介入
戦場の不確定要素。
それは優れた将ほど足をすくわれるもの。
だからこそ、レギオはそれに足をすくわれないように綿密な作戦を立てて戦場に挑んできた。
だが、未知の事態が多発したこの戦いは、レギオの足をすくわせた。
雑に、数打ち当たると言わんばかりの攻撃の嵐。
それでも1発でも当たれば勝負が決まってしまう攻撃を無視はできない。
雑であろうともレギオはその攻撃に対応し続けた。
一瞬たりとも気を抜けない攻防。
その極度の集中が、レギオに忘れさせてしまった。
右舷にツラファントがつけた、たった一つの傷の存在を。
1箇所だけ被弾し、傷がつき、凹んでいた箇所。
それが、雑にやったからこそ偶然で形成された至近距離の、しかし明後日の方向を向いた次元峡層。それが元に戻ろうと修復される際の反動の干渉を受け、傷が広がった。
そして、次に放たれた冷凍光線に対し、ソルティアムウォールの完全な展開が一瞬だがその広がった傷の影響で誤差を生じさせてしまった。
冷凍光線はソルティアムウォールによって装甲を掠めなかったが、その傷に対して冷気の干渉を与えることはできた。
余波だけでも凍りつき、分子レベルで解体されてしまう冷凍光線。
その影響は、干渉したのがタルギアにかすかについていた傷であり、その艦体の内部に広がったことで甚大となってしまった。
想定外の異常を知らせる警告表示が発生。
その直後、タルギアの右舷が装甲の内側から爆発を起こした。
「っ!?」
ソルティアムウォールで攻撃を防いだはずの右舷の爆発。
その想定外の事態は、レギオの思考を迎撃から一部、右舷の爆発の対応に動かしてしまう。
1人でタルギアを駆使することはレギオだからそこ可能だっだが、そんな彼であっても今は1人だけ。
二つの事態に対応しきることはできない。
そして、一瞬だが、乱打される攻撃への対応が遅れる。
一度招いた不幸というのは簡単に拭えるものではなく、ソルティアムウォールを展開させていなかった艦体上部後方に火炎が直撃し、その白銀の装甲を破壊した。
「くっ!?」
衝撃で揺れるタルギアの内部で、レギオは迷わずソルティアムウォール全ての展開を行う。
これで死角はなくなり、これ以上の攻撃を受けることはない。
だが、火炎を受けた場所が悪かった。
亜光速誘導弾の残弾は少なかったが、これに誘爆。
その影響はタルギアの指揮所にも余裕で届き、扉やモニター、壁などを突き破って飛んできた無数の瓦礫がレギオに襲いかかった。
「ぐっ!?」
槍の穂先のように尖って曲がった棒状の破片がレギオの脇腹を貫き、その体を持ち上げて飛ばし、機材に串刺しにする。
その程度ではまだトランテス人にとっては自己治癒でどうにかなるレベルの負傷だった。
しかし、追い討ちをかけるように巨大な破片が飛来して、避ける間も与えずにレギオの身体に直撃する。
両腕でそれを防いだものの、その腕の骨は破壊されたらしく、もう動かすことなどできなくなった。
「……………!」
ソルティアムウォールに引きこもることはできたが、火を見るよりも明らかである。
操るものがいない現状、もうタルギアは戦えない。
「ここまでか……」
レギオはつぶやきを漏らすと、深く息を吐く。
自らにできる戦闘は、もう終わった。
戦闘開始前からためていた疲労に、体が睡眠を欲している。
その訴えに身を任せ、レギオは静かに目を閉じ、眠りについた。
あとに残るのは、タルギアの半壊した指揮所内部に響き渡る警告を映す赤い画面のみである。
≡≡≡≡≡≡≡
そして、タルギアがソルティアムウォールの中に引きこもり、攻撃も移動も行わなくなり沈黙した頃、ヴィオランテもまた限界だった。
「やりました……艦長……」
それでも、彼女の中にあったのは晴れ晴れとした感情。
何度も膝を折らされた白銀の弩級戦艦に、ついに一矢報いて見せたという達成感が占めていた。
「急が、ないと……!」
そして、彼女は眠りにつく前にまだ最後の使命が残っている。
ガイルの炉とこの空間を完全に封印すること。
それを成し遂げで、ようやく長い時を生き続けた種族の使命が幕を閉じる。
力の対価として多くの子供を殺してしまうこの超兵器の存在全てを封印させる。
「………!」
自我がもうもたない。
それでも、これだけは成し遂げなければ!
ヴィオランテは種族として、そして1人のカラピリメ人とかわした約束を果たすという強い意思を支えに、その使命を果たそうと動く。
–––––だが、超兵器をめぐる本当の争いを仕掛けた存在が、それを許すはずもなかった。
次元峡層の形成。
そこから宙域を埋めつくさんばかりの大艦隊が出現する。
「えっ………?」
その艦隊の中核にいる母艦を主力とした機動艦隊を見た瞬間、ヴィオランテの頭の中には「何で?」という疑問が埋め尽くされた。
それがアルフォンス司令や、デーヴィド司令の艦隊ならば、納得できる。2人の艦隊司令の目的は、どちらもガイルの炉を手に入れることにあるのだから。
マクスウェル司令も、もしかしたらありえるかもしれなかったけど、あの艦隊は全く違う。
トランテス人のような蛮族ならば、子供を生贄にして力を得ることに躊躇いはしないけど、あいつらにこの空間に意図的に入る力なんかない。
その艦隊は、レステネー軌道に配属されていた、味方ではあるが味方とは思いたくない艦隊。
その司令官は、超兵器に興味はあるだろうが手に入れる理由が少なく、こんな戦況でいつまでも居座っているような性格にも思えない腰巾着のような男だったはず。
「何で……?」
なのに、何でここにいるのか? どうやってここがわかったのか?どうしてここに来ることができたのか?
……何より、その大艦隊は何なのか?
その疑問を浮かべずにはいられなかった。
だが、それにシェグドアが答えることはない。
いや、それが返答であるというかのように、機動艦隊を除いた大艦隊が一斉にガイルの炉に突撃してくる。
「まさか……それはダメ!」
何が載っているのか。
何が載せられているのか。
何をするつもりなのか。
彼がなぜその方法を知っているかという疑問の前に、それを瞬時に悟ったヴィオランテは、止めようとする。
艦隊を攻撃すれば、それは防げる。
でも、ヴィオランテにその艦隊を撃つことはできなかった。
彼らはガイルの炉を機動するための生贄。
100億もの子供達なのだから。
ガイルの炉を封印するのは、子供達に犠牲になった欲しくなかったから。
だから、その生贄を止めるために殺すなんてことは、彼女にはできなかった。
艦隊がガイルの炉に突っ込む。
原初の永久機関を生み出す炉が、生贄を受け入れ彼らを喰らい尽くしていく。
「–––––!?」
子供たちの悲鳴が炉の中に響き渡り、同化しているヴィオランテの精神にその苦痛を訴える声が八方から押し寄せてきた。
「やめて……やめて!」
ヴィオランテが叫び、ウラトーンを狙って熱線を放つ。
だが、それに合わせるように飛んできたリフレクター・バスター用の鏡面衛星がそれを反射する。
「子供を犠牲にしないで……!」
ヴィオランテにできた最後の抵抗はあっけなく砕かれる。
次々に飲み込まれていく艦隊が、刻一刻とガイルの炉の封印を解こうとしていた。
子供たちが犠牲になっていく中、それを止めることができない。
ここまで戦って、最後にハルコルとの約束を守れなかった己の無力が悔しかった。
≡≡≡≡≡≡≡
シェグドアの正体。
それは、バラフミア王朝の腐りきった貴族社会を崩壊させ、新体制の共和制国家を作り出す革命軍の幹部である。
創設者であるマクスウェルに従い、この戦役に身を投じ、マクスウェルとは表面上は対立しながらも、邪魔だったバラフミアの艦隊を排除する手段を講じてきた。
そして、二つの艦隊が壊滅した今、マクスウェルに続いて動き出した。
アルフォンスの残した次元転移機構を用い、空間に移動。
デーヴィドの残した鏡面衛星を回収して、クラルデンの艦隊との戦いを想定し、これらを用いて生贄の艦隊を防衛する算段だった。
マクスウェル艦隊がいない、クラルデンの艦隊ではなくヴィオランテの操るガイルの炉そのものが迎撃してきたなどの想定外はあったものの、順調にことは進んでいた。
「良し。そのまま続けなさい。生贄を焚べ終わるまでにどれほど時間がかかりますか?」
「約1時間です」
輸送艦艇の大艦隊に押し込めた生贄は、誘拐してきた貴族の子供ばかりである。
腐った貴族の後継もまた腐った貴族。
そう考えるシェグドアに取って、無辜の民よりもこの貴族の子供達を生贄にするのは当然の選択と言えた。
貴族は後継を道具としか考えていない。
誘拐して見つからなければ、勝手に繁殖に励みだす、年中発情期の獣である。
没落貴族の出身であるマクスウェルと違い、シェグドアは一般階層の生まれであるオルメアス人だ。
支配階層の種族でありながら、非支配階層に生きる民草。それが、シェグドアである。
彼にとってバラフミア王朝の貴族は、腐りきったオルメアス人の膿。
これは彼にとって殺戮ではなく、掃除という感覚が強い。
「バラフミア王朝は一度滅びる必要があるのです。君主も貴族も、国家には必要ない。たった百億の犠牲で済むならば、許容してしかるべき損失というものでしょう」
そこにいるのは軍人などではない。
理想を謳いながら人命を焚べる、狂信者だった。
「さあ! ここにシャイロン星雲の革命の第一歩を咲かせようではありませんか! 尊き共和主義国家誕生のために!」
それに呼応する艦隊の同志達の声。
しかし、それを妨害するように介入者の登場を告げる音が鳴り響く。
本来聞こえるはずだったそれに代わって聞こえてきたのは敵襲を伝える音。
「……どうやら、蛮族というのは崇高なる儀式の尊ささえ理解できない愚物のようですね」
シェグドアが冷静に見据える先には、次元峡層から飛び出してくる多数のクラルデンに属する艦隊の姿があった。
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