掛けてこなかったということは、動く標的に対して次元峡層の座標を合わせて飛ばすほどの技量は敵にないということになる。


 レギオの場合はマクスウェル艦隊相手に見せたように、なにも見えない、手探りもできないというような状況でも、敵艦への狙撃を行える。

 だからこそ、可能だがやっていないという場合と、本当にできない場合を見分けることが出来る。


 そして、可能ならば見逃すはずがない好機である自ら視界と操舵を失う状況を作っていた先ほどのタルギアに仕掛けてこなかったことが、敵に本当に狙撃ができないことの証拠だった。


 レギオは知らないが、ガイルの炉と同化して操っているヴィオランテは、ツラファントでは航宙長をしていた。長い時を生きてきたが、その日々の中で彼女には狙撃と関わる機会など一度もなかった。

 いかにタルギアが巨大とはいえ、亜光速で動く艦艇に次元転移の狙撃を行える技量はない。

 互いに超兵器を得ようが、それを駆使するのはあくまで人だ。

 仮に互いの手持ちの兵器が逆となっていれば、レギオの狙撃の前にヴィオランテがタルギアを動かしたところで躱せるわけもなく1発でケリがついただろうし、ヴィオランテの肉体でなければそもそもガイルの炉と同化することなどできずに消されてしまう。

 互いに攻撃が効かず手詰まりの状況だが、どちらも彼、もしくは彼女だからこそ全力で扱える兵器を持ってぶつかっているからこその、均衡状態だった。


 ガイルの炉はあらゆる角度から次元峡層を形成させ、無限の物量を用いた間断ない攻撃を仕掛け続けるが、タルギアはそれに確実に対応するようにソルティアムウォールを展開させ、次元峡層を見逃さないようにソルティアムウォールの切り替えを行いながら常に視界を確保し続けている。

 一撃でも装甲に当たればヴィオランテの勝利だが、レギオはそれを許さない。




 ≡≡≡≡≡≡≡


 ソルティアムウォールを隙間を探るように続けられてきた攻撃は、次第に当てずっぽうになっていく。

 ヴィオランテといえど、ガイルの炉とリンクするだけでも大きな負担を受けていた。

 それが本体と同化している現状、彼女の心体にかかる負担はその比ではない。長く持つはずなどなかった。


「……ッ! まだ、やれます……!」


 強がってみるが、それでどうにかできるものではない。

 短期決戦でタルギアを沈めることができなかった、沈めるための最後のカードである砲手としての技量がなかったことが、勝敗を分けていた。


「あと、少し……なのに……!」


 ガイルの炉と同化すれば、飲み込まれるまでの短時間しか戦えないが、今度こそ勝てると確信できる絶対的な力を手にすることが出来る。

 タルギアはソルティアムウォールを全装甲に展開させなかった。

 だから、どこかに弱点があると、もしくはすぐにでも出力が枯渇すると、これならば勝てると、希望を持つことができた。


 だが、蓋を開けてみればそれは誘われていた。


「何で……!」


 勝てると思わせて、負け戦に引きずり込んでくる。

 蛮族の翻弄してくる戦いに何度も載せられ、ヴィオランテは怒りを感じた。

 希望を持って戦ってきたツラファントの仲間たちを、あの白銀の弩級戦艦があざ笑っているように見えたから。

 ここまでやっても沈めることができない事実を突きつけているから。


 だから、どうしても許せないと。

 絶対に沈めてやるという怒りが募る。


 当の敵艦を操るトランテス人には、自身が追い詰められているという認識はあるものの、決してツラファントをあざ笑うなどという感情は欠片もないが。


「当た………れぇ!」


 怒りと焦りの感情がヴィオランテのすでに残っていない背中を後押しして、その攻撃が当てずっぽうな雑なものになっていく。


 だが、狙っていないまさに偶然のその攻撃の一つが、掠ることも許さなかったタルギアの白銀の装甲を穿った。

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